3 揺らぎそうな決意と始まりそうな王様ゲーム

 

「そ、そろそろお腹空いたなぁって話をしてまして……」


 南条さんを再び怒らせない為、考えぬいた末に出した答えがこれだ。

 これなら今の時間的に疑われたりしないだろう。


「確かにもうお昼ですからね。うちのメイドでも呼んで何か作らせましょうか?」

「わざわざ呼ばなくていいから……それより葛西、お前メイド見習いなんだろ? 何か作れねえの?」

「基本何でも作れますけど、どうして私が風見さんに無償で手料理作んなきゃならないんですか。そういうのはもっと別の人に頼んだらどうです?」


 と、葛西は南条さんに視線を移し、釣られて俺も見てしまった。

 南条さんは二つの視線を受けてきょとんとした後、すぐに苦笑いを浮かべた。


「……え、椿?」

「そうですよぉ~。椿お嬢様が作ってあげればいいじゃないですかぁ」

「え、いや、それだけは――」

「隼人くんがお望みでしたら喜んでお作りしますけど!」


 そうじゃなくて、全然望んでないんで結構です。

 だって南条さんってさ……、


「料理できんの?」

「調理実習でだけ経験があり――」

「さて、出前でも頼むか」


 やっぱりな、分かっちゃいたけど家事スキル皆無だわこの子。

 ドリンクバーの悪夢を蘇らせるわけにはいかない。

 それに、わざわざ作ってもらって不味すぎて食べられないってなったら傷付けるだろうし。


「でしたら風見さん、お父上からこれを預かってますよ。今日一日自由に使えだそうです」


 そう言って葛西は胸ポケットから一万円を取り出して渡してきた。


「うおっ、マジかよ。ラッキー」


 今日一日出前頼むだけにして、残りは財布の中に全部入れちゃお。


「んじゃ早速ピザでも――ん?」


 固定電話の所にあるピザ屋のチラシを取る為に立ち上がろうとした時、視界に入ってしまった。


 まるで死体のように床に転がっている南条さんが……。


「お、おーい……南条さん?」


 呼びかけるとピクリと動いたが、反応は返ってこない。


「あーあ、風見さんが椿お嬢様の作る不味い料理なんて食べたくないって言うから」

「え、そんな事言ってなくない?」


 南条さんの手料理は間違いなく不味いから出前を取る決断をしたわけだが、一言もそれを口に出した覚えはない。


「どうせ椿が作る料理は不味いですよぉだ……」


 転がる大きい子供から拗ねた反応が返ってきた。


「ほら、何か言ってますよ? 風見さんのせいなんだからご機嫌取ってください」


 えぇ……めんどくさ。

 でもまぁ、何か俺のせいっぽいし……、


「――わぁ、いつか南条さんの美味しい手料理が食べてみたいなぁ……」


 ……あれ、パッと思いついた事を言ってみたんだけど、何で俺は恥ずかしげもなくこんな発言をしてるんだ……もっと他にいくらでも機嫌を取る方法はあったはずなのに。


「――ホントですか?! ふっふっふっ、いいでしょう。では、ちゃんと練習しておきますね! よく考えたら今は絶対不味いのしか作れませんし、そんなの隼人くんに食べてもらうわけにはいきませんからね」


 物凄く気合の入った表情を向けてくる南条さんだけど……え、だから何でそんなにも俺に手料理振る舞いたがるの?


 やっぱめんどくさいから嫌ですって言ってくれた方がよかったんだけど。


「その勢いで是非、学校中の椿お嬢様のファン達にも振る舞ってあげてください!」

「は? 何言ってんの……どうでもいい男に手料理なんて作るわけないでしょ」

「つまりは、風見さんはどうでもいい男ではないと」

「当たり前でしょ? 隼人くんだけが椿の特別ですよっ」


 なんてニッコリ笑って俺を見つめてくるけど、やめてくれ……もう絶対勘違いしないって決めてるのに、これじゃそのうちその決意がブレちまうから……!


 俺だけが南条さんの特別?

 いやいや、どう考えてもおかしいだろ……!


 俺はつい最近の爆死から学んだからまだ何とか踏ん張れてるけど、こんな事言われるのが俺じゃなくて他の男子だったら、そいつは確実に勘違いするからな?


