第48話 接近4

 手記を開いた瞬間、ページに挟まれていた一枚の写真が裏面を上にして足元に着地した。かなり、古い写真のようで端は劣化で黄ばんでいる。

 疋嶋はその場にしゃがみ込み、その写真を手に取ると、じっくりと眺めた。それはこの研究所の入り口の前で撮影された集合写真だった。

 人数は約二十名、そしてその中心に堂々と立っているのが、士錠兼助である。


「この男……確かノンコの事務所の……」


 疋嶋が今朝、真田のパソコンで早くから調べていた内容は、東京医科大の教授の情報ではない。野島の情報だった。疋嶋はこの八年間に起こった情報の一切を知らない。それはもちろん、野島のことも同じである。

 あの夜、寝付けなかった布団の上で疋嶋はいままで起こった事柄を洗いざらい、思い出した。病院から出て、実家に向かい、見知らぬ男に声を掛けられる。

 そして突然、現れた野島との再会。ではなぜ野島はあの場所にいたのだろうか。大学時代の親友だった真田ですら疋嶋が生きていることを知らなかった。

 それなのにもう疎遠になってからかなりの月日が経っている野島がなぜ、死んでいないことを知っているのだろうか。

 考えれば、考えるほど疑問が矢継ぎ早に出てくる。一時は実はこの八年間の間、交際していたのではないかとも考えた。ところが、あの週刊誌の記事を読む限り、野島の不倫相手は既婚者の俳優であり、一般男性ではない。二股をかけていたことも考えられなくもないが、それならなぜ八年間の疋嶋の姿を総じて語らず、しらを切るのか。どちらにせよ、交際していたなら野島が事件の真相に迫る何かを隠していることは明らかだった。

 さらに、なぜ脳内マイクロチップを埋め込んでいない野島があれほどまでにタカマガハラについて詳しかったのか。真田は専門的な文献を読み漁り、徹底的に調べ上げたが野島はそうではない。彼女の知識は一見、深そうに見えて、浅いのだ。タカマガハラの概要を噛み砕いて解説したのに近い。まるで一朝一夕で詰め込んだかのように。

 ある一つの疑問は夜通し膨らみ続け、疋嶋は耐えかねずに早起きをして、野島のこれまでの経歴を調べ上げてしまった。

 すると、おのずと在籍していた事務所も割れる。そして、その事務所の社長が士錠兼助であることも分かった。

 この手記から落ちたこの写真の中心に映る人物と、シジョウプロダクションの宣材写真として写っている社長が同一人物に思えた。

 疋嶋は写真を置き、手記を読み始める。

 ――疋嶋陽介の観察記録……

 ――夢想現実の生成について……

 ――タカマガハラ最終案……

 真田から聞いたタカマガハラ完成に至る歴史を主観的にこの手記には記されている。真田の情報は外部から必死に調べ上げたものであるのに対し、この手記に記載されている情報はまさしく開発段階の内部情報そのものだった。


「やはり、士錠が俺を……じゃあノンコはどうなるんだ」


 疋嶋は頭を抑えながら、思考を巡らせた。混乱する脳内に響き渡る野島の声。そして士錠の写真と手記の内容。精神が破壊され、疑心暗鬼になりそうだった。

 手記は最後のページまで見ることなく、その場に置き、息を荒げた。


「畜生!!」


 疋嶋は叫びながら机を強く叩いた。その怒号は研究所内に響き渡り、一階で散策を続ける野島の耳にも届いた。

 野島はすぐに手を止め、踵を返し、螺旋階段へと走った。二階へ駆けあがり、周りを見渡すと、すぐに疋嶋の居場所が分かる。

 スマホのライト消し、開け放たれた扉から廊下を照らす光を目指して、必死に駆けつけるのだった

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