第13話

 東にあったはずの太陽は、いつの間にか頭上を通り抜けて、西の空で輝いていた。


 サスケはトイレの壁にもたれている。

 ソフィアが戻ってくるまでに、何個のアトラクションを回ったか、指折り数えてみた。


 ゴーカート。

 お化け屋敷。

 空中ブランコ。

 フリーフォール。

 ウォーターライド(急流すべり)。

 ジェットコースター(小さい方)。

 ジェットコースター(大きい方)。

 メリーゴーランド。

 コーヒーカップ。

 ……etc。


 だいたい制覇したな。

 残っているのは、スワンボート、観覧車くらいか。


「お待たせしました。次は何に乗りましょうか?」

「そうだな」


 あと10分でアニマルショーが始まる。


 子ども向けだよな?

 ソフィア、楽しめるかな?

 退屈しなけりゃいいのだが……。


 そんな不安は開始早々に吹き飛んだ。

 子どもたちに混じって、うわぁ! すごい! かわいい! と連発している。


 へぇ〜。

 やっぱり、犬が好きなんだ。

 まあ、ソフィアの性格、犬に似ているもんな。


 司会のお姉さんが手を挙げて、


「誰か協力してくれるお友達はいませんか〜?」


 ゲストの参加を求めてきた。

 はいはいはい! と猛アピールするソフィア。


「じゃあ、そこの青いお洋服を着た君、こっちへ来てください」


 しょぼ〜ん。

 指名されなかったソフィアは泣き出しそうな表情になる。


「きっと、私の美しさに嫉妬しっとしたのです! 司会が男性なら、私が指名されていたはずです!」


 ショーが終わってもぶつぶつ文句を垂れていた。


「まあまあ、そうねるなって」

「別に拗ねてはいません。ふてくされた態度を見せることにより、サスケに励ましてもらおうという作戦なのです」

「はいはい、いい子、いい子。ソフィーは優秀だよ」

「う〜む……本当にそう思っています?」

「もちろん。本心さ」


 にぱぁ。

 エンジェル級の笑顔を向けられる。


「サスケ、愛しています」

「やめろ、リアクションに困るから」


 お土産ショップのところに『SALE開催中』ののぼりが見えた。

 せっかくなので立ち寄ってみることに。


 ソフィアに何か買ってあげようかな。

 一番喜びそうなものといえば……。


「なあ、ソフィー。これを持って帰るか?」


 サスケが手にとったのはタンブラー。

 シンプルな市松模様のデザインとなっている。


「こっちの世界の水筒でしょうか?」

「まあ、そんなものだ。この中に俺の血をつめて、あっちへ持って帰ったらいい」

「サスケの血を?」


 献血ボランティアへいくと、1回あたり200mlから400mlの血を抜かれる。

 サスケの場合、600mlくらいの血を失っても命に別状はない。


「冷やしたら長持ちするんじゃねえかな。ソフィーなら魔法みたいな力で氷を生み出せるだろう。これ一本分あれば、30日間のおやつ代わりとしては十分だと思うぞ」

「サスケ! 大好き!」


 ソフィアに抱きしめられた。


「やめろって、恥ずかしいから」

「あ〜ん、いけず〜」

「おい、変な声を出すなよ」


 ちゃり〜ん。

 980円のお買い上げ。


 すげぇな。

 これ一本分の血を抜いても、人間はピンピンしてんだな。


「ですが、私は見返りに何を差し出せばいいのでしょうか?」

「はぁ、見返り? いらないよ、そんなの」

「まぁ⁉︎」


 サスケは立ち止まって、頬をポリポリした。


「遊園地で遊ぶのなんて、10年ぶりかな。けっこう、楽しいな。でも、1人だと絶対につまらない。この時間が、俺にとっては、すでに見返りみたいなものなんだよ」

「なんと⁉︎」

「だから、ありがとな、ソフィー」

「シャシュケしゃ〜ん!」


 感激したのか(?)ソフィアが瞳をうるませる。


「もし私が生まれ変わる時がきたら、人間の女性になって、サスケに会いにいきますね」

「いやいや、重いから」

「サスケの子ども、7人くらい身ごもります」

「やめろって。あっちの世界で、ヴァンパイアの繁栄に貢献しろって」

「もうもうもう! どこまで他人本位なのですか! 優しすぎますよ!」


 ぎゅ〜う!

 これが愛情100%てやつか。

 たまらん。


 もしソフィアが人間だったら……。

 そりゃ、優しい奥さんがいたら嬉しいよ。

 ソフィアは美形だから、かわいい子どもが生まれそうだし。


 でもな、でもな……。

 サスケは人間で、ソフィアは吸血鬼。

 生まれ変わったら、なんて妄想の世界なんだよ。


 勢いだけで、結婚しよう、と告白する。

 32歳になると、人間、そこまでバカじゃない。


「わかった、わかった。ソフィーが俺を喜ばせたいというのなら、頬っぺたにチューしてくれ。それで十分幸せだから」

「えぇ……それだけ? もっとヘビーな要求をくれないと、女のプライドが傷つきますよ」

「そんなプライド、捨てちまえ」

「むぅ〜」


 ソフィアがキスしやすいよう、サスケは腰を落とした。

 小鳥がついばむみたいに、ぷるんとした唇が触れてくる。


「あっ、そのまま動かないでください」

「ん?」


 ソフィアが反対サイドに回り込む。

 お留守になっている方の頬っぺたにも、チュッとキスをしてくれた。


「片方だけだとバランスが悪いでしょう」

「ソフィーはいちいち愛らしいな」

「てへへ」


 サスケたちは手を結んで歩き出した。

 その視線の先には、たくさんのスワンボートと、キラキラ光る湖面が広がっていた。

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