十四章

  十四章



 修学旅行はスキー旅行だった。

道中で渋滞が酷かったとはいえ大型バスで片道10時間も掛けてやっとこさ着いたその場所は寒風が吹きすさぶ見渡す限り一面が雪に覆われた絶景が夜目にもはっきりと分かる。バスから降りた一行は意気揚々として宿までの坂道を歩き出した。

宿に着いたら直ぐに晩御飯になった。みんな疲れていたのでその日は取り合えず各々の部屋に入り休む事になる。明日もスキーを楽しみに眠りに就いたのであった。

翌朝食事を済ませた一行は先生とインストラクターに誘われスキー場に向かう、燦然と晴れ渡る太陽に照らされた雪の地面が眩しい。みんなはその景色に改めて感動していた。

あやもスキーは初めてであったが持ち前の運動神経で当たり前のように雪の上を快活に滑る。それを見た誠二は流石だな~とその姿に見惚れている。みんなは大いにスキーを楽しんでいた。

一番乗りで山の頂上から麓まで滑り降りたあやは誠二が来るのを待っていた。そして誠二が降りて来るとゴーグルを外していきなりキスしようとする。スキーが下手な誠二は疲れていたのであやのノリに鈍感だった。その後に奈美が降りて来る。察しの良い奈美は二人のしようとしていた事を見逃さなかったが次々に降りて来る人の手前、何も言わずに無関心な素振りを繕っていた。


スキーが終わり晩御飯を食べ終わって部屋に戻った奈美はこの前観た夢を実行しようと思いつく。奈美はみんなが寝静まった頃合いを見て誠二の部屋に向かった。

奈美が観た夢は怖ろしくも烈しい切ない夢で自分自身もそれを決行する事など絶体に無理だと思っていたのだがしない事には気が収まらない、もはや奈美の心は逡巡を許さなかったのであった。

男子の部屋のドアには鍵は掛けられてなく奈美はそおっと開けて誠二に近づき口を塞いだ。すると誠二は目を覚まし愕いて声を出そうとする。奈美はそんな誠二にいきなり口づけをし、そのまま外連れ出した。

外に出た奈美は誠二に「とにかく私の話を訊いて」とその円らな瞳を見開いて話し出す。「何だよ改まって、一体どうしたんだよ?」

「落ち着いて訊いて欲しいの」

「・・・」

「やっぱりどう考えてもあなたはあやと付き合うべきじゃないのよ」

「またその話かよ、いい加減しつこいよ奈美ちゃん」

「いいから訊いて、実はこの前怖い夢を観たのよ、誠二君が出て来たわ」

「え?」

「でも夢の中でもやっぱり私と誠二君は上手く行ってないのよ、それで私は思いがけぬ行動に打って出るのよ」

「何だよ?」

「聴きたい?」

「気になるじゃんか」

「その前に、どうしてもあやと別れるつもりはないの?」

「ないよ」

「だったら言うわ、こうするのよ!」

と言った奈美は隠し持っていたナイフで誠二を刺そうとした。だが躊躇した奈美は刺す事が出来ずその刃は誠二の頬をかすめる。誠二の頬からは血が滴り堕ちて来る。その血を見た奈美は我に返ったのか「誠二君ごめん! 私ったら何て事を!」

誠二は奈美の手を掴んで「もういいよ、でも俺はあやと別れる気はないから」と優しく言って潤んでいる奈美の目をそっと指先で拭って部屋に戻った。奈美はそんな誠二の気持ちがやり切れなく思えた。

3泊4日の修学旅行を終えた一行は帰途につく。みんなは大いにスキーを楽しんでいたが誠二と奈美には暗い影を落としていた事は言うまでもない。誠二は卒業するまでどうすればいいんだと葛藤していた。


地元に帰り着いたあやは親分に帰宅の報告を済ませ三日振りに二頭の愛犬にハグをする。シェリーもヘルメスもたった三日とはいえあやの身体に飛びつくその姿は実に愛らしいものであった。

