御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ結末

姫ゐな 雪乃 (Hinakiもしくは雪乃

第1話  

「御機嫌よう……貴方」


 私は今までで一番美しいカーテシーをすればそっと静かにその部屋を後にした。


 そしてもう二度と訪れる事のない部屋へ振り返る事もなく私は静かに前を向いて歩き出す。

 


 そう前へ向かって。

 何故ならそうさせたのは貴方。

 ええ、貴方ご自身なのですもの。

 だから私は今日この瞬間を最期に事にしたのですもの。

 そして私自身も――――。








 最初に貴方と出逢ったのは確か今より八年前……でしたわね。

 そう今でも忘れはしませんわ。

 あれはまだ私がまだ7歳の子供で、貴方は私よりも5歳年上の12歳。

 両親達がセッティングした顔合わせと言う名のお茶会の席でしたものね。


 美しいバラの咲き誇るお庭の中で貴方は太陽の光を受け、キラキラと光り輝く金色の髪と涼やかな青い瞳をした素敵な少年でしたわ。

 公爵家の娘として生まれる前より貴方の妻となる様に定められ、異性はおろか同性の同じ年頃の友人と呼ぶべき存在さえも思う様に作る事さえ許されず、公爵家と言う広い箱庭の中で世界と隔絶させられるように育てられた私にしてみれば、決して目には見えない真綿でぐるりと囲まれた世界と見慣れた使用人と両親以外しか知らなかった私の前へ色鮮やかに颯爽と登場をされれば、物語の王子様以上の容姿と子供ながらに紳士然とされた貴方へ惹かれない要素等何処にもありませんでしたわね。


 ええそう、全ては両親達の思惑通りに私は将来の夫となる貴方へ一瞬にして恋心を抱きました。



 所謂初恋――――。

 それも周囲に仕組まれたと言う可愛らしい乙女の夢。


 それでも何も知らずにその夢に酔いしれている間の私はそれなりに、ええ今思えばかなり滑稽でしたけれども幸せ……でしたわ。



 本当に今思い返せばお馬鹿……そのもの。

 毎月一度月の半ばに決められた日時に。

 決められた様にその季節に咲いた美しい花束。

 毎回判で押された様に決められた当たり障りのない美しく私を褒め称える挨拶と同じ回数の言葉達。

 そして私を見つめる涼やかで青く綺麗な瞳のその奥に秘められた真実を何一つ知る事もなく、愚かで子供だった私は上っ面だけの関係に心地よくも酔いしれておりました。

 

 優しい両親そして優しい使用人達に囲まれ、その上物語の様に美しくも爽やかで紳士然……いいえ物語の王子様以上の貴方が私の婚約者であり将来を共にする御方。

 私が貴方へ恋い慕う様に貴方もまた私へ同じ想いを抱いて下さっていると信じて疑わなかった日々。

 甘酸っぱくも心の中がほんわかと温かくも優しい気持ちになる日々に酔いしれると共に幸せを噛みしめておりましたわ。


 毎日が夢の様に幸せでで、ええ本当に夢が現実なのだと信じて疑いませんでしたもの。

 ですがやはりそれは現実ではなく夢だったのです。

 何故なら現実は何処までも厳しくそして夢は何時か醒める瞬間がやってくるものですから……。


 

 そんな私へ転機が訪れたのは今より半年前ですわね。

 15歳となり私達の婚約が国中を上げて祝われ、半年後の私の成人と同時に盛大なる結婚式が行われると公表されてから完璧であっただろう私の夢の世界は音を立てて崩壊し始めましたの。

 

 それまで妃教育や何もかも貴方の妃として必要となる学びは我が家である公爵家で、両親と両陛下が厳しく吟味したであろう講師達により私は何処へ出しても恥ずかしくはない立派な王太子妃となるべく育てられましたもの。

 また将来の王妃として、社交界を統べる者として現実には出席はさせては貰えませんでしたけれどもです。

 今までに公爵邸内において厳しく人員を配備した上での模擬体験を、ええお茶会から舞踏会迄様々な事をですわ。

 

 国王派に忠実な公爵邸内この箱庭の中では一切の現実を私へ語らない旨を誓約した者達だけによる創られた疑似体験。

 それを全て現実のものだと信じて疑わない何処までも愚かで子供だった私。

 さぞかし滑稽だったでしょうね。


 創られし箱庭で操られるままの私と言うマリオネットをね!!

 


 でも箱庭のマリオネットである私が何時までも箱庭だけで生きる事はかないませんわ。

 何故なら半年後に王太子妃として王宮へ移り住むと言う事は、彼らによって創られし箱庭より出て行く事を意味するのですもの。


 十五年、そう十五年もの長い間彼らは私をあらゆるものより避ける様にそれはそれは真綿で包み込む様に全ての真実より上手く隠し通してきたのです。

 そして彼らは箱庭を出たとしてもそれは変わりはないと信じ切っていた――――いいえ、恐らく十五年という実績があったればこそ愚かにも信じ込んでいたのでしょう。

 

 愚かな子供であった私同様に、彼らもまた愚かだったのです。


 十五年と言う分厚い壁はたった半年と言う僅かな期間であっと言う間に全てを瓦解させてしまうのですもの。


 そして私を囲っていたものを打ち砕いたのはある一人の女性の存在でしたわ。

 

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