第40話 突撃3
ガラスの向こうに影が浮かび上がることを避け、反対側の壁を背にしながら移動する。
ドアに接近すると、二人は両端に分かれた。幡中が丁番側に身を潜め、ドアノブに手を掛ける。蛭橋は戸当たり側から拳銃を構え、ドアを開けると同時に突入できる準備を整えた。
二人はアイコンタクトを取り、阿吽の呼吸で作戦を実行する。幡中がカウントダウン無しでドアを勢いよく開け、銃口を向けた蛭橋が事務所の中へと入った。
「警察だ! 手を……上げろ…………」
事務所の中に突入した瞬間、足を止めた。すぐに後を追うように事務所内に入ってきた幡中も唖然とする。
「人形……」
窓際に立て掛けるように置かれていたのは士錠の容姿に似せて作られたマネキンだった。象徴的ともいえるステッキを持たせ、3Dプリンタで作った士錠そっくりの顔を乗せただけのハリボテだ。
この近さになって全てを悟った。蛭橋は完全に粟を食わされた。
そしてそのマネキンの首をゆっくりとこちらに向く。石膏でできた士錠の目の中には微かな赤い光が見えた。その光が目に映った瞬間、蛭橋は蒼褪める。
「先輩、これ……」
幡中はまるで幽霊でも見たかのように身震いし、蛭橋の顔を覗き込んだ。
「爆弾だ……」
――ピピピピピッ
蛭橋の声と共に静まり返った室内に電子音が流れた。まるで朝のアラームのような陰鬱な響きが耳障りに高鳴る。鼓動は最高潮に激しくなり、息が止まりそうだった。
「ヤバいですよ! 逃げないと、俺たち!!」
幡中は泣き叫びながら、後退りした。しかしもう遅い。この閉鎖されたフロアに逃げ場はない。幡中は突如、目の前に現れた危機に気が動転した。逃げ場のないフロアから逃げ出そうとしても意味がないが、本能が少しでも遠くへと離れようとした。
「そっちへ行くな、伏せろ」
士錠の仕掛けた爆弾が爆発する寸前で蛭橋が幡中の袖を掴み、引っ張り込んだ。マネキンのある事務所にさらにもう一歩、大きく踏み込み、デスクの下に飛び込んだ。幡中もその中に引き込み、爆風から身を護る。
爆音と共に事務所の中に熱風が吹き荒れた。燃えた書類が飛び散り、すりガラスは木っ端みじんとなって、矢のように壁に突き刺さった。
もしも蛭橋の判断が遅れ、爆弾の脅威に臆するままに出口へと逃げていては、今頃ガラス片の餌食になっていた。
蛭橋のコンマ一秒もない突発的な思考力と、卓越した判断力が幡中の命を救ったのだ。
デスクの下で爆風を凌ぎ、一命をとりとめた蛭橋は気を失いかけている幡中の肩を叩く。
「おい、大丈夫か。起きろ」
破裂音を直で聞いたことによる一時的な難聴と耳鳴りがした。咳込みながら、体を捻り、半分が黒く焦げあがったデスクを持ち上げる。
「先輩すみません……取り乱しました」
「いや、お前はよくやったよ。あの状況下で俺の指示に従ってくれた。これはお前を危険にさらした俺のミスだ」
蛭橋は悔しさを噛み締めた。あのビルの外から見た士錠の顔。あの顔に踊らされた。いつも冷静沈着で悠然とした態度を取る蛭橋をあざけるように仕掛けられた罠。手玉に取られたことに対する怒りを必死に抑え、理性を保とうとした。
「でも、これで確定ですね。士錠は黒です」
「ああ、だがこれで簡単にはいかなくなった。少し骨が折れるヤマだぞ」
蛭橋はそう言って、扇子を広げた。煤まみれなった顔を仰ぎ、割れた蛍光灯の下で溜息をつく。
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