27 友達

 あのライラちゃんが柱越しに俺の真後ろにいる。その事実で頭が混乱しそうだ。


「――ライラちゃん?!」


 俺は衝動的に柱の裏に回り込もうと立ち上がる。


「おっと、ストップストップ。ごめんね、私の中の人が、顔出ししてない手前あなたに素顔を見られるわけにはいかないって言ってるから」


 だが、その前にライラちゃんからそれを止められた。

 考えてみれば、柱の裏にいるのは声優・仏織姫歌ふつおり ひめかでもあるわけだから、言われた理由も納得できる。

 こうして会話していただける機会がある事自体が奇跡みたいなものだ。


 だが、一体どうして……俺のような一般人に話しかける?


「それで、あなたの名前は?」

「か、風見隼人……です」

「うん、知ってるよ」

「え……?」


 あのライラちゃんが、仏織姫歌が俺を知ってるだと? そんなわけがない。俺はテレビの前で応援するだけのただの一般人で、実際会った事なんて当然ないわけで……。


「あなたがさっきお化け屋敷の列に並んでた時、私もすぐ近くにいたんだ。それで、あの金髪の女の子が隼人くん隼人くん言ってたから」


 なるほど、だったら一応納得もできる。しかしまさか、会話を聞かれていたとは……。


「あの子、あなたを探しているみたいだよ」

「――っ?!」


 こんな俺をまだ、あの子は探してくれているのか――。


 でもそれは、文句の一つでも言ってやろうと考えての行動かもしれない。というか、絶対そうだ。


「血相変えて、必死に走り回って。なのにあなたは今もこうして、ここで何かに怯えてる」

「……どうして、それを」

「魔法天使としての勘だよ。それとも、違ってた?」

「そうじゃなくて……どうしてあの子が必死に俺を探してるだなんて、教えてくれるんです?」


 こんな面識だって無かった俺に、どうして気を回してくれるのか。本当は、こんな事してないでもっとこのテーマパークを楽しみたいはずなのに。


「魔法天使ライラは、恋する女の子の味方だからね」

「――は?」


 返ってきた答えは、俺の頭を一瞬、真っ白にした。


「……ふっ、それは、勘違いです」


 だが、すぐに何が言いたいのかを理解できた。けどそれは、正しくない。


「かもしれないね。でも、それの何が悪いの? 私はあの子があなたを好きだと思ってるから、こうして声をかけた。それって、いけない事?」

「そうじゃないけど……でもそれは勘違いで――」

「――その証拠は? あの子に聞いたの? あなたの事なんて好きじゃないって」


 ライラちゃんは俺の言い分の弱点を付いてくる。

 そう、椿が俺を好きだって証拠が無いように、椿が俺を好きじゃない証拠だって無いのだ。

 それは本人に聞けば分かるもの。けど、それを聞いてもし違ったら? それは考え得る最悪なシナリオに進んだっておかしくない。

 だからそれを聞くなんてできるはずもない。


「あなたが怯えているものの正体は分かったよ。――辛かったね」


 その一言が、心に染み渡った。


「あれ……?」


 水滴が鼻の横を通過した。

 俺は、泣いているのか? 何で涙が流れてきた?

