二二年 ゼン゠ゼンの月 十九日 澄曜日




二二年 ゼン゠ゼンの月 十九日 澄曜日


 厠! 風呂! 氷室!(※1)

 後で時間とれるかわかんないから、朝のうちに部屋の驚きを書いとく。

 厠は、つやつやした石?の椅子。穴開いた椅子。座って用をすると、たまった水に落ちる。恐ろしく柔らかい紙が束ねてあって、それで拭いて、捨てていいらしい。壁の出っ張りを押すと、中の水がブツごとどこかに流れる。

 風呂。天井から雨みたいにあたたかい湯が降る。温かさは、壁のつまみをひねると変わる。水は床の下に流れる。

 氷室。扉付きの箱。中が冷えてる。酒を冷やしておく。


 読み返すと、何とも馬鹿っぽい殴り書きだ。

 でも驚きは本物なので、このままにしておこう。

 灰鬼人の使用人が使い方を教えてくれなかったら大変だった。

 騎士様は厠も、風呂も、氷室も、直面するやしばらく固まってしまって、動かすのに苦労した。使えるものは使えばいいんだから、悩むのは暇なときにすればいいのに。

 一夜明けて(お天道様が見えないから、多分だけど)あたしたちが身支度を整えると、見慣れない、でも上等なおべべを着た小鬼がやってきて、何か予定がなければ一日ダラダラしてできれば寝てくれと言ってきた。

 意味が分からないでいたけど、小鬼はみんなもう寝ているので、それに合わせてくれると嬉しいと言ってきて、騎士様には通じたようだった。

 騎士様が言い換えてくれたところによれば、つまり、小鬼や灰鬼人は夜行性で、昼寝て夜起きる生き物なのだ。あたしたちがやってきた頃は彼らにとって「早朝」で、あたしたちが目覚めた今は彼らにとって眠りにつき始める「夜」なのだ。この昼夜の違いを合わせるために、あたしたちはできるだけ眠って、夜に備えなきゃいけないということだった。

 この小鬼も「深夜」まで夜更かしして、あたしたちに合わせてくれたのだ。

 ぐっすり眠れる薬もあるとのことだったけど、さすがに怖いので、騎士様と二人でお酒を飲んで休むことにした。食事に関しては、これから町全体が眠るので大したものは出せないけど、と言って、いくつか簡単な料理を包んでくれた。

 四角いけど柔らかく白いパン、やっぱり四角いけど程よい塩気のハム、これまた四角く妙に綺麗に成形されたチーズ、四角く切り揃えた新鮮な生野菜、それに器に小分けにしてくれたスープ。簡単なといいながらも、村では絶対食べられなかった上等なものだった。

 寝間着に着替え、騎士様と飲み交わし、一度寝る。


 夜になり、あたしたちは身なりを整えて、小鬼たちの「朝食会」にお呼ばれした。

 食堂は広くて、天井も高く、円卓に敷かれたテーブルクロスは真っ白で、もしかしたら騎士様のお屋敷のそれより立派だった。食器もシンプルで、見慣れないデザインだけど、質がいいのはわかる。

 ただ、小鬼や灰鬼人にあわせてか、タウブの明かりは薄暗く、夕食会のようだった。

 あたしは従者だし後ろに控えていようとしたら、あたしの分の席まであって、騎士様の隣に座らせられてしまった。いいけど、いいのかなあ。

 円卓についたのは、あたしたちの他に、小鬼が三人、灰鬼人が二人で、みんなゆったりとした上等な服を着ていた。それから、給仕としてキッチリとした服を着こんだ何人かの灰鬼人たちが出入りしていた。

 騎士様が丁寧に礼容を取って挨拶して、名と身分を名乗って招いていただいたことの感謝を述べると、小鬼たちは鷹揚に頷いた。それから向こうも名乗るかなと思ったら、あたしに視線が集まって困る。騎士様が自分の従者のサイネカリアであると先に仰ってくださって、それでようやくあたしはたどたどしく挨拶した。

 小鬼と灰鬼人は順に名乗りと簡単な挨拶を述べた。きちんと覚えておこうと思ったんだけど、連中の名前はとても難しくて、あたしには聞き取れなかったし、書けなかった(※2)。

 その代わり、座っている順に、ミン、アッタ、ネルデー、キャンタ、ランペー(※3)と簡単な呼び名を用いてくれた。

 朝食の内容は、四角い白パン、四角いハムのハムエッグ、四角いチーズ、四角く切り揃えた新鮮な生野菜、四角い芋のソテー、のっぺりした色合いの茶色のプディング、これらが四角い皿に盛られている。それにカップに注いだスープ。美味しいけど、みんな四角い(※4)のでなんだか不思議。

 飲み物に、ミルクか果汁水があると言われたので、ミルクをお願いする。騎士様は果汁水。ミルクが嫌いな騎士様はこんなに大きいのに、なぜあたしは伸びないのか。ご先祖が小さいからか。

