二章
二章
翌朝夢から覚めたあやは珍しく陰鬱な気分だった。こういう気持ちになっている自分もやり切れない思いで朝食もあまり喉を通らない。あやも所詮は思春期の多感な少女であったのか、二頭の愛犬も何処となくそんなあやを心配するような表情を泛べている。あやは気合を入れて正拳突きを一閃するとシェリーとヘルメスは「ワン!」とそれに合わせるように吼えた。
登校のおり当番の若い衆シンが車の中で
「お嬢、昨晩は何処に行かれていたんですか?」と神妙な面持ちで訊いて来る。
「だから何処だっていいだろ、一々干渉してんじゃねえよ」
「すいません、ですが久しぶりに暴れたくなって来ませんかね? 自分ら若い衆もみんなお嬢の喧嘩っぷりをまた見たいんですよ、相手を血の海に沈めるまで止めない夜叉の化身、紅あやさんをね」
「煽てんじゃねーよバカ」
だが決して悪い気はせずにそれを訊いたあやは寧ろ元気になって来る自分に気がつき
「久しぶりにやるか!」と快活に喋り出す。
「そうですか、流石はお嬢、それでこそ紅あや姉ですよ!」
「冗談だよ」
学校に着き午前の授業が始まる。あやは体育の時間以外には全く関心がなく退屈で仕方ない。机でサイコロを振ったり、前の生徒に消しゴムを投げたりして遊んでいた。
その割にはあやの成績はそれほど悪くもなかったのである。
昼休みに誠二に会い早速昨晩の夢の事を話した。
あやはオープンな性格で何の躊躇いもなく夢の内容を語り出す。
その夢とははっきりした事は何も分からないがとにかく二人が相思相愛の仲で楽しそうに遊んでいるといったものであったが何故その相手が誠二なのかはさっぱり分からない。いくら幼馴染とはいえ誠二とは大した思い出もなく、強いて言えば保育所時代にまだ幼かったあやは一度だけ誠二に助けて貰った事があった。それは走っていてあやがこけて足を怪我して歩けなくなった時誠二が家までおんぶして送ってくれた事だ。だがあれから何年もの月日が過ぎあやにとっても印象深いものでもなかった。
「分かったか、そういう具合でどういう訳だか知らねえけどお前が出て来たんだよ、どう思う?」
「どうって言われてもな~」
「はっきり言えよ、相変わらずトロい奴だな~」
「じゃあ言うよ、俺は今まで何度もあやが出て来る夢を見たよ」
「なんだって! ほんとかよ?」
「ほんとだよ」
「で、どんな内容なんだよ」
「それは・・・」
「何だよ、言えねえような事なのかよ」
「ちょっと恥ずかしいな」
「まさかお前、私と付き合ってる夢じゃねえだろうな」
「そのまさかなんだけど」
それを訊いたあやはツボに嵌ったように笑い出した。
「私とお前が付き合ってるって、冗談キツイぜ、はっはっはー」
「そこまで笑う事ないだろ、同じような内容じゃん」
「いや悪いな、でも流石にそれはな~」
あやはまだ笑っていたが誠二はそんなあやの顔を何時まで見ていた。
午後からの授業中何故かあやはさっきの誠二の夢の話が気になり勉強は全く手に着かない。
しかし何時までも同じ事ばかり考える性分でもなかったので、また意味も無くサイコロを振った。出た目は2、5の半であった。半(奇数)が好きなあやはそこで一計を案じる。
その日は誠二と一緒に帰る事にしたのだ。
放課後下校する頃に「あや、また明日ね~」と快活に声を掛ける女子生徒。
中には「あやさん、さようなら」と敬語を使う同級生の男子生徒までいる。
一緒に帰ろうと誘われた誠二は迷ったが断わる勇気もなく渋々車に乗り込んだ。
初めて乗る高級車に誠二は緊張していた。あやは毎日こんな車で通学してるのかと羨ましい気持ちにもなった。
車の中で誠二は特に話する事もなかったのでその高級そうな革張りのシートを片手の指先で触りながら外の景色を眺めていた。するとあやは「お前喧嘩した事あんのか?」と訊く。
運転していたシンが「お嬢、こんなヘタレみたいな奴が喧嘩なんかする訳ないですよ」と笑いながら言う。
「お前は黙ってろ!」
「すいません」
「したいと思わないか?」
「たまにぐらいは」
「そう来なくっちゃな、今から喧嘩しに行くからお前も参戦しろよ」
「え! 今から!」
「いいからいいから、お前がやられるような事には絶対ならねえから安心しなって」
あやに誘われるままに三人は街に繰り出した。
夕方の街は家路を急ぐ人の群れで溢れかえっていたが既に有象無象が結構戯れている。
「さあ~て、どの辺から行こうかな~」
「お嬢久しぶりですね、ゾクゾクしますよ~」
「何するんだよあや?」
あやは取り合えずコンビニの前にたむろしていた数人の不良グループと思しき奴等が目につき声を掛けた。
「坊ちゃん達ぃ~こんなとこで何やってんのかな~、子供は早くおうちに帰って勉強しなきゃダメだろ~」
すると一人の男が「何だてめーは!」とあやの肩に手をかけた。
あやは一瞬にしてそいつを地面に叩き伏せる。すると他のメンバー達が一斉に襲い掛かって来た。
あやは三人をまとめて相手していたがシンが苦戦している。
一人が放った中段蹴りがシンの鳩尾にヒットした。シンは蹲っている。
あやは「シン!」と叫ぶ。次の一撃が放たれようとした刹那、誠二がそいつを殴り飛ばした。
みんなは愕きその場に呆然と立ち尽くしている。
倒れていた一人が懐からナイフを取り出した。
「あや!」と誠二が叫ぶとあやはそいつの手を廻し蹴りで一閃して更に顔に一撃を加えるとその男は気絶していた。
誠二はあやの強さにビビった相手はそれから一切反撃しては来なかった。
やがてパトカーのサイレンの音が聞こえて来たので敵も味方も立ち去った。
帰りの車の中であやは誠二を褒めそやした。
「おめーすげーじゃねえかよ! 何処で習ったんだよ」
「いや、まぐれさ」
「それにしてもカッコ良かったな~、ちょっと遅かったけど高校生デビューだな、おめでとう」
誠二はちょっと照れ臭くなり苦笑いをしていた。
シンは「兄さんほんとに助かりました、さっきは生意気な事言ってすいませんでした」と礼を云う。
「おめーが一番情けねーんだよ」とあやは嘲笑う。
誠二も咄嗟に拳を出したらまぐれで当たったとはいえ俺もやれば出来るんだという気持ちで高揚感で溢れていた。
その晩も綺麗な月が出ていてあやは心地よく眠りに就いた。
翌日学校であやは誠二に「お前空手習わねえか?」と訊く。
「空手?」
「おう、そうしたらまぐれじゃなくもっと強くなれるぞ」
「・・・」
「お前どうせ部活動も何もしてねえんだろ? だったらやりなよ」
「そうだな~」
「よし決まりだな」
「ちょっと待てよ」
暫く間を置いてあやは「私は強い男が好きなんだ」と誠二の目を一瞬見てそう言いうと直ぐに後ろを向いた。
その言葉に誠二はちょっと引っ掛るものがあった。
何であいつは俺みたいな奴に構うんだ? でもあやの事が好きだったし今まで常に受動的にしか生きて来れなかった誠二にはあやの言う事に従う事が一番いい手である、いやそれしか道はなかったのである。
あやは早速その手筈を整え自分の通っていた道場に二人で稽古に勤しむ日々が始まった。
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