なぜ血を浴びるのか


 その夜は僕の10歳の誕生パーティーが開かれていた。

 裕福な家に生まれた僕は、毎年沢山の大人達に成長を祝われた。けれど、それはその日の夜までだった。


 屋敷に雷が落ち停電した。暗闇の中、あちらこちらから呻き声が聞こえた。時々、何かが倒れたような鈍い音や食器が割れる音も聞こえた。

 そして、稲光が屋敷を照らす一瞬に、僕の誕生パーティーが凄惨な殺戮現場へと化していたことを知った。

 この時生き残ったのは僕1人だった。僕の両親も、兄さんも、姉さんも、みんな殺された。殺しの手口から、昨今世間を騒がせている殺人鬼の仕業だろうとされた。

 その通りだ。僕は見たんだ。満月を背負い飛び去った美しい殺人鬼を。

 立ち去る前に、僕に近づいてきた彼女は長い指を唇に当て、優しい声でこう言った。「Why done it?」

 月明かりが逆光となり、はっきりと顔を見ることはできなかった。それだけが心残りだった。



 あの事件から6年後、16歳になった僕は仕事を始めた。とにかく早く家を出たかった。親戚に引き取られた僕は、あまり良い扱いを受けなかったから。

 1人生き残った僕を、世間は奇跡だとかラッキーボーイだとか持て囃したが、親族からは不幸を呼ぶと疎まれていた。家族で、僕の瞳の色だけが違うことも、気味悪がられる要因だった。

 見知った顔の大人たちは、僕の無事を誰一人喜んではくれなかった。みんな父さんの金が好きだっただけだからだろう。そんな中でたった1人だけ、僕に優しくしてくれたお姉さんがいた。


 職場で時々見かけるイザベラは僕より8歳年上で、この世のすべてを知り尽くしているかのような博識な人だった。

 初めは本当の姉のように慕っていたが、いつからか僕はイザベラに惹かれた。彼女は、あの時の彼女にとてもよく似ていたからだ。あの、去り際の月明かりに照らされた横顔。ぼんやりと見えた口元は、確かに笑みを浮かべていた。イザベラの微笑んだ口元も、耳にまとわりついて離れない声も瓜二つなのだ。

 知れば知るほど、イザベラを彼女と重ねてしまう。僕の家族を惨殺した忌むべき相手なのに、僕の人生を狂わせた張本人なのに、僕はあの殺人鬼を想い焦がれていた。


 イザベラに来客があった。普段は積極的に人と関わらない彼女に、男の客だ。僕は胸騒ぎがして、2人の会話を盗み聞きした。

 そこで判明したのは、イザベラが彼女だという事。男は、イザベラに想いを告げにやってきた事。まだ人数が足りないと断られた事。訳が分からなくなり、その場から離れようとした時だった。扉が開き、イザベラが僕を見て微笑んだ。


「ようやく、あなたにもチャンスを与える時が来たようね。あの男はね、たった80人ですって。あなたは越えられるかしら?」


 僕の中で何かが駆け巡った。そして、何かに駆り立てられるように自室に戻った。彼女の高らかな笑い声を背に。そそくさと深く被ったローブにナイフを隠し、夜の街へ身を潜めた。

 ここから僕の殺人劇が始まる。数年間、ひたすら命を狩る生活だった。狂っていたんだ。彼女に狂わされたんだ。彼女が求めているものが何かなんて知らないけれど、僕がしなければいけない事はわかったんだ。

 あの日もきっとそうだったんだ。彼女は何かを求めていたんだ。そして、僕に出会った。そうか、彼女が求めているのはこの僕なんだ。でもまだ足りないんだ。僕には欠けているものがある。きっとそれが、これなんだ。

 僕の手は奇麗過ぎたんだ。



 僕は彼女に会うために、彼女に見合った男になるために、数えきれないほどの命を奪ってきた。世紀の大悪党と呼ばれ快楽殺人鬼と罵られながらも、僕の気に留めるところではなかった。ただ、彼女に会いたい一心だった。殺した相手の顔も名前も年齢も、素性も何も知らない。彼女に近づくためだけに、着々とこの手を血で染めていった。

 そして、ついに彼女が僕のもとへ来た。彼女は血まみれの僕の頬をそっと包み込み、頭を抱えるように抱きしめた。そのまま僕は眠りについた。永い永い眠りに。



「あなたの赤く染った美しい瞳、とっても綺麗よ。」




 僕が生きた国には伝説があった。数多の血を浴びた緋色の瞳は、真紅の宝石になるという。僕は気づけなかった。彼女が本当に欲したのは、僕のこの瞳だったんだ。

 漸く会えた彼女は、僕の瞳を後生大事に愛してくれた。


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