第39話 突撃2
都内の一等地に建てられたビジネスビルだ。シジョウプロダクション以外にも数件の会社が入っている。平日である今日はスーツを着たサラリーマンがバッグを片手に仕事場と営業先を行き来していた。
敷地内に入り、怪しまれることのないように堂々と歩いた。あくまで一般人のふりを貫くため、変にこの場で立ち止まるわけにもいかない。
常に自分の視野は限界まで広げ、行き交う人々の顔、仕草、体格を判別し、士錠らしき男を探しつつ、歩行速度を一定に保ち、ビルの入口へと近づいた。
幡中は蛭橋の背後から付いていく。幡中も同じように周囲の警戒を怠らなかったが、それ以上に蛭橋の指示を聞き洩らさぬように気を付けた。幡中も警視庁から引き抜かれ、極秘捜査官に選ばれるほど優秀な人材だが、蛭橋には敵わない。
蛭橋の状況判断力と慧眼さは群を抜いていて、身をゆだねるほどの信用があった。
そんな蛭橋が突然立ち止まる。視線を斜め上に上げ、じっと見つめる。何を見たのか分からない。しかしその表情は鷹のように鋭く、凍てつくような集中力が背後から伝わってきた。
「幡中……走るぞ」
蛭橋はそう呟くと同時に走り出した。
斜め上に向けられた視線が捉えたものは二階からこちらを見つめる士錠の姿だった。まるでこちらの動きを観察しているかのように余裕に満ちていた表情で見下ろしている。
蛭橋たちは先に姿をさらけ出してしまった。その瞬間、体が発火するように熱くなり、咄嗟に走り出していた。
既に警察であることがバレてしまった以上、早急に捕まえるほかない。普段は暑さによる汗しかかかない蛭橋の額には冷や汗が滲んだ。
二人はエントランスに入ると、すぐに二階へと続く移動手段を確認した。受付を突きあたり、左には階段とエレベーターがある。
「お前はエレベーターを使って、二階へ上がれ。俺は階段を使う。くれぐれもすれ違うなよ。もし二階から誰かが降りてくるようだったそこで待ち構えろ」
「はい、先輩もお気をつけて」
二人は幡中の返事と共に別れた。
ベルトに挟み、ポロシャツの裾口で隠していた拳銃を抜き取り、素早く階段を掛け上がる。踊り場まで壁に背を向けながら移動し、切り返しで銃口を上げ、常に牽制を続けた。
確かに士錠の姿を見た。そして移動手段は全て押さえた。士錠は完全に袋のネズミだった。
二階に差し掛かり、体を伏せ、階段の死角を使って、顔を出した。フロアに誰もいないことを確認して、足音を立てずに素早く移動する。
階段から屈折する壁を伝いながら、再び顔の半分だけを死角から逃がし、このフロアの構造を一瞬で把握する。
東堂紬が主演したドラマのポスターが貼ってある長い廊下に面してすりガラスが続いていた。このガラスの向こうがシジョウプロダクションであることはすぐに察しがついた。
すりガラスで室内の様子は見受けられないが、上部には換気用の小窓がある。そこから見えるエアコンは確かに稼働していた。そして長く連なるガラス壁の中間付近にアルミとアクリルでできたドアが一つだけあった。
すると背後からエレベーターが到着する音が聞こえた。すぐに振り返り、確認すると、中から幡中が出てきた。
蛭橋同様、拳銃を構え、安全を確認してから飛び出す。
幡中は目が合うなり、すぐに首を横に振った。蛭橋が二階に到着するまでの時間、エレベーターを利用したものは一人もないという合図だ。
蛭橋は決して喋らず、手信号で背後の付くように指示を行った。身をかがめながら進む蛭橋の後ろにつき、ガラスから離れつつ静かに扉を目指した。
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