28 温もりと熱

 人混みの中を走り、でも見つけられない。


 クソッ……どうすれば……落ち着け俺、冷静になるんだ。


 一度立ち止まり、頬を叩く。

 すると、ポケットにあるスマホが震えるのを感じた。


 そうか、その手があったか。


 スマホを確認すると何件もの着信やメッセージが入っていた。その大半が椿からだ。

 ちなみに、今の新着はただのメルマガ。普段は鬱陶しく感じるが、今日だけは感謝してやろう。


 急いで椿に電話を掛ける。


 頼む……出てくれ。


 そんな願いとは裏腹に、着信音だけが鳴り続ける。


「ダメか……」


 諦めて、また闇雲に探すしか無いのか。


『――はいっ、椿です』


 そう思ったその時、遂に電話が繋がった。


「あ……えっと椿……? その……」


 だが、勝手にいなくなった手前、何と言えば良いのか今の俺には分からなかった。

 理由を正直に言うのも今は違う気がするし、だからと言って誤魔化すのもダメな気がする。


『全く、困った迷子さんです。まるで、この前ななぽーとで迷子だった誰かさんみたいですね』

「それはその……ごめんなさい」


 その誰かさんとは、椿自身を指して言っているのだろう。それ以外誰もいないし。

 だが、今日のそれは俺だ。だから謝る。もちろん、それ以外の意味も含めて。


『良いですよ。だからもう、いなくならないでくださいね』

「うん、悪かった……もう勝手にどっか行ったりしないから。それで、今どこ――」

『――言質は取れましたので』

「――っ?!」


 突然、左手に温もりを感じた。

 見れば、誰かに握られている。

 その左手から視線を上げていくと、ある女の子が目に映った。


「その為にも今日はもう、離しませんからね?」


 どこか嬉しそうに、真っ直ぐに俺を見て微笑んでいるその子は、俺が今、探していた子。

 いや、探していたなんて偉そうに言えた立場ではないか。そう、俺が今、一番会いたかった子。


 南条椿が、俺を見つけ出してくれた――。


「はぁ……はぁ……はぁ……やっと追いついた……」


 ここで、息を切らした琴音がこの場にやってくる。


「実はですね、琴音ちゃんが第一発見者なんです。それで、隼人くんが『ビビンバ』の方に走っていったって連絡してくれまして」

「まるで事件でも起きたかのような言い方だな……というか、よく迷わずに『ビビンバ』の方に来れたな」

「……は? 一度乗ったアトラクションを見間違えたりしないから。そこまで方向感覚狂ってないから。え、まさか迷子の分際で椿をバカにしてるわけ?」


 ……スイッチ入ったぁ。さっきまで特に怒ってる様子も無かったのに……それで怒らず何故こっちで怒る……相変わらずそのスイッチの入り方だけは謎だ。


「してないしてないしてません……! 迷子のおバカさんは僕だけです……!」

「分かればよろしい」


 おい、お前……実は俺をバカにしてるだろ。


「お熱いとこ悪いんだけどさ……え、見せつけてんの?」


 と、琴音がジトッと視線を斜め下に向けている。

 うむ、俺の左手、及び椿の右手だ。


「あ……いや、これは――」

「――またいなくなられたら困るからね。こうしておけば、その心配も無いでしょ?」


 椿は何故か得意げに、今こうして手を繋いでいる理由を説明する。


「いやいや、こうしてもらわなくてもいなくならないから。というわけで離せ」


 この状態、さっきから緊張やら気候やらその他諸々で手汗がヤバイんだよぉ……。


「嫌です」


 がしかし、真顔で断られた。

 えぇ……でも流石に恥ずかしいんですけど……。


「……はぁ、はいはい、ご馳走様でした。あー、喉渇いた」


 琴音は呆れたようにため息を吐く。


「それなら椿が何か買ってあげるわ。あそこの屋台? で、良いかしら?」

「さっすがつばきち! その言葉を待ってたわ!」


 つまり奢らせる気満々だったと。椿が奢る発言するように誘導したと。


 そんなわけで、ひとまず屋台で飲み物を買い、その目の前にあるテラス席に座る。


「ふぅ……生き返るぅ……」


 ジュースを飲んだ琴音は、満足げに涼しげな表情を浮かべている。


「あんたがマヌケで助かったわぁ」

「だそうですよ、隼人くん」

「え、今の俺に言ってたの?」


 まんまと奢る羽目になった椿に向けて言ったのでは?


