第47話 接近3
入り口は一つだけで、ステンレス製の扉が半開きの状態になっていた。中は薄暗く、使われている様子は一切ない。
野島はスマホのライトを頼りに、足を進める。その後ろに疋嶋がつき、ポケットから拳銃を取り出した。
まるで病院のような造りで、扉も統一されている。入り口から入ってすぐの廊下を進むと、小さく開けたエントランスがあり、真ん中には螺旋階段あった。そこから五つの幅広い廊下が広がっている。その先には手術室のような大きな扉がいくつもあった。
窓がないため、明かりはほとんどなく、通気口から差し込んだ微かな太陽光だけが唯一の頼りだった。内装も白で統一されて、無駄なものは一つもない、この場所を牢獄だと言っても相違ないほどに閑散としていた。
「やっぱり、もう使われていないみたいだわ」
「そうだな、まるでお化け屋敷だよ」
「でも何かの手がかりがあるかもしれないわよね」
「じゃあ二手に別れるか。そのほうが効率も上がるだろ。多分、人はいないと思うし、自由に動き回っても、問題はないはずだ」
「でも明かりがないでしょ。こんな暗闇で足元が危険だわ」
「十分、目が慣れたよ。俺はそこの階段から二階を見てくる。一階を一通り回ったら、上で合流しよう」
疋嶋の提案に野島は渋々納得した。
螺旋階段を上がると、二階も造りは同じだった。五本の廊下に無数の部屋。三階はなく、この二階が最上階ということになる。
螺旋階段を中心として広がる廊下を順番に目視すると、ある廊下の先に一筋の光が見えた。最も奥の扉の隙間から確かに光が漏れている。
疋嶋は忍び足で、その部屋へ近づいた。拳銃を胸の位置に構え、安全装置の外し、臨戦態勢を整える。人生で一度も使ったことのない拳銃を握る手のひらはかなり汗ばんでいた。
扉の前に立ち、壁に取り付けられたプレートを確認すると、「所長室」と書かれている。
耳を近づけても、物音はしない。人がいる気配も無かった。
疋嶋は扉に手をかけて、少しだけ、開くと片目で中を覗いた。案の定、人はいない。そして光が一面に広がった。
その部屋には大きな窓があったのだ。他の部屋には付いていない窓から差し込む夕日が扉から漏れ出た光の正体だった。
この所長室がある位置は門とは反対方向にあり、外からではこの部屋を確認することは出来ない。そのため窓がある部屋があることに気が付かなかったのだ。
扉を開け、中に入ると、大きな本棚があった。窓の前には椅子と机があり、その上には本とペンが無造作に置かれている。この部屋だけやけに散らかっていて、最近まで使用されていた痕跡があった。
疋嶋は机に近づき、その本を見下ろした。
「これは……」
思わず、声を上げてしまう。それは真田の診療所で見せてもらった『脳による人』という疋嶋が書いた論文だった。
拳銃を机に置き、本を手に取ると、ぺらぺらとページをめくった。
すると、所々に赤線が引いてあり、かなり念入りに読み込まれた跡がある。読んでもそこに書かれている内容は分からないが、この机に座っていた人間が疋嶋を脳科学の道へと引きずり込んだ張本人であることは分かった。この空間にはその人が使っていた全てが詰まっている。つまり謎を解くピースはこの部屋にある。
疋嶋は本を置き、次に机の引き出しを開く。ペンやクリップや書類が煩雑にしまわれている中、一冊の手記を見つけた。
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