第56話 対峙2

 その瞬間、上道の背後の扉が開いた。その先には銃口を向けた蛭橋と幡中が立っている。士錠は上道の肩越しにそれを見て、にやりと笑った。


「上道、客人に背を向けては失礼だ」


 その言葉に上道は総毛立った。すぐに振り返り、銃口を見つめた。

 全く足音が聞こえなかった。気配がなかった。簡単に死角に入られ、銃口を向けられていることにすら気づかなかった。もし蛭橋がトリガーを引いていれば、上道は自分が死んだことにすら気が付かなかっただろう。

 この静寂の中で漂う冷たい緊張感に息を飲んだ。


「社長……この方たちが新しく拾ったタレントですか」


 上道は苦笑いをしながら言った。


「この状況で冗談が言えるとは大したものだよ、君も肝が据わり始めたね」


 士錠はウインクのように目をぱちぱちとさせながら言った。


「手を挙げろ……と言っても無傷じゃ出れねぇがな」


 蛭橋がどすの効いた声でそう言った。その背後から猫の目ように鋭い眼光で幡中が睨みつけている。


「まずおめでとう。僕の問題を解けたことを祝福するよ。そしてようこそ、君たちはまた一歩、ミーミルの泉に足を踏み入れることになる」


「幡中!」


 蛭橋の背後から幡中が飛び出した。


「上道、そっちは任せたよ」


 上道は襲い掛かる幡中の前に飛び出すと、体勢を低くしながら、懐に入った。上道は拳銃の射角を避け、体術に持ち込んだのだ。

 それと同時に士錠はステッキを持ち上げる。両手で掴み、捻ると、カチっという鈍い音が聞こえた。

 すると、ステッキの持ち手の部分から先にかけて、何かがキラリと光った。士錠はそれを一気に引き抜くと同時に飛び上がったのだ。

 相対する蛭橋はその姿をじっと眺めながら、呟いた。


「そういうことか……つまらねぇ、トリックだったな」


 士錠の愛用していたステッキはただのステッキではなかった。それは精巧に作られた仕込み刀だったのだ。

 もちろん足も悪くない。義足というのも全くの嘘だった。

 月を背にして、ステッキの柄を両手で握り、振り上げながら高く跳躍する。山猿のように身軽なその姿は先ほどとは別人に思えた。

 蛭橋は一歩後ろに下がり、拳銃を撃つ。しかしそれも読まれていたかのように着地と同時に華麗に躱され、さらに距離を詰められる。拳銃という道具は中距離ならではの武器だ。しかし、これほどまでに距離を詰められては日本刀に勝る武器はない。

 蛭橋は廊下に飛び出し、距離を保とうとした。しかしそれが士錠の罠であることにすぐに気が付く。

 士錠はすぐに所長室の扉を閉めた。すると廊下には頼りとなる光が消え失せる。つまりこの場所で長年、働いていた士錠のほうが優位になるのだ。暗闇を飛び回る士錠の日本刀に蛭橋の拳銃では歯が立たない。

 壁を触り、空間を把握する。今、目の前で刀を振り上げる士錠がいてもおかしくはない。しかし迂闊に撃って、その銃声とマズルフラッシュで正確な居場所が割れることは避けたかった。

 精神を集中させ、部屋の隙間から漏れ出る微かに光を頼りに目を慣らせるほかない。互いに音を立てずに行動している。耳と勘だけが頼りだった。

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