極道女子高生

saga

一章

  一章



 その朝は天気が良かった。

燦然と晴れ渡る澄みきった空には一筋のヒコーキ雲が一本の矢を射たように果てしなく続いている。

あやはこのヒコーキ雲が大好きだった。


朝食を済ませたあやは愛犬のシェリーとヘルメスにハグをしてから学校に行くのが日課であった。シェパードとグレートデーンの大型犬である。


「お嬢、おはよう御座います。そろそろ行かれますか?」

「おう」

真っ黒なベンツで学校まであやを送り迎えするのは当番の若い衆の仕事でもあった。

あやはヤクザの親分の一人娘である。15歳の頃には既に背中一面に見事な騎竜観音の墨を手彫りで入れていて中学生までは喧嘩、恐喝、強盗、博打とやりたい放題。特に喧嘩では一度も負けた事がなく、あやが一声掛ければ忽ちにして数百人という子分が集まるほど地元ではその名を轟かせていたのである。

そんあやを見て父親は「お前はわし以上の極道もんで極道のエリートだ」と褒めるぐらいであった。


学校に着き正門の前に堂々と車を停める。ピアスに紫のアイシャドー、少し脱色した長い髪をアップにしたあやが鋭い目つきで後部座席から降りて来る。

みんなの視線を感じながらもあやは全く動じる事なく歩き出す。

「ではお嬢、お気を付けて」

「おう」


あやは高校へなど進学するともりは無かったのだが今の時代流石に中卒では恰好がつかないという親の考え方から嫌々ながら高校に通う事になった。


眠たい午前の授業が終わり昼食を終え廊下に出ると一人の男子生徒が数人の同級生に鞄を蹴り回されている。

あやは「またかよ」と思った。

だがその場を見過ごす事は出来ずに絡んで行く。

「お前ら何やってんだよ、いい加減にしろよ」

「何だてめーは?」

「てめーじゃねえんだよ」と言い放った瞬間三人の男子生徒はその場に倒れ込んだ。

右正拳突き、左中段蹴り、右後ろ廻し蹴りで一人一撃で倒してしまったのである。

あやは空手に柔道、合気道とあらゆる武道に精通し、亦持って生まれた男勝りな根性でこんな奴等を叩きのめす事ぐらいは朝飯前であった。


男達は口々に「すいませんでした」と謝る。

「もうすんなよ」と吐き捨ててその場を立ち去ろうとした時、後ろから

「あやちゃん、また助けて貰ったね、ありがとう」という弱弱しい声が聞こえて来る。

「ちゃんはいいんだよ、ちゃんは、じゃあまたな~」

誠二という名のこの男子生徒はあやとは幼馴染で昔から性格の優し過ぎる、と言えば聞こえはいいがいわゆるヘタレであった。

あやはそんな誠二と何の因果か保育所時代から高校までずっと一緒だった。

誠二は昔からいじめられっ子であやに助けて貰ったのはこれで何回目は分からない。


やっと六時間目の授業を終え帰ろうとする頃あやは職員室に呼ばれた。昼の一件である。

先生から注意されたあやはこう言った。

「じゃあどうすれば良かったんですかね~、放っておいたら良かったんですか~」

「直ぐに報告しろよ」

「報告すればあんたらはどうしたの? どうせちょっと注意するだけでしょうに、そんな事で虐めが無くなるとでも思ってんですか~」

「だからって暴力はいけないだろ」

「・・・」

「今回は相手も反省してるし親御さんにも黙っておくようにと先生からも頼んでおいたから多分大丈夫とは思うけど」

「ふん、相変わらず頼りないセンコーどもだな~、中学の頃もそうだったよ、別に向こうの親御さんに言おうが警察に言おうが一向に構わないんだけどね~」

「まぁそう言うなって」

あやは不機嫌そうな顔をして校舎を出た。勿論表には黒塗りのベンツが待っていた。


「ご苦労様です、お嬢、学校で何かありましたか?」と若い衆が尋ねる。

「別に何もねーよ」

「それならいいんですが」


まだ時間があったのでゲームセンターによる事にした。

パンチングマシーンが好きなあやは今日の鬱憤の所為か最高得点を出した。

「お嬢、凄いじゃないですか」若い衆は大はしゃぎしている。

「お前もしろよ」

「では」

この男の得点はあやのそれを遙かに下回っていた。

「情けなねーなー、ほんとに男かよ」と笑い飛ばす。

「面目ありません」


そのあと家に帰り真っ先に風呂に入る習慣があったあやは風呂場の鏡で背中の入れ墨を後ろ目で見ながら呟いた。

「世の中私みたいな男はいないもんかな~」

水に濡れた入れ墨は実に綺麗に鏡に映る。タオルを歯で食いしばり身体に針を入れて行く、激烈な痛みに耐えて墨を入れた事が昨日のように思える。


風呂を出て一服していると当番が「お嬢、夕飯の用意が整いました」と声を掛ける。

「おう」と言いダイニングルームへ向かう。


恰幅のいい父が入って来る。

若い衆達は口々に「ご苦労さんです、お疲れやす」などと威勢の良い声を上げる。

取り合えず酒を一献飲み干した父が

「あや、今日は学校で何かあったらしいな」と言い出した。

一々親にチンコロしやがってとは思いながらもあやは

「大した事じゃないわよ」と言って軽く笑う。

「そうか、相変わらずだな」

と父は何も気に留めていない様子だった。

「ところであやよ、男は出来たのかい? この世界いくらお前が男勝りとはいえ女組長ではなかなか難しいからな~」

「そんなもんいねえよ」

「やっぱりかぁ」

「まあ焦る事もない、ゆっくり学生生活を楽しむ事だな」

「はいはい分かりました」

夕食時分の会話といえば何時もこんな感じであった。


晩になりあやは一人で散歩に出ようとする。

「お嬢、お出掛けですか? 車用意して来ます」

「いや、歩きたいんだよ、一人でな」

「それは困ります、お嬢にもしもの事があったら自分はケジメを付けなきゃダメなんです」

「いいから、今日は一人で歩きたいんだよ、これ以上言わせんなよ!」

「へい、分かりました、そこまで言われるのなら、でももし何かあったら直ぐに連絡して下さい!」

「あいよ~」


あやは夜の海に辿り着いた。

腰を下ろし空を見上げる。閑散としている海に夜映えする月は実に美しい。

「こんな綺麗な月をいい男と一緒に見たいな~」

ふとそう思ったあやは一人でセンチメンタルな気分に陥っていた。


家に帰り床に就くとあやは久しぶりに夢を見た。

そこには誠二がいるのである。何故あいつが出て来るのか分からないがあやはその夢を忘れる事が出来ずに朝を迎えた。



























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