 清算したはずの出来事、なのに今思い返すと辛くて苦しくて堪らない。

 それは何故? もっと昔のあの出来事と同じように、その気持ちは捨てたはずなのに……どうして。


「そんなに思い悩むほどあの子の事が、大切、なんだね――」


 あぁ、そうか。だから俺は――。


 もしかしたら、捨てたと思い込んでいただけ。もしくは、友達になった日から今日までの過程で――。


「でも、自分の気持ちを偽ったりしなくていいんだよ」

「……分からない。今の俺が、あの子の事が好きかどうかなんて自分でも分からない。でも、本当に大切で――」


 それが今の俺の、嘘偽りのない本音だ。


「だったら、心配掛け続けてちゃダメでしょ?」

「そう、だね……」


 全くその通りだ。だから戻らなきゃいけない。けど、その気持ちに反して足が震えてしまう。


「もう一度だけ言うよ。勘違いしたっていいんだよ。したらしたで、本当に相手を惚れさせちゃえば良いだけじゃない。そうすれば、勘違いじゃなかった事になるでしょ?」

「そう簡単に言われても……俺の容姿、知ってます?」

「THE普通」


 お化け屋敷に並んでたところを見たから知ってるんだろうけど、ライラちゃんボイスで言われるとちょっと切ない。

 というか、仏織姫歌さんはさっきからライラちゃんとして俺に接しているのだ。つまり、ライラちゃんが俺の容姿はTHE普通だと思ってるってわけで……。


「でも大丈夫。人は見かけじゃないよ。何よりも大事なのは――心――だからねっ」


 それは俺も知っている、ライラちゃんのセリフの一つ。二ヶ月ほど前、ライラちゃんを世界一愛すると豪語する誰かさんが真似ていたセリフでもある。


 にしても、本当に似てたなぁ……今ここで本物の声を聞いたけど、それと比べても遜色ないくらいには。って、今はどうでもいいか。


 ……そうだ、何よりも大切なのは心。容姿でアドバンテージが無い分、俺は心で勝負するしかないんだ。


 そう思うと、急に心がスッと軽くなった気がした。


「これは勘違いしなかった場合にも言えるよ。もしあなたがあの子を好きになったら、その心で振り向かせるの。大丈夫、きっと伝わるから」


 そんなのは感情論だ。でも、俺にはライラちゃんからの言葉が心に伝わっている。説得力を感じてしまっている。

 これも全て、毎週土曜日早朝テレビ前正座待機を得意技とする俺にだから伝わっているのかもしれないな。


「だから応援してるよ、この先も、ずっと」


 普段は俺が応援する側の、画面の向こうにいる存在。

 そんなライラちゃんが応援してくれている。こんな事があっていいのだろうかと思ったりもするが、事実として起きている。


「一つだけ、聞いても良いですか?」

「うん、いいよ」

「どうして俺を、気にかけてくれるんですか?」


 面識のない俺を導いてくれた。その理由だけは未だに分からない。だからこそ知りたい。この場を、後にする前に。


「それはさっき言ったと思うけど……付け加えるなら、魔法天使から魔法女神になる為、かなぁ……? アルネ様に言われてるんだよね。魔法女神なんてさっさと引退したいから、早く女神になって頂戴って」


 超打算的な考えからの行動だったぁ……。

 しかもアルネちゃん、女神辞めたいんかーい……いや、あの性格からしてあり得そーだけどさ。


 ひょんな事から裏設定を知ってしまった。


「っていうのは冗談で」

「冗談かいっ……!」

「魔法天使ライラは、恋する男の子の味方でもあるからね」


 だから、俺を気にかけてくれていたのか。実際、今の俺が恋する男の子かどうかはさておき、接触してくる前のライラちゃんにはそう見えていたのかな。


「っていうのも冗談で」

「まさかのこれまで?!」


 いやぁ、ライラちゃんはお茶目で可愛いなぁ。流石は俺の中の大正義だなぁ。


「……バカね。あんたはあたしの友達だからに決まってんでしょ」

「――へ?」


 俺とライラちゃんって、友達だったの? いや、個人的には自分は一ファンに過ぎないと思ってたからそう言われるのはめっちゃ嬉しいんだけど。

 マジか……感動。


「……やば、うっかり素が……コホンッ、今ちょっと声と言葉遣いがライラじゃなかったのは、中の人が間違えちゃったみたいで」

「お、おおん……? い、今の何か問題ありました? 仏織さんバージョンだったって事で?」

「そ、そうそう……! 今のは仏織姫歌としてのあなたへの答えだってさ! それからもちろん、私、魔法天使ライラちゃんとしても、同じくねっ」


 結局何が問題だったのかよく分からないが、結論としては仏織姫歌さんとライラちゃんの答えは同一らしい。

 つまり俺は、ライラちゃんと友達であると同時に仏織姫歌さんとも友達。何たる奇跡……。


 いや、仏織さんに関しては顔すら知らんのだけどね……ネット友達、みたいな? ……ちょっと違うか。


「私、魔法天使ライラは二次元の存在であり、本来ならあなたとこうして言葉を交わしたりなんてできない。でも今日はこうして特別に話をしている。だから、ライラとしての二度目は、無いよ――」


 分かってる。だからこそ俺は今日のこの出来事を一生忘れない。


「でもね、これだけは忘れないで。私、魔法天使ライラは応援してくれるみんなと友達。だからあなたとも友達。これからも、ずっと――」


 もちろん、それだって忘れたりしない。俺とライラちゃんは一生友達だ。


「さてさて、それじゃどれにしよっかなぁ……決めた。コホンッ――迷い晴れし、特徴無きTHE普通顔の我が友よ、さぁ、お行きなさい。誰がどう見ても釣り合ってるようには見えない美少女の元へ」

「最後の最後にめっちゃバカにされた?!」


 魔法天使から魔法女神になる為には、アルネちゃんのように人を小馬鹿にする態度も必要なのだろうか。


「い、良いでしょ?! 友達なんだからちょっとくらい……ちゃんと心から応援はしてるんだからさ」


 と、ライラちゃんは友達感覚で俺に言う。

 まぁ、実際友達だから気にしてない、というよりむしろ嬉しくもあった。


「ライラちゃん」

「何?」


 この場を離れる前に絶対に言わなきゃならない事、それは――、


「ありがとう」


 その一言だ。

 さよならは言わない。二度とこうして話したりはできないと分かってても、友達だから言わない。


 本来はちゃんと顔を見て言うのが筋なのだと思うが、それは叶わない。


 だからこそいつか――願わくば、ライラジオの公開収録に奇跡的に当選して、そこで初顔出しの仏織姫歌さんに直接今日の感謝を言えたら良いな。


 そんな事を頭で考えながら、今も必死に俺を探してくれているかもしれない椿を見つける為に走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る