第6話 街へ行こう


 次の日。

 俺はいつも通りの時間、いつも通り学校へ登校した。

 さすがに昨日、あんな事があったから、先生に呼び出されたり、仲良し三人組の誰かに何かを言われるんだろうな、と身構えていると、昼過ぎに生徒指導室へと呼び出された。

 やっぱりな。と思い、俺はこの学校へ入学して初めて生徒指導室へ入室した。しかしそこにいたのは、先生でも生徒でも、なんならあの三人の親でもなく、ただいかつい顔面のおっさんだった。普段あまりよく見ない、キャメル色よりもすこしダークな色のスーツを身にまとっている。そしておっさんの眉間には、まるで大木の年輪のように、深く刻まれている皺が刻み込まれていて、只者ではない雰囲気を醸し出していた。



「佐竹、翔くん……だね?」



 外見とは裏腹に、優しそうな声が飛んでくる。なんだか少し肩透かしを食らった俺は、すっかり毒気を抜かれそのまま「あんたのほうこそ、誰っすか?」とすこし気取った感じで、右足に体重を乗せながら答えた。



「失敬、いきなりこんなところに呼び出されて不安だったよね。私は大門だいもん 明彦あきひこ。すぐ近くの警察署のほうで働いている刑事だよ」



〝刑事〟という単語に少しおれの鼓動が早くなる。このタイミングで刑事って、十中八九あの事だろう。いつかは来ると思っていたが、そこはさすが国家権力の犬。やることが早い。だが落ち着け、俺。どうせ昨日のことを訊かれるんだ。いきなり超人的な力に目覚めたなんて言わない限り、俺がどうやった・・・・・かまではわかりっこない。冷静に事を運ぶんだ。風はこちらに吹いている。



「……刑事さんが、どうしてこの学校に?」


「さてね」


「……はあ?」


「たまたま近くを通りかかってから、なんとなく懐かしくなってこの学校にお邪魔させてもらった」



 何言ってんだ、このおっさん。

 まるで話が見えない。



「……それで、なんで俺を?」


「いやあ、ここの先生に頼んで、この学校でも特に優秀な生徒にお越しいただいたってわけだよ」


「……俺、べつに優秀でも何でもないっすよ」


「ははは。謙遜することはない。話を聞く限りだと、どうやら君はこの学校でも成績が上位だそうじゃないか」


「成績上位? べつにこの学校は順位付けなんてしなかったと思うんですけど……」


「そうだったかい? ところで、昨日の朝、君は石野くん、中塚くん、柳井くんと何をしていたんだい?」



 ドリフト並みの急な話の方向転換に、脳が追い付かない。

 このおっさん、今なんて言ったんだ? 急になんて話を始めやがるんだ?



「──今、動揺したね、佐竹翔くん」



 急に突き出されたおっさんの人差し指が俺を俺を捉えてくる。



「ど、動揺なんて……」


「いいや、そういう嘘は不必要だよ。仕事柄、相手が嘘をついているかどうかは、相手の目を見ればわかる。君は瞳孔を一瞬カッと見開いて、私から目を逸らした。それは嘘をついていると同時に、何かやましいことを隠しているということだ。違うかい?」


「そ、そんなのは……」


「さて、もっと事件・・の核心に迫っていこうじゃないか。今回の被害者、中塚くんと柳井くんだが、ご存じの通り、柳井くんは指を何かで切断され、中塚くんはありえない力で弾き飛ばされ、肩甲骨を骨折し、頭を強く打って、今も意識不明の重体なんだ」



 じ、重体……?

 たしかに、中塚のやつ、あの時はピクリとも動かなかったっけど、重体? しかも、まだ意識を取り戻していない?



「そ、そう……なんですね……」


「ああ、どれもこれも心当たりはないのかな?」


「俺に……心当たり、ですか?」


「そう。私は君に訊いているんだ。心当たりはないかなって」


「と、特にないですけど……」


「……フム。たしかに、人ひとりの力で、これらの行為に及ぶのは大変難しい。それも君のような少年ならなおさらだ」


「お、俺を、疑っているんですか?」


「さっきからそう言っているつもりだったんだが、案外頭が悪いのかな?」



 ──鎮まれ。

 だめだ。これは挑発だ。この刑事はどうにかして俺から情報を引き出そうとしているだけだ。シラを切り通すんだ。



「たしかに、さっき言った通り、これを人間一人で行うのは難しい。けれど、なにかこう……人智を超越した力を得ていれば、話は別だと思うのだが……」


「刑事さん。漫画や小説の読みすぎですよ」


「事実は小説よりも奇なり。あり得ざる物事を排除していけば、やがて真実にたどり着く。これは刑事の基本だ。まずは常識を疑えってね」


「てことは、刑事さんは、俺がなんらかの力を使って、あの二人に危害を加えたと思っているんですか?」


「ああ、そう思っている。例えば、対象を焼き切る・・・・ほど高熱の力とかね」



 確信した。

 この刑事は何も知らない。俺が行使した能力は、俺でさえ把握していないものだ。それをここまでフワフワとした言葉で、意味深な間で突いてくるということは、ただ単に俺にゆさぶりをかけて情報を引き出そうとしているだけ。このおっさんは、いや、この国は、この力について何も知らない。



