19話 領主様にまいっちんぐ

 セレネ姉さんと宿屋に向かう、家の宿屋は食事がおいしい事もあって、昼時は混んでいる。僕らの食事は昼を少し過ぎてからだ、きっと今頃は食後のお茶で賑わっていることだろう。また人の多いパターンか本当に学習しない人だと、少しげんなりしながら領主様が待っている宿屋へと向かう。


 宿屋に着くと、食事も可能なフリースペースの所に領主様と昨日の執事女性が居た。女性は後ろに控えているのだが、こちらを睨むような目つきで見ている。バカだな、どうしてやろうか。とりあえずは深呼吸して、怒りを呆れまで持っていくように努力しながらそちらに歩き出した。


 「こんにちは」


 努めて明るい声で言う。


 「こんにちは、ウェルギウス君、昨日は突然声をかけてごめんなさいね。びっくりしちゃったよね」


 ああっびっくりして居なくなったことにしたのね、すっとぼけにイラッとした。


 「ええ、声をかけたら突然逃げられてしまいました」


 まるで、こちらに過失があるような言い方に、頭の中にある変なスイッチが入った。息をつかないで、昨日の不満を連撃で叩きこもう。もう知らない容赦しない。


 「はい。街に出て、多くの人が温かく遠巻きに、宿屋の息子のはじめての外出を見守ってくれていたのですが、突然[人の沢山いる]中央噴水前で、領主様の[豪華な馬車から呼び出し]なんて、どこの[貴族様への対応]かと思って驚いちゃいました」


 「僕はただの[宿屋の息子]って話で、落ち着いた筈なんですけどね」


 「あれはなんだい?領主様の隠し子かい?どっかの貴族の子かい?なんて声もしてましたし」


 「さらに、気分の悪い事に父さんと母さんに[不義不貞]があったみたいな話も聞こえて驚いちゃいました」


 むっちゃ嫌味なアクセントをつけて返答してると、宿屋でお茶をしてるギャラリーの声がざわついてきた。領主に口答えする5才児。あかん絵面ですね、もう取返しつきませーん。


 ・・・会話の中身があやしくなってきたので、母さんはセレネ姉さんにブライアンのごはんを渡して家に居るように言っている。正直助かる。


 「今、会話を聞いてる皆さん含めて、こういう[噂って消えません]からね。最悪を回避しようと逃げ出しちゃいました」


 口開けてポカーンとしてるけど、もう知るかよ。セレネ姉さんも退席したし、言いたいだけ言うぞ。はじめてのお出かけにあやを付けた罪は重いのだよ。あんたは焦りすぎたし手順を飛ばしすぎたんだよ。しつこさに定評のある僕はトドメの追撃をする。


 「あまり噂が広がり干渉が出るようだと、私は街を出ていこうとも思ってもいます。まだ5才ですがどこかの街につけば孤児として泥水と残飯で生きていけるでしょう。失敗したら動物の餌でしょうけど、家族には迷惑をかけたくないし、今もこの会話が不敬罪だと言われれば[奴隷や死罪]もありえますからね」


 「家族と離れるのは寂しいです、でも仕方ないです。後、死罪は怖いですけど・・・最大限の反撃をして敵わなければ、受け入れます」


 「違うの!待ってウェルギリウス君!」


 出た、違うの!これあれでしょ次は、そんなつもりじゃなかったの!でしょ草はえるわ。


 「そんなつもりじゃなかったの!偶然見かけたから声をかけただけなの!」


 はい、正解。当選者にはハワイ旅行でーす。異世界旅行になっちゃいますけど。


 「でしたら、時と場所と自分の立場を考えてください。僕はもう外出初日に発生した変な噂で汚染された奇異の目でしか見られませんよ、取り返しがつかない状況になっています」


 「後、本来の目的はなんですか?後ろの従者さんか執事さんか知りませんが、ずっと睨みつけて来ています。狙いは不敬罪ですか?投獄して都合のいい奴隷にします?それとも気まぐれに殺します?教会への餌にでもしますか?どれでもいいですよ、貴族らしく平民から奪い取ってください」


 「ウェル、待て!話を聞いてやれ」


 さすがに打撃が強かったか、父さんから領主への援護が入った。話を聞くことにする。


 「父さん、あからさまな取り繕った嘘と、後ろの人の態度に頭にキていたみたい。わかったよ話を聞くよ、諫めてくれてありがとう」


 ある程度言いたい事を言ったので、父さんに従って領主の出方をみることにする。執事だか従者だかの小者は下を向いている。バカめ、僕は背が低いから顔が丸見えだ。まあ見ないようにしたほうが精神衛生上良いようだ。


