腹ペコの美少女吸血鬼ちゃんを飼うことになった

ゆで魂

第1話

 夜風が気持ちいい夜だった。


 会社の後輩を3人集めて、しこたま飲んで、その帰り道。

 すでに0時を回っており、街そのものが眠ったように静かだった。


 明日も仕事か。

 早く寝ないとヤバいな。

 て、いい子ちゃんか、30過ぎのおっさんなのに。


 支倉はせくらサスケが会社に就職して早10年。

 一度も遅刻したことがないくらいには、生まじめなサラリーマンという自覚があった。


 妻はいない。

 というか、恋人もいない。


 周りの連中が次々と結婚していく中、少しも焦りを感じていない自分に気づいて焦っている、という話をしたら後輩が爆笑していた。


「けっきょく、変わり映えしない毎日が幸せなんだよな〜」


 とか達観たっかんしたようなことを呟いた、その時……。


 ドサッ!


 重そうな物が落ちてくる音がした。

 最初はでっかい氷の塊でも降ってきたのかと思った。


「ん? んん?」


 脳みそがアルコールに毒されているのだ。

 さっきまで何もなかった場所に、金髪の、10歳くらいの、色白で欧米人っぽい女の子が倒れていても、少しも驚きはしなかった。


 ああ……。

 空から女の子が降ってくるとか、実際にあるんだな〜。

 くらいの感想である。


 女の子は落下の弾みで仰向けになっていた。


 フリルのついたドレスが少し汚れている。

 けれども、陶器みたいにスベスベの肌には、傷一つ見当たらない。


 サスケはジェントルマンだから、相手がずっと年下であろうとも、レディには失礼のないよう接する。


「もしもし、お嬢さん、もしも〜し」


 繰り返し呼びかけてみた。

 しかし、返事がない。


「脈と呼吸をチェックさせていただきますよ」


 首筋のところに触れると、トクン、トクン、と血管がかすかに動いていた。

 呼吸だってしっかりしている。

 つまり生命反応あり。


 さてさて。

 救急車を呼んだ方がいいよな。

 スーツのポケットから携帯を取り出したとき、女の子の目が開いて、


 ガシッ!


 ふいにサスケの手首をつかんだ。

 花弁のように愛らしい口がパクパクと動く。


「やめ……てく……れ……」

「おい、お嬢さん、大丈夫か?」

「なか……まは……ぶな……」


 仲間は呼ぶなってことか?

 サスケは携帯をポケットに戻す。


「しっかりしろ。どこか苦しいのか? 俺の顔がちゃんと見えるか?」

「おう……おう……見えるぞ」

「空から落ちてきたんだよ。覚えているか?」

「そうか。落ちたのか。無事にゲートを抜けたか」

「はぁ? ゲート?」

「世話をかけたな。こちらの世界の民草たみくさよ」

「おいっ! 動くなって! あんた、きっと骨が折れている!」


 女の子は立ち上がりかけて、派手にバランスを崩した。

 サスケが紙一重のところでキャッチする。


 どうなっているんだ?

 痛いはずなのに、うめき声一つ出さないなんて。


「案ずるな、怪我はない」

「本当かよ。その割には苦しそうだぞ」

「違う、違う、違う、そうじゃない。これはお腹が空いているのじゃ」


 女の子をベンチに座らせた。

 食べ物がないかと思い、カバンを漁ってみたが、出てきたのはキシリトールガム。


「お茶ならあるぞ。新品のペットボトルだ」

「おおっ! ありがたい! 空腹が少しは紛れる!」


 女の子はのどをゴクゴク鳴らして350mlを一気飲みした。


「これは日本の茶か?」

「ああ、そうだ。ここは日本だからな」

「どうりで美味びみなはずじゃ。私の故郷ふるさとでも、日本の茶は評判がいいのじゃ」


 故郷? ヨーロッパかな?

 向こうの人もジャパニーズグリーンティーとか好むっけ?


 雲が流れて、月の光がわずかに強まった。


 きらり。

 女の子の口内で鋭く光るものに気づく。


「お嬢さん、その歯……」

「おお、よくぞ気づいた。これはだな」

「コスプレ用の付け歯だろう。ハロウィン向けの。吸血鬼に仮装するやつ」

「ちっが〜う!」


 怒った女の子が手をブンブンさせる。


「これは本物の牙なのじゃ! 吸血鬼のアイデンティティなのじゃ!」

「あ、お嬢さん、ヴァンパイアなんだ?」

「その目……信じておらんのう」


 女の子が腕をクロスさせると、背中からコウモリのような羽が生えてきた。

 ベンチから飛び立ち、サスケの頭上をくるりと一周して、元の位置に戻ってくる。


「おお……すげぇ……」

「そうじゃ。私はすごいのじゃ」


 女の子はぺったんこの胸を張ったが……。


 ぎゅるるるるるる〜!

 腹の虫があらゆる威厳いげんを台無しにする。


「うぅ……」


 恥ずかしそうにモジモジ。


 んん? 急にどうした?

 サスケの首筋のあたりを見つめて、赤ちゃんみたいに指をくわえている。


「俺の血が欲しいの?」

「あぅ……うぅ……」

「でも、俺まで吸血鬼になるわけにはいかない」

「あれは迷信じゃ。人間は吸血鬼にならない。吸血鬼が人間にならないように」

「ふ〜ん、そうなんだ。太陽の光を浴びたら灰になるっていうのは?」

「あれも迷信じゃ。たしかに、日光浴は好きじゃないが」


 まだ大切なことを質問していない。


「俺の名前は支倉サスケだ。お嬢さんは?」

「私はソフィアだ。親しい者からは、ソフィーと呼ばれておる」

「そうか。ソフィーか。覚えやすくていいな」

「えっへん」


 サスケとソフィアは出会った。

 おまんじゅうみたいな満月がキラキラしている夜のことだった。

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