第88話 刺客4
東洋脳科学研究所が疋嶋の計画に対抗するために行った策はタカマガハラに対して、外部からユーザーを減少させる方法だった。
まずは、現在タカマガハラを利用しているユーザー全体に運営から緊急メールを送り、退出するように呼び掛けた。しかし、それでは圧倒的に時間が足りず、このままではタイムリミットまでに全てのユーザーが避難できるとは限らない。
そのため、東洋脳科学研究所で管理しているユーザーのIPアドレスからマイクロチップにアクセスし、アプリに対するブロックを試みた。
タカマガハラの管理はバベルタワーに一任されているが、マイクロチップの運営はソフトアップ社が行っている。そこのコンピュータを介して、タカマガハラのみを狙い撃ちしたのである。
もちろん、ソフトアップ社に協力を仰ぐことは出来ない。このブロック作業は紛れもなく東洋脳科学研究所による回線のクラッキングだった。つまり士錠はソフトアップ社の私兵であるグラッチ・マイヤーの目の前で、臆することなくその命令を出したのである。
その貫徹した度胸にマイヤーも舌を巻いた。この男の覚悟はそこらの科学者とはひとしおだとマイヤーは腕組をしたまま、笑うのだった。
そのブロックとユーザーの自主退出は着々と進み、ユーザーの利用率は半分を下回った。
しかし、いまだにタカマガハラのナンバーズエリアは全体の二割ほどしか消失していない。その夢想空間を生み出した本人の観測が行き届かなくなるまで時間がかかるのだ。
そのため、ここからは根気との戦いになる。焦りを感じながらも、ナンバーズエリアに第三者の介入は出来ない。ただただユーザーを減少させ、各エリアを観測の対象から外すことだけが今できる最大の措置であった。
「クソ、まだなのか」
疋嶋はそう言って、地団駄を踏んだ。もう時計を見れば、五時を回っていた。このままのペースだと、本丸であるハコニワの攻略がいつになるか分からない。デジタル時計の残り時間を見ると、もうすでに四時間を切っていた。
焦り始めた周りに対し、それでも士錠は眉一つ動かすことなく、威風堂々とした立ち姿で腕を組んでいた。
黙り込み、息を荒げることもなく、必死にブロックコードを打ち込む研究員たちを見つめていた。
「社長このままでは……時間が」
しびれを切らした上道が横から声をかける。すると士錠は腕を組み直してから言った。
「僕はここの研究員並びにこの危機に直面した人類を信じるよ。千年帝国などなくていい、ノアの箱舟などなくていい、我々が、人類が築き上げてきた歴史こそがそれを勝るほどの尊大な夢物語だ。だから僕は信じ抜くよ。今回も災厄を乗り越えることの出来るはずの人類をね」
士錠がそう言った瞬間、研究員の一人が声を上げた。
「所長、全ナンバーズエリアの消失が確認されました」
その声と同時に管理室内は歓喜に包まれた。
この時すでに残された時間は三時間もなかった。ここまでにかなりの時間を要してしまった。これでタカマガハラの付属フィールドとなるナンバーズエリアの消失により、疋嶋の逃げ道は消え去った。後はこの事件の中枢であるハコニワに対してどのように攻撃を開始するかである。
ナンバーズエリアと違いハコニワは完全に一から作られた電脳空間だ。そのため、例えユーザー数がゼロになったとしても稼働し続ける。
言わば、今までは疋嶋の逃げ道を途絶するための戦い。しかしここからは疋嶋自身を追い詰めるための戦いとなるのだ。
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