 「こんなに拗れるとおもわなかったわ、昨日は本当に見かけたから声をかけただけなの」


 ポツリ、ポツリと話はじめた。


 「ウェルギリウス君に言われて、はじめて気が付いたわ。人の目が多いところで何をしたのか、どういう影響があるのかを」


 立場のある人ってのは、立場による影響力を学んでから、しかるべき立場に立つんじゃないのか?なんだこの甘ったれた領主は。…うっなんか僕が厳しい、怒りを鎮めなきゃ。


 「今回の事は、今日の従者の対応も含めて申し訳ありません」


 「今は、謝るしかできないわ」


 「本当にごめんなさい」


 「後、目的よね。決して不敬罪で咎人にして、都合良く使おうなんて思ってないわ」


 「私はね20才の時に、父が突然亡くなって領を預かったの。そこから父の愛した領と街であること。そして私が生まれ育った街ってのもあって、恋人との結婚もとりやめて領主をしたわ。この10年間、脇目も振らずに領の経営を覚え、街の発展を必死で支えたわ、このまま領主として老いていくのも悪くないって思いはじめてもいたのよ」


 「そしてだいたい6年前位に、この街に天使の愛し子が生まれるって話を聞かされたわ。すごく喜んだの。きっとがんばった事に一つ答えが出た。良い事があったって。私が持てなかって子が、次の世代が生まれたって。そしてその子と是非親しくなって街を発展させていきたいって思ってたのよ」


 「そして出会ったのが君、私の予想なんかを遥かに超えてすごい子だった」


 「何も奴隷にしたりとか、縛り付けたりとか、政治の道具に使いたいとかじゃないの、ウェルギリウス君を見守っていた暖かい世界を、父の愛した街を、私の育った街を、街の人達をもっと幸せにして、そして守っていきたかっただけなの」

 

 「そして頑張った自分に価値を見出したかった・・のね」


 重い、知らんうちに勝手に想いを募らせて重い。その想いの告白はなんだろう、ただ私と仲良くなりたかったことの証明なんだろうか。独白というには立場がね、、、領主だよね。なんだこれ。天使の愛し子とかバラしてるし、現在進行形の領主の素直な気持ちってことかな。はぁ~僕は甘い。甘ちゃんだ。これを許してしまう。


 「わかりました、謝罪は受け取ります。・・・・極端ではない結末を探しましょう」


 固唾を飲んで見守っていた家族とギャラリーもほっとしたのであろう、安堵の声が聞こえて来た。さてどうしましょうかね。


 「で、具体的になんですが。私の平穏と特別視されない事は、諦めました。もう無理ですよねー」


 といって周りを見渡すと、ギャラリーの皆さんは目を逸らした。


 「人の口に戸は建てられません。今日の事も噂として飛び回るでしょう、そして領主様が天使の愛しい子と追加情報を出してしまいました。それをここに認め、ステータスを開示します」


 領主の謝罪風暴露というお漏らし全力プレイを受けて、もうダメだ。ここで限界、どうにでもなーれ回路が電力を通しはじめた。教会狂騒曲の時も後も、誰にもステータスは出さなかった。父さんも母さんも聞いてこなかった。それを今このタイミングで出す。


 「ステータス、パラメータ抜き!」ヴォン

---------------------

[氏名]ウェルギリウス

[レベル]1

[スキル]

魔法Lv1

魔法操作Lv1

鑑定Lv5

回復Lv2

錬金Lv1

[パーソナルスキル]

生生世世

意思疎通

ステータス操作

アイテムボックス

[称号]

健康

アンシャルの加護(全ステータスに20の+補正が発生)

---------------------


 「ウェル君」「・・・ウェル」


 家族の声が聞こえる、そうだよね。ちゃんと話しておくべきだったし、独断で開示しちゃアカン。


 「なにこれ回復もち?」「おいおい魔法と回復と鑑定と錬金だと・・・」「アイテムボックスだ」「ウェル君なら当然」「・・・すでに鑑定が5だ」「見たこと無いスキルが多い」「・・・勇者?」


 宿のお客さん達から声が漏れる、冒険者をやってる人が多いからそうだよね、有用スキルが何かを知ってるんだろうね。おっと3人娘のチョロイン子が無条件肯定です。彼女はぶれない。


 「アンシャル様の加護!!・・歴史上・・誰も居ない」「大量のスキルに・・・神の加護」


 領主と従者の声が響く、従者は膝から崩れ落ちた。


 さあ僕の小さな世界はどうなるんだ、もう耐えきれなくてサイコロを転がした。くそっ足が手が震える。下を見るな前を見ろ。みんなはどう見る。こんな異常な子供を。開示した自分の責任だ。なんでも来い。


 「こっこれはすごいわね」

 「ウェル、よく耐えた」


 母さんは驚いたんだろうか褒めてくれんだろうか謎だ、父さん、震える手足を見たな。小鹿じゃないぞ僕は。たぶん。

 

