12、復讐その4~全てを終わらせる(2)

 

 

『ほら、選んでよ』


 どちらにするかを。

 どちらの破滅を選ぶかを。


 どちらにしても明彦は破滅だ。

 警察は勿論のこと、私の遺体を掘り返したとしても──その後、バレずに供養なんて出来るわけもない。


 だらだらと流れる汗を拭う事もせず、明彦はショベルを睨み続けた。

 不意に、小声で呟くように何かを言った。


 聞き取れずに首を傾げると、今度は少し大きな声で。


「い、郁美は?郁美はどうしたんだ?」

『もう居ないよ』


 何があったかなんて話す必要は無かった。その義務はない。簡潔に、結論を教えた。


 そんなことより、ほら早く選べ。


 目で促せば。

 随分霊体の私に慣れたのか、ギロッと睨み返してきた。いい根性じゃないか。無駄な根性だけど。


「まさか……郁美に何かしたのか?」

『さて?』


 何の事やら?


「てめえ……人が下手に出てりゃいい気になりやがって……!」


 ギュッと砂を握りしめて、絞り出すように言ったかと思えば。


「調子に乗るな、この糞アマが!」

『──!!』


 バッと砂をかけてきたのだ!


 勿論、霊体の私にそんなものは意味もなく──と言いたいところだったが。


『げほ!?』


 目に入った砂が痛くて、思わず目を閉じる。

 なぜか口にも入ってむせる私の耳に、嘲笑が届いた。


「あっはっは!悪霊だか何だか知らねえが!こりゃいいや、どうやら物理的な攻撃がきくみたいだな!」


 気配を感じて、私は明彦を見た。

 開けにくい目を涙目にしながら必死で開いたその先に映ったのは。


 ショベルを振りかぶる、明彦の姿だった──


 嫌な音と共に、殴られる。


「死ね、悪霊が!」


 何度も何度も。

 明彦は私をショベルで打ち付けた。


「俺と結婚できただけでも感謝しろってのに!えらそうに幽霊なんぞになってんじゃねーぞ!」


 何の痛みも感じずに、私は地面に倒れ込む。

 それでも明彦の手は止まらなかった。


 私の遺体が埋められた庭に、また血が流れていく。


 霊のはずの私から、血が──


「二度と出てくんじゃねえ!とっとと地獄に落ちろ!!」


 それがとどめ。

 最後の叫びの瞬間、大きく振りかぶって。

 これまでで最大の一撃を振り下ろすのだった。


 ハアハアと荒い息をつきながら。

 顎に垂れてきた汗を乱暴に拭い。


「は!ざまあ……!」


 明彦は、足元に転がったそれに目を向けるのだった。


 直後、その顔色が急変する。


「──は……?な……い、郁美!?」


 そう。

 明彦の足元には、郁美が倒れていた。


 何度も何度も明彦にショベルで殴られて。

 もはや顔は原型をとどめていないけれど、それでも郁美だと分かるのは、その体を何度も堪能したからか。


「嘘だろ!?おい、郁美、郁美!なんで……なんでこんな!!」


 動かなくなった郁美のそばで、膝をついて呆然と叫び続ける明彦。

 私はそれらからどんどん遠ざかりながら、その光景を見続けた。


(──満足したかい?)


 ランディの声だ。

 そして場面は急変する。


 クルクル回る赤いランプが多数見えた。


 救急車と──パトカーのそれだ。

 時間が少し経過したのだろう。


 明彦が呼んだのか、それとも誰かが呼んだのか。


 ただ呆然と立ちすくむ明彦の手にかけられる手錠。

 運ばれる郁美の遺体。


 そして。


 掘り起こされる私の遺体。


 全てが終わった事を悟った私は、ゆっくりとその光景に背を向けた。


 これ以上は必要無いと思ったから。


 私の復讐は、こうして終わりを告げた──





※ ※ ※





「お帰り」

「ただいま」


 それだけ。

 それ以上の言葉が出なくて、私はソファに座ったままボーッとする。


 動く気力が起こらない。


 そうしてどれだけボウッとしてたのだろう。

 不意に、目の前に湯気の立つカップが差し出された。


「?」

「ランディ特製の紅茶だよ。召し上がれ」

「……ありがとう」


 食欲は無かったけれど、喉はかなり乾いていたようだ。


 一口飲んで、その味が、温かみが体にしみこむのが分かった。


「美味しい……」

「それは良かった」


 本来公爵家令息のランディがお茶なんて淹れられるはずがないのだけれど。


 よく入りびたる私に提供してくれようと、いつの間にか上手くなったのだ。


 その気持ちがとても嬉しくて。

 とても温かくて。


「……フィリア、ほら」


 差し出されるハンカチ。

 それを見て、私は初めて涙を流してる事に気付いた。


 嬉しいのか。

 悲しいのか。


 なぜ涙が流れるのかも分からず、私はただ涙を流して。


 カップをテーブルに置き、ハンカチを受け取って。


 顔を上げればニッコリと微笑むランディの顔。


 私はそのまま、ランディの胸に顔を埋めるのだった──。



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