贋作

「俺は贋作がんさくだ」

 若い男女が写る古い写真を見て、継ぎ接ぎだらけの男が呟いた。



 遡ること30年前。検死台とアンティーク調の戸棚があるだけの部屋。戸棚には鍵がかかっている。剥き出しの無機質なコンクリートが不気味さを際立たせる。

 血の匂いが鼻をつき、隠しきれない死臭が漂う部屋。それもそのはず。部屋のあちらこちらにある死体の所為だ。ビニールで密封されていても臭うらしい。ガスでビニールがパンパンのものが多い。

 ここに転がる死体は全てどこかが欠けている。死体から剥ぎ取られた物がホルマリン漬けにされ、戸棚は厳重に施錠されている。それらを寄せ集めてできるのが俺。

 俺は彼女の大切な人に限りなく近い姿になるはず。悪辣だ。悪趣味すぎる。



 彼女は30年かけて俺を造った。今は脳だけが動いている。ホルマリン液の中、幾つもの線が繋がっていて彼女は毎日俺に話しかける。脳は俺自身なんだ。何を言っているのかわからないだろうが、とりあえずお付き合い願いたい。


 俺は本城ほんじょう 秀和ひでかず、享年21歳。バイク事故で死んでしまった。

 当時俺には結婚を前提に付き合っている女性が居た。名前は川端かわはし 美和みわ。同じ大学の研究室で人体の構造について研究していた。具体的には公表できるようなものではなかった。とにかく、この研究の成果が俺なのだ。

 事故は凄惨なものだった。ガソリンに引火し爆発したのだ。俺の体で唯一無事だったのが脳だった。で、その脳を摘出した美和は再び俺を生かす為に研究を続けながら、俺になり得る素材を収集した。そして、30年かけてようやく素材が集まったのだ。


 美和は丁寧に慎重に繋ぎ合わせ、ついに俺が完成してしまった。

 鏡を見て驚いた。30年前に死んだ俺そのものだ。本当に俺は死んだのかと思ってしまうほど俺だった。人より少し長い小指や、耳たぶの裏にあったホクロも、腹を下しやすいところも、肺活量が乏しいところまで。クローンかと思うくらいに完璧な俺だった。

 だが、これはクローンなどではない。いっそクローンの方が幾分かマシだったのではないかと思う。一体何人で俺1人分になったのか。······考えるのはやめよう。人智を超えたものを成すためには犠牲は付き物なのだから。






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