十三章

  十三章



 あやと2回目の契りを交わした後窓を開けて空を眺めると見事な満月が出ている事に気付く。満月の夜は不吉だなどという迷信に少しは動じながらも誠二は全てを話すべく改めてあやの顔を真剣に見つめた。

「何だよ改まって」

「さっきは悪かった、未だに夢に出て来るんだよ」

「誰が?」

「奈美さ、恐らくは」

「で、お前まだ迷ってんのか?」

「いや、もう吹っ切れた、いや吹っ切れそうなとこまで来ている」

「全然吹っ切れてねーじゃんか」

「そうでもないよ」

「そっちの方は相変わらずか~」

「あやはどうなんだよ、昇司さんの事どうするつもりだよ?」

「そうだな~私も流石に迷ってるかな」

そう言ったあやはまた誠二の身体に凭れかかる。誠二はあやの長い髪を綺麗に優しく愛撫した。するとあやは何時になく切ない表情を泛べて誠二にそっと口づけをする。

誠二は師範から訊いたあやの親父さんの事も夏休みに読んだ小説の事も洗い浚いあやに告げた。

「なるほど、そういう事か、それは大変だったな」

「そんなに簡単に言うなよ」

「簡単な事さ、お前が思った通りに生きて行けばいいだけだよ」

「それが出来たら言う事はないんだけどさ」

「ふっ」

その晩満月はまるで二人を見守っているかのように何時までも輝きを失わなかった。


やがて二人は高校2年生になり辺りはすっかり春一色で街には綺麗な桜の花が威風堂々と咲き誇っている。誠二はそんな桜を見て、何故こんなにも堂々としているのだ? もう少し謙虚でもいいんじゃないのか? と陰鬱な気持ちになっていた。

2年生では二人は同じクラスになった。奈美も同じだ。誠二は何故三人が一緒になるんだと運命の皮肉を恨む、奈美の事はなるべく考えないようにするしか術はなかった。


4月に入り正式に若頭に襲名した昇司の祝いを兼ねて親分は花見に行く事にする。

親分はあやに誠二も誘うように言った。あやは何も考えずに誠二を誘う、誠二は少し迷ったが結局は行く事にした。

ヤクザの花見ともなればそれは盛大で川沿いにある花見で有名な公園に約400㎡程の広さの席を陣取り地面には分厚い絨毯が敷かれカラオケのステージまである。それを見た誠二は愕き、改めて極道の凄さを目の当たりにした。

30人程のヤクザが集まる宴会で親分、昇司、あや、誠二と数人の若い衆達が最前列で輪を囲んで坐っている。 

親分が昇司の頭就任を祝って挨拶をするとみんなは拍手をして歓声を上げる。

一同は飲んで食って歌って大いに盛り上がっていた。

酒が進んで来た親分はあやにデュエットで歌えと言う。みんなは当然昇司と歌うものとばかり思っていたのだがあやは誠二と歌い始めたのだった。一同は驚きを隠せない、何故あんな堅気と一緒に歌うんだ? いくらお嬢とはいえそんな事は許されないといった感じでその場は一気に静まり返る。だが昇司と親分の二人だけは全く動じる気配もなくあやと誠二を見守っていた。

歌い終わった二人には拍手も少なかった。それを憚った親分が「お前らもっと拍手するんだ!」と檄を飛ばす。昇司は「まぁ親っさん」と言い、ゆっくりと口を開く。

「これからは俺が頭(かしら)だ、今日の花見は親分がそんな俺の事を祝ってわざわざ席を設けてくれたんだ、その席をお前ら少しでも暗くするんじゃねー! それは俺は無論親分に対する非礼になるんだ、分かってんのかゴラー!」と実に渋い啖呵を切った。

