帝国から王女が来てしまいます

突然の訪問でした。帝国ビスマルクから使者とその王女がきたという事が王国ルンデブルグに伝えられたのです。


私も国王もエル王子もレオ王子も皆が驚きました。相手の事を全く考えていない、院議無礼な訪問だったのです。


そもそも帝国ビスマルクとルンデブルグにはまともな交友関係などないそうなのです。ですが強大な軍事力を持つ帝国ビスマルクの使者及び王女を門前払いするわけにもいかず、仕方なしにルンデブルグは迎え入れるのでした。


話を聞いてみない事には相手の出方もわかりません。出方がわからなければ対応もできないという事でした。


接客室に来たのは使者数名。屈強な男達です。兵士のようでした。流石は帝国の使者という感じです。


そして中央には一人の女の子。とても美しい少女ではありますが、どこか我儘そうではありました。どことなく歪んだ感じを表情から受けます。

豪かな赤いドレスに着飾った彼女が帝国の王女である、リノア王女らしいです。


不安に思った私とヴィンセントさんはその様子を覗き見るのです。



 その時、あることに気付きました。リノア王女に仕えているメイドです。なんと、そのメイドは宮廷を追放された義妹のディアンナだったのです。


「な、なんでてめぇが!」


 レオ王子が声を張り上げる。


「ひ、ひいっ! ゆ、許してくださいませっ! もう私は何もしませんわっ!」


 ディアンナが怯えています。


「あら、知り合いなの?」


 リノア王女が首を傾げます。


「こいつはここで働いている薬師のアイリスに毒を盛ったんだ。その罪で国外追放処分になった。なのにどうして帝国ビスマルクのメイドにこいつが」


「そうだったの。そんな事が。この子は奴隷商からお父様が買ってきたの。私の新しい専属メイドにするように」


「へぇ……そんなことがあったのか。大方奴隷商人にでも捕まったんだろうぜ。二度と会わない顔だと思ってたけど、また会わせる事になるとはな」


「ひいっ! 許してくださいませっ! もう何もしませんわ私っ!」


 ディアンナは怯えます。レオ王子は怒りを一旦納めます。今重要なのはそこではありませんでした。目の前にいるリノア王女、そして裏にある帝国ビスマルクの思惑が重要なのです。


「いかが御用ですか? 我々ルンデブルグにお越しになった用件とは。帝国ビスマルクの王女。リノア王女殿」


 ルンデブルグの国王は聞きます。その隣には王妃。さらには王子二人もいます。


「欲しいものがあるのよ。その欲しいものを貰いにきたの」


「欲しいものですか。なんですか、その欲しいものとは」


 リノア王女は指を指します。その対象はエル王子とレオ王子でした。


「そこの王子二人よ。あなた達、私のモノになりなさい。ふふふっ」


 リノア王女は微笑みます。笑ってはいますが目は笑っていません。決して冗談で言っているわけではないようです。


「ふざけんな! てめぇ! 誰がてめぇのものなんかに!」


 レオ王子は吠えます。


「リノア王女、それは本気でしょうか? あなたは本気で言っているのですか? 本気で我々を自分のモノにしたいと?」


「ええ。そうよ。あなたたち本気で私のモノにしたいの」


 冷静な口調で語りかけてくる。それが異様なほど恐ろしくもあった。本気さが伝わってくる。


「残念ながら、私はあなたのモノにはなりません」


「あら。残念ね。それはなぜ?」


「心に決めた人がいますので」


 エル王子は落ち着いた口調で言います。口調は落ち着いていますがその視線は強く、強い意志が感じられました。


「俺もだぜ! 誰がてめぇのモノなんかに!」


「あら、そう。わかったわ。あなた達が私のモノにならないというなら、お父様にお願いして、この国に宣戦布告をしてもらうわ」


「「「なっ!?」」」


 一同は驚愕した様子でした。帝国ビスマルクは強大な軍事力を持っている。ルンデブルグのような小国、本気になられたらあっという間に吹き飛ばされかねない。


「て、てめぇ! 最初からそのつもりかよ! そうやって武力をちらつかせて俺たちを屈服させようと!」


「ええ。そうよ。それが私たちのやり方なの。おわかり? ほしいものが手に入らないなら力づくでも手に入れるのよ」


「ア、アイリス様……あまり私を押さないでくれると」


「ご、ごめんなさい……うわわわわ!」


 バタン。身を乗り出した私は思わず転んでしまう。当然、物陰から見ていた私たちはその姿がバレてしまいます。


「アイリス様!」


 ヴィンセントさんが声を張り上げます。完全に二人の存在がリノア王女にバレてしまいます。


「何かしらそこの女。あら? そこの背の高い執事。良い男ね。合格よ。あなたも私のモノになりなさい」


「ふざけるな! 誰があなたのモノになどなりますかっ! 私は薬師アイリス様の専属執事です!」


 ヴィンセントさんは叫びます。


「薬師アイリス。聞いたことのある名前ね。腕の立つ薬師だそうで。それはいいのだけれど、すごい美女を想像していたけど、実際見てみるとそうでもないわね。地味でいまいちな女だわ」


ううっ……初対面なのにぼろくそに言われています。まるでディアンナのようです。ひどいです。


「リノア王女、言葉を慎んではいただけませんか!」

 

 エル王子は怒気の混じった声で言い放ちます。


「なに? もしかしてこの地味な女の事を惚れているの? エル王子。あなた、完璧な王子だと思っていたけれど、女の趣味だけはいまいちね」


「ふざけるな! リノア王女! いい加減にしろよ!」


「ふふっ。もしかしてあなたもそうなの? 兄弟そろって優良な玩具だと思ってたけど、女の趣味だけはいまいちなのね。まあいいわ。私が手に入れたら私の色に染めてあげるから。ふっふっふ」


 リノア王女は不気味に笑います。美しい顔がゆがんで恐ろしく見えます。


「くっ……」


「そう、私のモノになるつもりはないのね。交渉決裂ね。ならいいわ、お父様に行言って戦争をしてもらうから」


「くっ……」


 表情をゆがめる一同。彼女の要求はとてものめない。だが、それと同時に戦争が起きた場合の恐ろしい被害を危惧しているのだ。


「それでは今日はこのくらいにしておきましょう。帰るわよ。ついてきなさい、ディアンナ」


「は、はい! リノア様!」


 こうして帝国からの使者及び王女様は帰ってきます。まさかメイドとしてディアンナを連れてきたのは驚きましたが、今はそれどころではありません。


「いいのかよ! 兄貴! あいつをこのまま帰しちまって!」


「リノア王女自体には何の力もない。拘束しても返って帝国を本気にさせて、より苛烈な軍事行動をしかねない」


「そうかよ……くっ」


 大人しくリノア王女を帰すしかない。一同はそういう結論になったのであった。


 沈黙と静寂が支配します。


 嵐の予感がしました。それもさらには血が流れる予感がします。確信めいた予感。


 今まで経験してこなかった戦争の足音が聞こえてくるのでした。


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