「他に誰もいないでしょ」


 だが実際は俺に向けての発言だったようだ。琴音の助けになるようなマヌケな行動をした記憶は無いのだが……。


 何かムカつくから自慢してやりたい。物凄く自慢してやりたい。お前が大好きなライラちゃんとリアルにお話ししたぞって、勝者の笑みを浮かべてやりたい。


 でも今はやめておこう。何せ向こうから楓先輩たちが歩いてきている。聞かれたら厄介すぎるしな。


「いやぁ、弟くん、どこのトイレで処理してたのさ?」

「はい? 処理って?」

「隠さなくても良いんだよ。って言っても、まさか遊園地のトイレでねぇ……脳内エロゲ畑だね」

「あんたがなっ……! してないわそんな事っ……!」


 何を言ってるのかと思ったら、いつも通りの下ネタだった。そうでした、この人そういう方でした。


「それにしては随分長かったよね。つまりしてたんじゃん」


 ……どう反論しても無駄なようですね。面倒いんで、もう何も言いません。


「つばきち……あんたのお姉様、今日は絶好調みたいね」

「今日、じゃないわ。今日、よ。でもね、もうこれに関しては諦めたの。何を言っても無駄だって」


 椿の答えに、琴音は同情するかのような顔をする。

 分かるぞ、その気持ち。だって俺も今、諦めたもん……。


「風見さん、随分長い大でしたね。例のお弁当がお腹に当たったのでしょうか」

「そ、そうなのですか……?」


 葛西の急な発言に、椿は不安げな表情を向けてくる。


「違うから安心しろ。おい葛西、誤解を招くような言い方をするな」


 俺がそう言うと、葛西は下を向いてニヤけ始めた。やっぱりアホだ。


「んじゃそろそろ……美咲、次は『よいではないか』に乗るわよ!」

「はーい」

「ちょっと待って」


 その前に、言っておかねばならない。


「迷惑かけて、ごめんなさい。それから、ありがとう」


 俺を探してくれていたのは、椿だけではないのだから。


「別に良いわよ。あんたは、あたしの友達なんだから」

「私も良いよー。お母さんへの良い土産写真も撮影できたし。んじゃ、またねー」


 そう言って二人は次に乗る予定のアトラクションに向かっていった。


 後は……と、楓先輩と葛西に目を向ける。


「楓的には、姉として当然の行動をしたまでだから」

「と、日陰で涼みながら下ネタ全開だった楓お嬢様が仰ってますので、それに仕方なく付き合っていた私としても、風見さんの長い長い、それは果てしなく長い大に文句なんてありませんから」


 姉として当然の行動が、日陰で下ネタ言うのとは一体……。

 それから葛西よ、それは時間か、それともサイズか、どっちについて言ってるんだ。


 結局真面目に俺を捜索してたの、椿と琴音と美咲だけだった説。


「そういや瀬波は?」


 奴の姿が見当たらない。まさか、まだ健気に俺を探してくれているのだろうか。

 というか、もう見つかったって誰か教えてやれよ……俺はあいつの連絡先なんて知らないし無理だからな?


「良治なら、この機を逃さんとばかりに暗躍しようとした結果、罰でも当たったのか現在腹痛でトイレに籠もっているようです」

「何企んでやがったんだあいつ……」


 よく分かんねえけど、ドンマイ……。

 なんかちょっと、瀬波に同情している俺がいた。


「じゃあそういうわけで、行きましょう、隼人くん」

「そうだな」


 と、立ち上がると、椿に左手を握られた。


「え、まだこの設定生きてるの……?」

「当然です」


 マ、マジか……また鼓動が速く。

 つか、何これ、傍から見たらただのカップルやんけ。実際は違うけど。


「見てあれ。顔真っ赤だよ」

「ですね。あれ、絶対意識してるやつですよ」


 何やら俺を冷やかす声が聞こえた。ホントちょっと黙っててくれ。


「あの二人の発言に一々耳を傾けなくていいですから。ほら、行きますよ」

「お、おう……」


 全身から汗が噴き出しそうだ。いや、既に噴き出しているかもだが、それにしても熱い。

 これは気温から感じる暑さではなく、もっと他の熱。

 南条椿と初めて話したあの日に感じた熱に限りなく近い感覚が、俺の体内を駆け巡っているような気がした。

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