 「幼い頃からウェル君はすごかった」「フォルトナさんに背負われてても泣かなかったし」「そういえば坊主が赤子の頃でも泣いてるのみたことねぇな」


 それは不自然でごめん。うるさいと思って静かにしてました。てへへ。


 「まさに神が遣わした子供」「私は何ということを・・・」


 えー敬いすぎです、ただの宿屋の息子です。


・・・


 しばらくの沈黙の後で、母さんが語りだす。


 「ねぇこの子を誰が止めれるの?・・・街?領?国?無理なんじゃない?5才で何もしてなくてこうやってバレちゃうのよ、遅かれ早かれ何事かは起きちゃったわよ」


 「そうだな、ウェルは・・・ただの天才児ということにしてしまうか、領主殿それでいいか?」


 「えっええ、そうしてください。わが領に天才児があらわれたと」


 「今、こちらにお越しになっているお客様もお願いできますか?うちの子天才なのよって話で終わりにしてもらっていいですか?」


 「もちろんだぜフォルトナさん」「そうウェルギルス君だっけ、ちなみに今の君や家族に乱暴な事したらどうなるの?」


 おっ勇気ある質問さすが冒険者っていうか、ウェルギリウスだけどね?これはリスクの測定だね、バカが飛び出さないように。


 「ウェルギリウスだよお兄ちゃん、ウェルでいいけどね。そうだね、あんまり考えたくないけど、街を焼き、国を焼き、この世界へ送った神と天使を呪うかな?たぶん半年位で大陸を焦土に出来ると思う。おとぎ話の魔王みたいに人類を滅ぼす事に積極的になるんだと思うよ、フハハハなんて感じでね」


 「さっきの領主さんへ語っていた時もそういう覚悟があったってことだよね」


 ん?ツッコんでくるな。あーこの人常連さんだ、もうちょっと領主と従者に釘させってこと?


 「そうだよ、不敬うんぬんの話をしている頃は、そういう可能性も考えていたよ。でも自分が消えちゃう方を選んだと思うよ、従者さんが余計な動きをしたらアウトだったけど」


 乗っかっておこ、僕もこの従者は嫌いなのだ。絶対に喉元すぎたら熱さを忘れて逆恨みしてなんか悪い奴を雇うタイプなのだ。自分がバカな癖に偉いと思ってる奴なのだ。ねちっこいことで定評のある僕は許さないのだ。


 「ってことで、今の時点では、僕と領主さんは揉めてない!僕は宿屋の賢い息子!で領主さんが目をかけて教育の支援とかをしようとしてくれている!」


 これでどうかな?


 「そのスキルはどうするんだ?」


 だれかの問いかけがあった、ごもっともである。正直決めてない。


 「まだ何も決めてません、悪用だけはしないかな。お店にいってアイテムボックスぽいぽいとか出来ちゃうでしょこれって」


 「あー」「それりゃそうだ」「ウェル君はいい子だからそんなことしない」

 

 「ってことで個人的にはしばらく封印かなって思ってます。使うにしても、先生つけて危なくないように学んでから使いたいな。たぶん火よ小さく丸く燃えろって思い浮かべたら」


 ボゥウウウ・・・ユラユラ


 「ね、こうやって簡単に火球もでちゃうもん、アイテムボックスだって人が入るかもしれない、時が止まるかもしれない、空気が無いかもしれない、こんなの知識なかったら危なくて使えない」


 僕が危険だって改めて認知してもらっておこう、癇癪をおこすような状況は避けねばと思い込んでもらいたい。みかけた顔しかいないけど、人の欲は侮れないので少しだけ脅しておく。


 「こりゃたしかに」「そんな呪文が違う」「アイテムボックスか本に書いてありそうだ」「安定してる」「魔力はどこから」・・・


 思い思いの反応があった、多分正式ではなく簡単にやってのけただろう特殊チートだし。これを自制すると自発的に宣言してるんだ安心してもらうしかない。さんざん脅したけど。


 「じゃあこれからウェル君はお勉強しつつ、普通に暮らすでいいかな?」


 「うん」 


 母さんの問いかけに同意をし頷く、そして領主からのお願いがあった。


 「では、こちらにいらした皆様へお願いがあります、先日の領主馬車の話や今日の話が噂に出た時は[宿屋の息子の頭の出来が良いから領主様が目をかけてるんだってよ]と話をかぶせて上書きしてもらえますか?そして積極的に[領主は宿屋の息子に期待をしている]と噂を流しておいてください」


 了解と理解の声がさざめく中、僕は大きく息を吐いた。


 「ふぅーーーーー、もういいよね5才に、こんなやりとりを乗り切る胆力求めないでよ」


 「あははは」「すげえなぁ坊主は」「俺なら力におぼれちまう」「ウェル君は優しい子ですからね」「今日は激しい一面も見ちまったけどな」「ははははは」「優しい子にそこまで言わせてしまったのですね」「気にすることねぇ、坊主は昔っから良い子だ」「ウェル君のファンクラブ会員を募集中」「なんだそりゃ」「ははははは・・・」

 

 誰宛てでもなく、愚痴ると周りから笑い声が響いた・・・どうやら乗り切ったようだ。

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