第107話 分身2
「からくりは楽しんでもらえたかな……」
肉体をこの世からは事実上、消え去ったヒキシマがそう言った。
「人の命をもてあそぶことがあんたにとっては楽しいことなのか」
「七十五億……七十五億だ。人はこの地球上であまりに余っている。はっきり言って、これ以上増えれば地球は時期に崩壊する。人は生きているだけで地球に害を為す生き物だ。長い歴史で見れば人のように食物連鎖の頂点に立ち、絶対的な地位を得てきた生物は多々存在する。アノマロカリスやティラノサウルス……こういった生物は必ずしも滅んでいるのだ。その滅びゆく生物の一端である一人や二人の命など、些事な事……君は夜空に浮かぶ無数の星の一つが消え去ったところでそれに気が付かずに生活を続けるだろう」
「染白を利用し、そしてそのダミーまで……やっていることが惨すぎる」
「あのダミーは精巧に作られていただろう。人など背丈さえ似ていれば後はどうとでもなる。だが泣きぼくろを付け忘れたのは君たちへのヒントだったのだよ。まぁそれに気が付いたのも士錠教授ただ一人だったがな」
「そんなことが許されると思っているのか……人には他者では考えられないほどの壮大な人生がある。それを踏みにじって、雑多のように扱い、終いには芥のように捨て去る……あんたに倫理というものは無いのか」
「倫理? また酷く蒙昧な事を言い出す。なぜ〝一〟生物である人間が生物の理ではなく、人の理に固執するのか……根底に刻み込まれた選民思想がこの世界を永遠に蝕み続けている。なぜこの四十六億年も続いてきた地球における歴史の一片に過ぎない生物が地球の理を超然するような権利を与えなくてはならないのだね。傲慢にもほどがあるだろう」
「あんたはそうやって、一歩引いたところから見ているふりをしているが、あんただってたかが人間だ。神にでもなったつもりか」
「神ね……その信仰の文化こそが人をさらに傲慢にさせている。だから僕の作る新世界には宗教も政治も存在しない。全てがシステムで管理され、皆は自由に生きることが出来る。地球に迷惑をかけることなく、滅びることもなく、この地は地上の天界……つまり本当のタカマガハラとなるのだ」
ヒキシマは両手を広げながら言った。目を大きく見開き、狂気的なまでに口角をずり上げた笑みを浮かべていた。
「人類史を全て否定して、新しい世界を創るか……じゃあその世界であんたの立ち位置は何になる? まさか共産主義者のように平等と言う謳い文句で皆を頭ごなしにして、その上に一人で立つわけじゃないだろうな」
「人類の移行がすべて完了し、この世界が完成した時、僕は現世に生きた全ての情報を破棄し、システムと一体化する。この世界の統括はシステムが行う。そこには人が待つ情愛や憎悪と言った余計な感情が無いため、公正に行われる。僕はその夢の世界で観測者となり、新世界の発展と旧世界の行く末を眺めているよ」
するとヒキシマは右手を天につき上げた。手を大きく開き、視線だけを疋嶋に向けた。
「だからね、君と言う存在は僕にとっては最も邪魔なのだよ」
ヒキシマの右手にはホログラムで作られた花弁のようなものが集まり出す。花弁は手の周りを旋回すると収束し、弾け飛んだ。
ホログラムの欠片も消え去り、その右手が露になると実態を為した拳銃が突如として現れた。
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