第57話 対峙3
士錠が飛び出したその瞬間、幡中には一瞬の隙が生まれた。上道は士錠の足が正常であることも、常人よりも遥か優れた身体能力を持っていることも把握していたのだ。しかし対峙する幡中からすれば、それは予想だにしない出来事だった。争っている最中でも、傍らで起きた亀毛兔角に唖然とせずにはいられなかった。
その隙を利用し、幡中の袖を掴み上げ、腰を入れると同時に一気に投げた。バランスを崩した幡中は体を回転させながら地面に叩きつけられ、我に戻る。
「不覚でしたね」
上から見下ろす上道がそう言った。すると幡中は笑みを浮かべる。
「どうやら、お前はそこそこの腕が立つみたいだな。本当にただのマネージャーだとは思えない」
「マネージャーですよ。シジョウプロダクションの」
上道はそう言いながら拳を振り下ろした。背を床に付けていた幡中が足を大きく広げ、その拳を腕ごと包み込む。
拳を捕まえると、そのまま体を後転させ、ねじりあげなら上道の体を背後に飛ばす。形成が逆転し、上道はクローゼットに激突した。
しかし瞬時に態勢を整え、隙を与えない。幡中が拳銃を撃つも、広背筋を使って跳躍し、両足でみぞおちを蹴り飛ばした。
「こいつは野暮のようだな」
後ろに下がった幡中が拳銃をホルスターに戻し、拳を構える。
「本当にいいのですか。あなたは元科捜研でしょ。事務仕事が得意な非力な警察官には私との勝負は骨が折れますよ」
「芸能プロダクションのマネージャーには言われたくないね」
二人は所長室の真ん中で、殴り合った。
互いに一歩も譲らす、拳はどちらの急所にも届かない。このままではらちが明かないため、互いに均衡を破る一手を探っていた。
そしてそれを先に仕掛けたのは上道だった。幡中の拳を避けると同時に体をかがめ、すねの側部を強く蹴り飛ばした。
その一撃で幡中の顔が歪み、怯んだ。ガードが下がり、やや斜め下からずっと辿り着くことができなかった人間の急所の一つである顎が見えた。
一直線になるように拳を突きあげ、アッパーカットを試みる。しかしその瞬間、幡中の歪んでいた顔が元に戻り、嘲笑うのだった。
拳が顎にたどり着く寸前で、手のひらを出し、拳を掴み上げた。そのまま、突き上げた腕を逆間接に折り曲げ、膝で顔面を蹴り上げられた。
その膝に伝わった骨の折れる感触と同時に上道の鼻からは血が滝のようにあふれ出た。
上道の動きが止まる。朦朧とした意識の中で、平衡感覚を失い、ふらふらと尻餅をついた。
勝利を確信した幡中はようやくホルスターから拳銃を抜いた。倒れる上道の襟を掴み上げ、膝を首に押し当てると、上から銃口を額に押し付ける。
「お前を逮捕する」
「罪状は何ですか」
幡中は切れた唇を拭き、血の付いた指を見つめながら言った。
「取り敢えず、公務執行妨害だ」
上道はそれを聞いて引きつった笑みを浮かべるのだった。
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