それを訊いたみんなは立ち上がって大きな声で「すいませんでした!」と詫びを入れた。

昇司は二人に対して「流石だなお二人さん、いい歌声だったよ」と相変わらずの鋭い目つきで賛美を贈った。

その後宴会はまた盛り上がり始める。誠二は飲めない酒を結構飲まされていたのでトイレが近くて仕方ない。既に三度目のトイレに行き用を済ませると外にはあやが待っていた。

二人は川を眺めていた。川沿いに咲く夜桜は実に美しく月と街灯りにライトアップされた桜の花が川面に蒼く映る。あやはそんな川を見ながら「綺麗だな~」と呟く。

「ああ、めちゃくちゃ綺麗だよ」と言った誠二の顔を見てから手を繋ぐ。

「お前さっきはよく歌えたな」

「流石にビビったけどな、でも行く道は行くしかないと思ってな」

「お前何時そんな言葉覚えたんだよ」

「さあな」

その誠二の横顔は何時になく勇ましく見えた。


それからの誠二は無性に強くなりたくなり空手の稽古に打ち込んだ。もはや師範の心配していた事などどうでも良い、とにかく強くなれなけらばあやを真に愛する事も出来ない、それにもしまた奈美に誘われるような事があっても稽古を口実に断る事も出来る。正に一石二鳥ではないかと我ながら良い案だった。

師範も誠二の覚悟に圧倒されたのかその身の入り方からも彼の意気込みを感じずにないられない、二人は稽古以外の事は何も口にせず淡々と稽古に没頭していた。


あやもあやで誠二に負けず劣らず意気揚々と日々を過ごしていた。花見からというものあやの目には空、山、海、街の風景全てが清々しく見え日常生活でも何の不満もなかった。唯一の不安はやはり昇司の事だったがこればっかりは成るようにしか成らないと割り切る事にしていた。


夏になり学校では体育の授業で水泳の練習もしていた。あやは入れ墨の件で中学生の頃から水泳には参加せず見ているだけだった。他の生徒も先生その事は知っていたような感じだ。誠二は水泳はあまり得意ではなかったが一生懸命に頑張って泳いでいた。その姿をあやと奈美は遠目で見つめている。あやと奈美はプールサイドでふと目が合った。二人は一時目を離す事が出来ずにいたのだが誠二が100mを全力で泳ぎ切り疲れた顔でプールサイドへ上がって来るとあやが「お疲れ~」と言って近寄りタオルまで掛けてやっている。それを見た奈美は無意識に誠二から目を移し友人達と喋り出した。

友人の女の子達は「もうあんな子の事忘れなよ、あの二人は完全に出来上がっているわよ、もうどうにも出来ないよ」と二人をチラチラ見ながら小声で喋っていた。

だがそんな二人の関係を余りヨシとしない輩も一応はいたのだ。それは1年生の頃誠二を虐めていて奈美にも一度手を上げた三人組だった。

この三人は普通に相手したのでは今の二人に敵う訳がないと踏んで陰険な手に打って出る事にした。その為には奈美の力が必要であった。三人は奈美に近寄り敢えてあやに手を上げられるように仕向ける策を思いついた。その事を頼まれた奈美は一時は躊躇したものの「分かった、やるわ」と引き受けた。

奈美は学校のみんなんがいる前であやに必要以上に迫る。それはあやが誠二を拐しているようなに見せる内容で亦あやがヤクザの娘である事に託けて調子に乗っているといった感じのものだった。始めは相手にしていなかったあやも余りの悪口雑言にキレて奈美に手を上げた。事は成就したかのように見えたが一発叩いただけで潤んだ奈美の目を見たああやは、これは何か裏がある、奈美の考えた事ではないと思いそれ以上は何もせずに「もう諦めな」とだけ言い置いて立ち去る。そんなあやに奈美はやはり敵わないのかと悲嘆に暮れたいたのだった。

あやも誠二も直感的に三人の事が目に浮かんだ。あの三人にはもう一度ヤキを入れる必要があるかと思ったがあやがそれを止めた。「これ以上は何もして来ねーよ」

「そんな事分かんねーだろ」

「女のいや、ヤクザの娘としての感さ、間違いねーよ」

誠二は奈美の時と同じく女の感というものはそんなに当たるものかと訝ったがあやの言う通りにしようと思った。

あやの言う通りその後は何も起こらず凪のような日々が続いていた。


夏の暑さが終わったと思うと秋は一瞬にして過ぎ、数日後には修学旅行が迫る冬の厳しい寒さが立ち込める中、奈美の心はまた揺らぎ始める。

それは怖ろしい夢から来たものであったのだ。









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