 あたしがこのご馳走に夢中になっている間に、騎士様はこの町に滞在する間の話をされたようだった。行ってよい場所、だめな場所、していいこと、だめなこと、いろいろ。あとは、小鬼たちのことを色々聞きたがってたみたいだけど、あんまり話してはくれなかったみたい。

 朝食会が終わって、ネルデーと名乗った、少し声の高い多分女の灰鬼人が、あたしに四角い包みをくれた。甘い焼き菓子だった。あとで騎士様と分けた。

 案内役の灰鬼人が一人ついて、町中を案内してくれた。町は決まった歩数で道が設けられ、どこも同じ寸法でできていたので、うっかりすると道を間違えてしまいそうだったけど、道行く連中は誰もそんな素振りはなかった。

 よく見れば新しい道に出るたびに、壁の隅に金属のプレートが張られていて、そこに数字の組み合わせで場所を示しているのだった。例えば、何番通りの何番地のように。大通りをまっすぐに進みながらあたしが頑張って数えたところ、数え間違いでなければ、役所から町の端まで███歩ごとに███本の路地があり、またその路地の端から端までは███歩ばかりだった(※5)。

 昼食は案内役が勧めてくれた店で食べる。

 やっぱり四角いパン。あと四角い肉のステーキ! どこを切っても同じように切れるのは不思議だ。何のお肉かは聞かないことにした。

 昼からは████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████。

 騎士様はとても興奮なさって、あれはなに、これはなにと案内役に質問しっぱなしだった。答えてもらえることもあれば、答えてもらえないこともある。あたしにはそもそも全部わからなかったのでとにかく何かわかんないけどすごい、という感じ。████████では四角い飴を貰った。ここで作っているお菓子の一つだそうだ。

 ほとんどついていくだけになっていたあたしを気遣ってか、案内役が何か知りたいことや気になることはないかと聞いてくれた。保存食と酒を売ってる場所、王国通貨が使えるかどうか、あと次に行く予定の山岳地で交易に使えそうなものを尋ねると、しっかりした子ですねと褒められた。もう十五で、そろそろ十六になると伝えると、騎士様を見てしっかりしてない大人ですねと言った。あたしもたまに思う。

 求めた品は後で詰め合わせて用意してくれることになった。自分の目で見て確かめたいけど、正直、この町のものの品質はあたしにはよくわかんない。

 騎士様が欲しがったものはほとんど却下された。銃とか、本とか、変わったのでは外の土地を案内してくれる案内人とか。

 夕食は役所の食堂で四角いフルコースが出た。お肉や魚、野菜が四角いのは慣れたけど、最後に出てきた果物まで四角いのは驚いた。四角い実がなるんだろうか。もしかしたら、四角い木に。

 騎士様はやっぱり色々聞きたがってたけど、役人たちは答えたり答えなかったりで、答えない方が多かった。あたしが小鬼や灰鬼人と聞いて想像していた荒っぽい威圧なんかは全くなく、とても丁寧で柔らかい物言いなのに、きっぱりお断りされてる。例えば、████████████を████████する方法とか。

 あたしが聞くことは大体答えてもらえた。料理に使ってる香辛料とか、調理法とか、なんで四角いのかとか。四角いのはその方が効率的で、切り分けるのにも便利だからだそうだ。よくわかんない。

 昼夜逆転したばかりだからか、思った以上につかれて、眠い。

 興奮して寝付けない騎士様に申し訳ないけど、先に失礼して寝る。


※1 厠! 風呂! 氷室!

 描写からするに水洗トイレ、温度調節可能なシャワー、冷蔵庫。ゴブリンの伝統工芸には意味不明なレベルで高度な技術がしばしばみられる。現在も彼らが人族社会との接触を制限しているのはこれが理由のひとつなのだろう。

※2 書けなかった

 ゴブリン゠ウルク語においては舌打ちのような吸着音をはじめとして非常に多彩な子音があり、現代においてもゴブリン゠ウルク文語以外での正確な表記方法はないとされている。また人名や固有名詞以外での露出がほとんどないため、詳細は今もって不明である。『アルメント地方視察報告書』においても「発音不可能」として記述を諦めている。

※3 ミン、アッタ、ネルデー、キャンタ、ランペー

 原エルフ語でそれぞれ数字の1から5までを意味する語。今日ではエルフ間においても使用されることは稀な言語である。

※4 四角い

 オルフロントは『地下の帝国』において、「ゴブリンたちの国では食べ物さえもが工場で賄われていた(中略)すべてが四角い箱の中で」と述べており、恐らく十五世紀時点からすでにこの食糧生産工場が稼働していたものと思われる。

※5 ███

 原文ママ。町を出る際に『アルメント地方視察報告書』も含めて、ゴブリンの役人によって検閲されている。主に詳細な数字や、施設の説明などが黒塗りされており、一ページ丸々塗り潰されている箇所もあった。『報告書』では記憶を頼りに書き直している部分もあるが、曖昧な描写にとどまっている。





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