第51話 接近6
「泣くなよ」
疋嶋は野島を慰めると、落ちていた拳銃を拾い上げる。
それは自分が野島に銃口を向けてしまった拳銃だ。トリガーに指を掛けた時の恐怖と重厚感は今でも手のひらに強く残っている。
「こんなもの……」
拳銃のバレルを掴み上げ、振りかぶった。二度と使わないという意思を込めて、窓の外に投げ込もうとした瞬間、研究所のステンレス製の扉が開く音が聞こえた。
二人は顔を見合わせ、拳銃を再び握り締めるのだった。
この研究所の出入り口は一つしかない。そしてこの部屋から玄関を確認するのは不可能だ。
野島は涙を拭き、目配せをした。
「誰か来たわ」
「士錠か」
「わからないわ。でもこの研究所の関係者だと思う。あたしたちが侵入していることが知られたら厄介かも」
「どこから逃げればいいんだ」
疋嶋はそう言って、窓の外を見下ろした。だが、その先は崖になっていて、飛び降りることはできそうにない。
「この部屋を出て逃げるにしても、どこかで鉢合わせになるわ。その時は……」
「こいつの本当の出番っていうわけか」
拳銃を持ち上げてそう言った。二人とも拳銃などは使ったことがない。しかし相手はどうだろうか。この事件を巻き起こした主犯がこの研究所に訪れたとするなら、最低限の護身術を身に着けていてもおかしくはない。その上、この研究所の元職員なら、内装も把握しているため、地の利の軍配は向こうに上がる。
正々堂々と正面から戦闘になれば、勝ち目はない。
「でも士錠兼助の可能性も高いわよね。わざわざあたしたちをここに呼び寄せたのだから」
「でも士錠が俺たちを歓待するとも限らない」
研究所の中央にある螺旋階段を上る足音が聞こえてきた。確実にこちらに近づいている。このまま、ここで相談をしてはいずれ、踏み込まれるのも時間の問題だ。
どこか隠れられる場所がないが、疋嶋は部屋を見渡した。すると、扉付近に人一人は入れるほどのクローゼットがあった。
「ノンコはあそこに隠れて」
「陽介はどうするの?」
「俺は……」
そう言いながら辺りを再度確認すると、机が目に入った。あの下なら、隠れられるかもしれない。それに疋嶋は拳銃を持っている。仮に訪問者が机に近づいてきたとしても銃口を向け、勢いよく飛び出したら、相手とて怯むはずだ。
「あそこに隠れる。もしも、俺が飛び出したときはノンコも後ろから相手を拘束してれ」
「分かったわ」
もうすぐそこまで迫っているため、お互い口を閉じ、所定の位置についた。
螺旋階段を登り切り、廊下を歩く。五本ある廊下のうち訪問者が向かっているのは確実に二人が潜む所長室だった。
疋嶋たちと同じようにこの場所に侵入した人間ではない。足音は堂々としていて、迷うことなく真っすぐとこちらに向かってくる。
所長室の扉が開き、中に入ると、そのままの足取りで机に接近するのだった。
訪問者が机の上に手をつき、反対側から引き出しを開けようとしたその瞬間、疋嶋は意を決して飛び出した。
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