 おかしいおかしいおかしい……一回頭を冷やさなければ。


「ちょっとトイレ行ってくる……葛西、何かテキトーに注文しといて。うちの住所はそこに書いてあるから」


 と、固定電話の横に貼ってある付箋ふせんを指差す。


「はーい」


 呑気な葛西の返事を背にもらい、トイレに入って瞑想した。



 ◇◇◇



 トイレから戻ると、南条さんと葛西が何やらヒソヒソ話をしていた。


「あっ、戻りましたか風見さん。随分長かったですね。大きい方ですか?」

「いや違う……で、頼んでくれたのか?」

「これとこれを」


 と、葛西はピザ屋のチラシにある二つの商品を指差した。


「宅配のピザって食べるの初めてだから楽しみです」


 流石は南条さん。


 一般家庭では宅配のピザって中々豪勢な食事なはず。故に、そう簡単に頼んだりはしないだろうし、何なら食べた事がない人もいると思う。


 だが、南条さんのこの発言は意味合いが違う。

 多分、南条家の人々にとっては宅配のピザなんてそもそも豪勢な食事ではないから頼んだりしないのだ。


 でもまぁ、楽しみなのはホントっぽいから、届いたら是非美味しく味わってください。


「隼人くん隼人くん、朱音からの提案なんですけど、お昼を食べ終わったら王様ゲームというものをやりませんか? 聞けば凄く面白そうですし」


 葛西の提案だと危険な匂いしかしないんだが……それに王様ゲームやるにしても三人だけって特に盛り上がらなくないか?


「人数少ない気がするんだけど……琴音でも呼ぶ?」

「琴音ちゃんなら、一緒に隼人くんの家に行かないかって今朝連絡してみたんですけど、ゴールデンウィーク中はずっと東京にいるらしいです」

「へぇ、家族旅行か何かかな? だったらしょうがない、三人でやっても絶対つまんないから王様ゲームは無しで」

「まぁ、隼人くんがそう言うなら仕方ありませんね」


 南条さんは納得してくれた。あとは葛西なのだが……、


「椿お嬢様、本当にいいんですか? このまま世間知らずのままでも」

「ちょっと待て。王様ゲームやった事無いぐらいで世間知らずと呼ぶのはどうかと思うぞ」


 何度も言うがこれは葛西の提案だ。危険な予感がしてならん。

 だから南条さんに再び王様ゲームやりたい欲を取り戻させるわけにはいかない。

 ちなみに、その程度では世間知らずと呼ぶには無理があるのでは? と思ってるのも事実だ。


「椿お嬢様、王様ゲームをやると風見さんに何でも命令できるんですよ。ドSの真骨頂の見せ所です」

「は? 椿が隼人くんに対してドSに? なるわけないでしょそんなの……それより、ドSの真骨頂って、また椿を怒らせようってわけ?」


 だーかーらぁー! 葛西は何で南条さんを煽るわけ?! せっかく落ち着いてたのに……。


「間違えました。王様ゲームをやると風見さんからありとあらゆる命令をされるんですよ? 風見さんに対してのみドMになれる才能の見せ所です」


 いやいや、理解不能な言い分だな……何だその謎の特殊能力は。

 そんなの南条さんが身に付けてるわけ――、


「確かにそうねっ! もっと椿の事を知っていただくいいきっかけになりそうだし、やっぱ王様ゲームやりましょう!」

「はい?!」


 え、何をまんまと葛西の口車に乗せられちゃってんの?!

 ……じゃなくて、まさかホントにそんな謎の特殊能力持ってんの?!


「風見さんも了承の返事をしましたし、決定ですね」

「してないから」

「でも今、『はい?!』って言ってましたよね? つまりイエス。してるじゃないですか、了承」

「相変わらずのイミフな理屈だな……」


 やっぱアホだなこいつ。言葉のニュアンスを感じ取れないのかな?


「まぁ、風見さんがやりたくなくても賛成派の方が多いんで決定です」


 クッソが……南条さんさえ寝返らなければ……、


「はいはい分かりましたよ、やればいいんでしょ」

「決まりですね。じゃあ、お題を書く紙を用意してきたんで、一人十個命令を用意して書き終わったらこの箱にぶち込んでください。王様はこの箱から一枚引いて、書いてある内容を命令できるってルールでよろしくです」


 と、葛西は持参していた鞄からくじ引き用の箱を取り出してテーブルの上に置いた。


 俺の家に来る前からやる気満々だったのかよ……。


 と、葛西から紙を受け取り内容を考える。


「うーん、定番の命令ってどんなのだろ?」


 横では南条さんがスマホで命令を調べながらぶつぶつと呟いている。


 ひとまず、南条さんがヤバイ命令を書く可能性は低そうで安心した。


 だが、葛西は超ヤバイのを書くに決まってる。


 だったら俺は……自分が被害を被らない難易度の低いお題を用意する。


 そう決意して、せっせとペンを動かした。

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