二二年 バンセの月 十一日 縞曜日




二二年 バンセの月 十一日 縞曜日


 騎士様がお持ちのとても古い地図によればザンカアラン山(※1)という名前の山は、草木のほとんどない岩山だった。その周りも岩がごろごろと転がり、荒れ地だ。

 近づくにつれてどんどん荒れ果てていき、昼頃にはすっかり岩だけになっていた。当然道なんてなく、できるだけ起伏の少ない当たりを選んで進んでいく。

 森の中を歩くのもしんどいけど、あっちは探そうと思えば食べ物も見つかったし、水場もあった。日陰もあれば、涼しい風も吹いた。でもこの辺りは、危険な獣も出てこない代わりに、ちょいと野草を摘んでってわけにもいかないし、水もなければ、吹く風も埃っぽい。

 地下の町で貰った保存食はまだ余裕があるけど、水は困る。あたしたちも飲むし、馬もたっぷり飲む。長居はできない。騎士様も、ここでは見るものを見たらすぐに出ていくと仰った。

 見るものなんかあるんだろうかとあたしは思ってたけど、それは向こうからやってきた。

 最初は、不安定な岩が崩れでもしたんだろうかと思った。ものすごい物音に、おっかないなって思ったくらいだった。でもそれは途切れずに、ゆっくりとあたしたちに近づいてきて、ようやくそれに気づいたときには、もうすぐ目の前だった。

 岩かと思ってたそれは、岩の肌をした巨人(※2)だった。その身の丈は騎士様二人分よりもまだ高く、横幅といったら馬車か何かと比べた方がはやいだろう。周りの岩と同じ色だから、近づいてくるまで全然気づかなかった。

 巨人はあたしたちを見下ろして、それからゆっくりと腰を下ろして、まだ足りず、覗き込むようにして顔を寄せた。そのすべての動作がとてもゆっくりしていて、圧迫感はあるけど、恐ろしさはそれほどでもなかった。いや、怖いは怖いんだけど。

 巨人は酷く大きな口をバキバキと開いて、岩山を通り抜ける風のような、不思議な声で語りかけた。

「柔らかい人が来るのは珍しい。ここにはお前達が食べるものは何もない」

 巨人は古ザンカ語でそう言った。騎士様はこの巨人にいつもの名乗りをして、話をしたいと仰った。あたしは古ザンカ語なんて聞き取るだけで精一杯なので、正しく意味をくみ取れたかはわからないけど、話の内容はこんな感じだった。

 つまり、ザンカアラン山には貴重な鉱石があるかもしれないので、よければ人を呼んで調べたい。そして見つかったなら、掘り出していきたい、とこういうことだった。巨人は、柔らかい人は昔の昔も穴を掘っていった、いまはいなくなった、柔らかい人が食べる(?)石はもうないと思う、と言った。

 騎士様が、昔の昔の柔らかい人たちがどんな石を掘っていたのかを尋ねると、巨人は白くて硬い石だといった。美味しい?が珍しくて、とても深いところにしかない、柔らかい人たちが掘りだしては、たまに食べさせて(?)くれたが、いまはない、と。

 騎士様は多分その鉱石が欲しかったんだと思う。調べるだけ調べていいかと聞いていたけど、巨人はあまり気乗りしないようだった。それというのも、昔の昔、白くて硬い石を分けてくれるというから柔らかい人たちを手伝ったが、出てこなくなると柔らかい人たちは掘り出した石を全部持って行ってしまったのだという。それに巨人の若者も何人か連れて行ってしまったと。

 騎士様は粘り強くお願いしたけど、巨人は頷かなかった。

 あたしは話を聞きながら、小鬼たちに貰った石を思い出した。山岳地で交易に使えそうなものをお願いしたら、なんか石を詰め込んだ袋を寄越されたのだった。見た目より軽いけど、やっぱり石だから重いし、かさばるので困っていたのだけど、この巨人との取引に使えってことかもしれない。

 あたしが一つ手に取って巨人に見せてみると、巨人は鼻を寄せて匂いを嗅いだ。

「ああ、これだぁ、白くて硬い石だ。いい匂いだあ。良ければ少し分けてくれないかな」

「どうぞ。あんまりないので、ちょっとだけ」

 あたしが石を何個か、巨人の大きな掌に載せると、巨人は喜んでそれを持ち上げて、ものすごい音を立てて指先で粉々に砕いてしまい、近くの岩に振りかけた。そしてその岩を持ち上げるや、おもむろにかじりついたのだった。

 びっくりしてる間にも、巨人は岩をバリバリバキバキと噛み砕いて、すっかり食べてしまった。

 あたしの翻訳が間違ってるのかと思ったけど、本当にこの巨人は石を食べるのだった。

「かりかりして、なんて芳醇な香りだろう。ほんの少しだけでも、こんなにうまいだなんて、ああ、幸せだあ」

 巨人はうっとりとした様子で、ぼろぼろと食べかすを、つまり岩の欠片を落とした。怖っ。

 気分がよくなったところで交渉を進めてもらおうと思って騎士様を見たら、ものすごい目で見られた。

 それから、石を一つ手に取って、ものすごい顔をした。

 何か不味いことしたかなって思ったら、これ、ミスリル鉱石だよって言われた。ミスリルっておいしいんだ。試してみようと思ったけど、歯が欠けるよって言われたので諦める。

 袋一杯に詰まってると知って、騎士様はものすごく悩んだみたいだったけど、これを巨人に渡して、お願いすることにしたみたいだった。

 巨人は単純なようで、この贈り物に大いに喜んで、王国の調査隊がやってくること、山を掘ることを許してくれた。そして今度はきちんと約束が守られるように言い、もし破られた時は山を閉ざすと告げた。騎士様は後できちんとした契約書(※3)を作ると約束した。

 目的が済んだので、あたしたちはあわただしくはあるけど、すぐに次の土地へ向かった。

 何しろこの土地はあたしたち「柔らかい人」には、食べるにも寝るにも困る場所なのだ。

 水がなくなる前に、あたしたちは「柔らかい土地」に向かわなければならなかった。


 ところで、舐めてみたけどおいしいものではなかった。残念。


※1 ザンカアラン山

 現在のザンカアラン石食人種保護区域。今日では唯一の石食人種居住地である。語源は古ザンカ語で「ザンカ(=我ら)の穴」であり、古ザンカ系民族のミスリル鉱石採掘跡とされる。

※2 岩の肌をした巨人

 石食人種。岩巨人などとも呼ばれた。本書執筆時現在、ザンカアラン保護区域に二十六人が居住している。希少鉱石などを体内で精製し、一部は体の成長に、一部は排泄する生態で、これを他種族から狙われてきた歴史があり、絶滅の危機に瀕している。

※3 契約書

 史書に言うところの『ザンカアラン採掘条約』。邊土公は帰国後、専門家たちとの相談の上で条件を詰め、石食人の代表五名と再度面会し、この条約を正式に締結した。





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