「……ククク」


「な、なにを笑っているんだね」


「いえ、とくに何も。それよりもご苦労様です、刑事さん」


「は?」


「長年の勤務により頭をひどくやられて・・・・いるようですね」


「な……!?」


「長い休暇を取られるのがおすすめですよ。どうせ働きづめでたんまりたまっているんでしょう? 有給?」



 俺は挑発するように言うと、そのまま踵を返して部屋を出ていこうとした。



「ど、どこへ行くつもりだ!」


「帰るんですよ、教室に。まだ昼飯も食べていませんし」


「そ、そんなこと、私が許すと思──」


「俺が記憶している限り、不当に拘束して詰問することも、取り調べをすることも、良くないのでは? それに俺、未成年ですし」


「く……っ!」


「それに、俺が怪しいと睨んでいるのなら、せめて証拠をくださいよ。……あー、えっと、なんでしたっけ? 高熱のなんちゃら? そんなのを出す前に、まずは何よりも証拠をお願いしますよ、刑事さん」


 俺はそれだけ言うと、今度こそ生徒指導室を後にした。俺が部屋から出て、扉を閉めると、背後からバァン、と何かを強く叩くような音が聞こえてきた。やれやれ、また勝利してしまったか。

 そして、その日は結局それ以降何事もなく、気が付けば既に下校時間となっていた。俺はいつも通り、一目散に下校すると、その足で駄菓子屋不破へと向かった。



「よく来たね、感心感心」



 この部屋に来るのももう二度目だったか。

 俺は駄菓子屋不破の奥にある、ちゃぶ台が置いてあった四畳半一間の部屋に通されていた。あの時とは違って、もう部屋にちゃぶ台は置いていないが、今日は学校から・・・・拝借してきた、すこしボロいちゃぶ台を持ってきていた。

 あの時はなんとなくノリで、俺の部屋からちゃぶ台を持ってきてやる、とかなんとか言ってみせたが、実際俺の部屋にそんなちゃぶ台みたいな古き良き物がある筈もなく、かといって、勉強机を持ってくるわけにもいかなかったため、こうして、学校の資材置き場で、不用品回収される予定だったちゃぶ台もどきを持ってきていたのだ。



「おお、そいつはもしかして、この前言っていた代わりのちゃぶ台かい?」


「ああ。それっぽいのを新しく買って・・・・・・おいた」


「それはどうも。なんか悪いね。経済力もない、財布事情もしょぼい中学生に気を遣わせちゃって」



 一瞬騙せたと思ったが、これはどうなんだ?

 こいつ、わかってて言っているのか? それとも本当にただ感謝しているだけなのか。

 俺はこれ以上ボロを出すわけにもいかず、とりあえず抱えていたちゃぶ台をまた、部屋の中心へと置いた。その際、すこしちゃぶ台からメキッという音が聞こえたのは……おそらく気のせいだろう。



「うーん、これでまた何もなかった部屋に彩が加わったよ。どうもありがとう」


「ま、まあな」


「ところで、ひとつ気になったんだけど……」


「な、なんだよ」


「やっぱり止めよう」


「……へ?」


「なんというか、私が一から、少年の手取り足取り教えても意味がないと思うんだよね」


「……そういうもんか?」


「そういうもんだ」


「とはいっても、教えてもらわなきゃ、そのうち人を殺しかねないんだけど……」



 実際、今もちょっと微妙な感じだし。



「ううん。まあ待ちたまえ。何も教えないとは言っていない」


「どういう事だよ」


「つまり、教育方針の変更だよ。最初はさっき私が言ったみたいに、手取り足取り、懇切丁寧に一から十まで教えてあげようと思っていたんだけど、それじゃあ外見だけ取り繕えても、少年の地力がつかないと思ってね。だから、少年の……もっとこう、人間力というのかな? そういうところからまず鍛えてあげようかな、と。そう思ったわけさ」


