第108話 分身3

 天を突いていた銃口をゆっくりと下ろし、地面と平行にして疋嶋に向けた。眉一つ動かさず、実につまらなそうな表情でそのトリガー握りこむと、閑散としていた交差点に銃声が響き渡った。

 撃たれた疋嶋は咄嗟に右胸を抑えた。しかし痛みは感じない。ヒキシマが放った銃弾は確かに胸のあたりを貫いた。それなのに手には血の一滴もついてはいなかった。

 しかしそれと同時に、脳内に野島の悲鳴が鳴り響いた。

 タカマガハラの内部では無傷だった疋嶋だが、その負傷は確かにあった。第一管理室のリクライニングチェアで横たわっている疋嶋の生身から血が噴き出したのだ。

 胸の下のあたりに百円玉サイズの弾痕が開き、そこからは栓を抜いたように血が溢れ出ている。

 それを見た小泊は状況の把握が追いつかないながらも早口で指示を出した。


「すぐに包帯とガーゼを持ってくるんだ! 急いで!」


「何が起こっているの? 小泊さん、なぜ陽介の体にこんな傷が……」


 野島は引きつった顔で問いかけた。


「普段では決してあり得ないことだが、タカマガハラ内部で起こったことが現実に反映しているのかもしれない……だが仮にそうだとすれば、幸いなことに弾丸は無いはず……応急処置をすれば助かる」


「じゃあこの傷は脳が勝手に作り出した虚像だと言うの……」


「例えば、アイロンを見せた後に目隠しをした人間はその後、熱くなっていないアイロンを肌に当てられただけで脳が勘違いし、やけどを負ってしまう。それと同じ現状だと仮定すればこの傷も説明が付く」


「でもモニターに映る陽介は痛がるそぶりすら見せていないわ……あの中で何が起こっているのかしら……」


 マイクロフォンから聞こえてくる野島たちの焦燥を聞いた疋嶋は、真っすぐと正面を向いた。


「どうやら肉体との結びつきが強いのはあんたのほうだったみたいだな」


 疋嶋はそう言って、手のひらから視線をヒキシマに戻した。

 すると、ヒキシマの手から拳銃が零れ落ちる。落下した拳銃はその衝撃と共に花弁に戻り、塵のように消え去った。


「血……?」


 鈍い声で呟きながら真っ赤に染まった手のひらを眺めた。拳銃を撃ったはずのヒキシマが胸の下から血を流している。胸のあたりを手で抑えながら、立っていることすらも困難となり、その場に膝をついた。咳をしながら血反吐を吐き、顎を血で汚しながら睨みつける。


「なぜだ……」


「我慢比べでもするか。小泊さんたちに応急処置を受ける俺の肉体と、誰からも助けられないあんたの精神。どちらが最後まで生を保っていられるか」


「図に乗るな……僕はもう肉体に戻ることなど考えてはいない。いくらこの精神が痛みで傷つこうが、結局はこうやって立ち上がることができる。生物のように痛み以外の感覚で倒れることは決してないのだ」


 ヒキシマはそう言いながら、膝に手を突き、胸を抑えながら震える膝で立ち上がった。言った通りヒキシマには流れ出た血液による貧血のような症状はなく、ただその痛みに耐えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る