その晩親分はまたあやの部屋に来てこの前の話の続きをし始めたのだった。

「ところであやよ、昇司との件考えてくれたか?」

「またその話かよ、私はまだ高校2年生だぜ? 何でそんなに急くんだよ?」

「こういう事はく済ませるに越した事はないんだ」

「で、昇兄ぃはほんとに私の事が好きなのか?」

「それは分からん、だが嫌いな筈もなかろう」

「・・・」

「お前は誠二君の事を考えてるんだろうけど、最近は邪魔に思えて来たな~」

「おい親父! あいつは堅気なんだ! あいつには絶対手出さねえでくれよ! もしそんな事になったら私だって何するか分かんねーぞ!」

「なるほど、お前の気持ちは本物らしいな、勿論何もしないさ、ただあの子にも昇司に引けを取らないぐらいの貫目があったらな~と思ってな」と言って親分は静かに部屋を出て行った。

あやは親分の言った事に複雑な印象を覚える。誠二が昇司に勝てる訳がないし昇司も相手にもしない事は決まり切っている。ムシャクシャしたあやはまたやけ酒を飲みだした。


次の日もいい天気だった。あやはめっぽう酒が強くていくら飲んでも二日酔いした経験など一回もなく、ただこの綺麗な蒼空を眺めて今日もいっちょやるかといった根明な性格だったのである。

授業は相変わらず退屈であやは何時ものようにサイコロを振る。今日はあやの好きな奇数ばかりが出るのだ、気を良くしたあやは今晩誠二の家に行く事にした。


まだまだ冬の厳しい寒さが立ち込める中あやはブランド物の高そうなコートを着て誠二の家に行った。堂々と玄関から入って来たあやに誠二の母も少し愕いてはいたが

「あやちゃん久しぶり、誠二なら部屋にいるわよ」と快く迎えてくれるのであった。

「ありがとう」と言ったあやに母は「あやちゃん晩御飯食べて来たの? 良かったら今からみんなで食べない?」と訊いて来たがあやは「せっかくだから御馳走になるかな」と素直に言って食事をする事になった。

誠二の母は料理が巧くあやは「誠二の母さんがこんなに料理が巧いとは思わなかったぜ」とあやらしい口調で言う。「あやちゃん、スキーも巧いんだってね、流石よね、それに引き換えうちの子ときたら」

「お母さん、それでも誠二はかなり強くなったよ、今では学校で誠二に文付ける奴なんか一人もいねえし」

「そそうね~、確かに以前の誠二とは違うかもね」

みんな和気あいあいと食事をした。


部屋に入ったあやはまたいきなり誠二にキスをする。誠二も厚く唇を重ね合わした。

その後あやは「お前、昇兄ぃに勝てるか?」と単刀直入に訊き出した。

「何言ってんだよ、俺が昇司さんに勝てる訳ないだろ!」

「そうだよな~」

「いきなりどうしたんだ?」

「いや、親父が昨日こんな事を言ってたんだよ、私も愕いたけどな」

「昇司さんに勝てる奴なんかこの世いるのか?」

「それは大袈裟だよ、世の中上には上がいるだろ、流石の昇兄ぃも師範には勝てないだろ」

「確かにそうかもな、でも俺では歯が立たないよ」

「お前は何でそんな弱気なんだよ? 私と一緒になるにはもはやそれしか道はねーかもしんねーんだぞ」

「・・・」

「その覚悟まではないか・・・」

暫く考えた誠二は親分に貰った刀を抜いてあやに見せた。

「これ覚えてるよな」

「ああ、親父に貰ったやつだろ」

「そうだ、俺はあれ以来迷った時や落ち込んだ時は何時もこの刀を見ていたんだ」

「へえ~」

「鞘から抜いてこの刀身を眺めていたら自然と力が沸いて来るんだよ、不思議なものだよな」と言ってあやの前で刀を一閃する。すると誠二はさっきまでとは打って変わって鋭い目つきになり「よし分かった昇司さんと勝負してみるよ!」と言い出したのだ。

「本気か? 勢いだけで言ってるのなら止めた方がいいぞ」

「いや、やるよ、俺だって今では空手二段の実力なんだ、そこまで一方的にやられる事もないだろ」と言う誠二の何時にない気迫に満ちた表情に流石のあやも圧倒されて、この刀には凄い力があるんだなと愕いていた。


その夜二人は誠二の母の存在も顧みず三度目の熱い契りを交わす。

綺麗な半月が輝く夜空だった。








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