「そんな回りくどい言い方はやめて、もっと直接的に言えないのか、おまえは」


「実地訓練を行う」


「……は?」


「習うより慣れよ。百聞は一見に如かず。つまり、少年にはいまから悪者をひとり退治してもらいます」


「た、退治って……殺すって意味か?」


「違う違う。この国では……というか、この世界では、簡単に人間を殺しちゃダメなんだろ? だから一訓練の為、未来を担う若者の贄として、どこぞの悪人を殺し、実戦経験の役に立てる……という事は憚られるわけだ。なら……ちょっと」


「ちょっと?」


「そう。ちょこっとだけ、懲らしめてやればいいんだよ」


「……いや、まずその力加減を教えてもらわないと。そうじゃないと、本当に人を殺しかねないだろ」


「なに。心配は要らない。なにもキミが授かった能力は、電気だけじゃない」


「腕力を使えって事か?」


「正確に言うと全身を上手く使えって事なんだけど、まずはその……14年式の少年の体を使いこなす事に慣れてもらう」


「14年式って……意味違くないか?」


「まあ、この際、言葉狩りは止めてくれ。ニュアンスが伝わればオールオッケーだ」


「……わかった。じゃあ俺は、具体的に何をすればいいんだ?」


「そうだねえ。……うーん」


「いや、考えてなかったんかい」


「あっはっは! そもそも、三日連続ここに少年が来ること自体、予想外だったからね。ほんとうに放課後、一緒に遊ぶ友達がいないんだなあって、驚き半面悲しんでいるのさ」


「余計なお世話だ! さっさと考えろ。俺は友達との約束を反故にしてまで、おまえに付き合ってやってるんだからな」


「そうかいそうかい。そいつは恐悦至極。なら、せいぜいそんな慈悲深い少年の期待には応えてあげないとね」



 今度はわかる。絶対ワザとだ。ここまで嫌味ったらしい言い方も、そうそう聞かないからな



「──そうだね。じゃあまずは軽犯罪から行こうか」


「軽犯罪って言うと……結構あるな。万引き犯とかか?」


「おいおい何を言っているんだい、少年。逃げる万引き犯を必死になって捕まえて、それの何が面白いんだよ」


「おまえそれ、個人商店やってる人間が言っていいセリフじゃないだろ」


「ともかく、もっともっとスリリングなやつさ。なんなら、ガチの犯罪に片足ツッコんでるのでもいい。たとえばクスリの売人を捕まえるとか」


「いやいや、それはさすがにハードル高すぎるだろうが」


「そうかい? いまのキミなら余裕だと思うんだけどね」


「体の準備は良くても、心の準備はまだなんだよ」


「ははあ。なんだかそれ、変な意味に聞こえるね」


「おまえの心が薄汚れてるからだろ」


「……よし。こういうのはどうだろう」



 そう言って不破は、ポンと手を叩いた。わざとらし過ぎるせいもあって、ものすごく嫌な予感がする。



「最近、ここよりも、もう少し街のほうへ行くと、カツアゲ君が出るらしいんだ」


「……なんで君付け?」


「少年には、そのカツアゲ君にカツアゲされている子を助けてほしいんだ」


「ややこしいな。ちなみに、そのカツアゲ君……とやらには、目星はついてるのか?」


「顔は……よくわからないけど、いくつか特徴は掴んでるよ」


「とりあえず言ってみろよ」


「まずは黒髪」


「……あ、ああ、次は?」


「男」


「……う、うん。歳は?」


「高校生か大学生くらい?」


「……それで?」


「カツアゲしてる」


「……それから?」


「以上」


「何も掴んでねえな! 黒髪で、男で、高校生か大学生で、カツアゲしてて……何も掴んでねえよ! むしろありふれてるわ! 適当にそこら辺のやつ引っ張ってきたらどうすんだ? せめて特徴ぽい特徴を教えてくれよ!」


「そんなにボルテージ上げてツッコまなくても……とにかく、カツアゲしてる人を退治すればいいんだから、それでいいじゃん。カツアゲしてる人なんて、腐るほどいるんでしょ? 冬浜市って」


「さすがにそんな世紀末ぽくはないと思うけど」


「そう? まあ、じゃあ、とりあえず、そんな感じで。それじゃあ行くよ」


「……は? ついて来んの? なんで?」


「そりゃついて行ったほうが色々と教えてあげられるでしょ。さすがに手取り足取りはしないけど、そこまでスパルタで行くつもりもないからさ」


「まあ、そうだな。ついて来てくれるんなら──」


「それに、買いたい物とかもあったしね」


「いや、ついでかい!」

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