第105話 哀怨5
チップをコンピュータに差し込み、解析を進めた小泊はこの事件の全貌を知ることとなる。
そこに記されていた内容はマイヤーの読み通り、疋嶋が染白に残した使命だった。自室の机に残されたマグカップが示したパスコードによって解き明かされたファイル。これこそが染白に提示したタカマガハラの新世界構想であり、今後の動きと行動マップそのものだった。
そこにももちろん、ハコニワに外部からでは解除不可能の防壁を築くプログラミングも記されていた。プログラミングの内情が分かれば、そこからそれを打破することは容易である。
数秒単位で移り分かっていく暗号を停止させるためのプログラミングを組み、ハコニワの難攻不落の防壁を一時停止させた。
「疋嶋さん、準備は整いました」
小泊がそう言って、椅子ごと振り返る。神妙な面持ちで待っていた疋嶋はその言葉に頷いた。
「では俺が中に入ります。バベルタワーに到着したら、指示をお願いします」
「ええ、こちらの電極パッドを付けていただければ、こちらとも通信をすることが可能ですから」
それは真田の診療所で見たものと同じだった。これで疋嶋にとっては人生で二回目のダイブとなる。息を小さく吸い、深く吐いた。
小泊の待つ、場所へと足を踏み出すと、野島が引き止めるように右手を握り締めた。
「本当に行くのね」
「ああ、俺はそのためにここに来たんだ」
「なら約束して、絶対帰って来るって」
「縁起でも無いことを言うなよ、ノンコ。〝帰ってきて〟なんてまるで帰ることが出来ないのが前提みたいじゃないか。俺にはまだやることが沢山ある。ノンコが出演したドラマもまだ見てないんだぜ。タカマガハラはいいところだけど、レンタルビデオが無いところが玉にきずだな」
「じゃあこういう時って、なんて言えばいいのかしら?」
野島がそう言って首をかしげると、疋嶋は顎に手を置き、少し考えてから言った。
「『行ってらっしゃい』でいいんだよ」
「そうね、じゃあ行ってらっしゃい……」
野島は疋嶋の右手から手を離すと同時に反対の拳を握り締めた。自分では最大限の笑顔で送り出したしたつもりだが、目の部分が痙攣し、すこしぎこちない笑顔になってしまった。
小泊から電極パッドを渡された疋嶋は二回目と言うこともあり、慣れた手つきで頭に装着し、小泊が用意したリクライニングチェアに横たわった。
体から力を抜き、小泊の顔を見る。
「では行きますよ。幸運を祈ります」
「バベルタワーまで行ったら、一発あの野郎を殴ってきますよ」
「皆、疋嶋さんを信じていますから」
その言葉に深く頷き、息を吐くと、目を瞑った。
タカマガハラへのダイブが開始し、体は軽くなった。ふわふわと無重力の空間で浮遊している感覚に陥り、真っ暗なトンネルの先に一筋の光が見える。
その光の点が次第に大きくなり、辺りが真っ白い光で覆われ、その眩しさで目を瞑ってしまう。視界が奪われ、所在が分からなくなった瞬間、体に重力が戻った。
足が地面につき、目を開けると、そこは以前、スポーンした場所と全く同じ交差点の真ん中だった。
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