第25話 別世界1

 診療所の奥には入院のための病室があった。小さな病室だったがここなら数名が入院することが出来る。簡易的な造りをして、一部屋に四つの病床が置かれていた。

 いまは誰も入院していため、その四つすべてが空いていた。

 三人は病室に入り、疋嶋のタカマガハラへのアクセスを試みる。乗り気な二人に対し、野島は渋い顔をしていた。やはり位置情報が解析できる電子機器を使うことを危惧している。

 しかし、ここでタカマガハラに入ることで事件の真相にまた一歩近づけるかもしれない。野島とて、その考えは否めなかった。


「どうやってログインするんだ?」


 ベッドに腰をかけた疋嶋が言った。


「本来ならマイクロチップと同期しているスマホからアプリを入れ、それを起動することでアクセスできる。そしてそのままの状態でベッドに横になり、目を閉じれば、タカマガハラのダイブが可能だ。だが今回はそのスマホは使わないほうがいい。マイクロチップは保護されても、そのスマホは電源を入れたその時から衛星と繋がってしまう。だから今日は俺のパソコンと繋げてダイブしてもらう」


 真田はキャスターのついた機械から電極パッドを引っ張り出した。


「それはなに? そんなものが必要なの?」


 野島が問いかける。


「これはリアルワールドとミラーワールド、つまりタカマガハラを繋ぎ留めるものだ。この電極パッドを付けた状態でダイブすることによって中と外で通信が出来る。ダイブした後、俺の声が聞こえたら返事をしてくれ」


 最後に疋嶋を一瞥した。


「分かった」


「音声は直接脳内に響く。最初は気持ち悪いと思うけど、そこは我慢な」


「まるでテレパシーだな」


 疋嶋はそう言って、体を倒した。掛け布団を掛けず、マットの上に仰向けになる。手は腿の近くに置き、直立した形を作った。

 真田は疋嶋の前髪を上げ、額に電極パッドを付ける。キャスター付きの装置の上部にあったキーボートを操作し、疋嶋のマイクロチップとの同期を図る。


「よし、マイクロチップとパソコンが繋がったぞ。後はパソコンにインストールされているアプリを起動するだけだ」


「よし、やっくれ」


「覚悟はいいな」


「ああ、まるで生まれる前の胎児の気分だよ」


「それはいい、お前が見るのはこことは別の世界だ。よし、行くぞ」


 疋嶋は目を瞑り、そして真田がパソコンからタカマガハラを起動させる。この一秒の間に起こることは未知である。既に使われているアカウントのため弾かれる可能性のほうが高い。野島と真田はパソコンのディスプレイを見つめながら息を飲んだ。


 ベッドで寝ている疋嶋はまぶたの裏に微かに光を感じた。それはまぶたを通して見える漏れ出た光ではない。確かに目の前にあり、目を開けている時同様、鮮明に映っていた。

 まるで長いトンネルの中を独りで漂っている気分だった。手足の感覚はあるが名も知れぬ浮遊感が全身を包み込んでいた。そしてその先に見える小さな光が次第に大きくなる。

 そして次の瞬間、光は一面に広がり、足は地面を踏んでいた。微かにそよぐ風の感覚もある。

 疋嶋は町中の交差点の真ん中で立ち尽くしていた。アバターはいま確かにここにあり、そしてタカマガハラのダイブは成功した。




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