第121話 引き継ぐ闘志
茫然とするファルナの前にコツっと控えめな音がした。見ればこの戦場には到底そぐわない革靴が見える。それは嫌味なほど磨かれていて、顔を見なくてもそれが誰のものなのかすぐに理解した。
「来てたんだな、レシ。」
「やぁ、ファルナ。ご機嫌は・・・あまりよろしくないようだね。」
レシはファルナの腕に抱かれている亡骸を覗き込んだ。
「シトリーか。随分と派手にやられたね。」
同情よりも
「残念だね。彼女は僕と一緒で
思ってもいないことを、と怒りに震える拳をファルナは何とか抑え込んだ。
「その
「うん、かわいいよ。リタっていう名前でね。可憐な見た目とは裏腹に膨大な魔法力と資質を備えてる子なんだ。
だから捕まえる時はちょっと頑張ったかな。あまりに全力で抵抗するから僕もムキになってね。でも、嫌がる女の子を屈服させる時の快感といったら・・・。」
レシは恍惚の表情を浮かべた。
「最後は半ば強制的にラボに連れて行って、
「抵抗する人間を
「リタは賢い子でね。逃げられないことが分かると、急増している
レシはビクビクっと身体を震わせる。
「興奮したよね。」
変態が・・・とファルナは胸の内で毒づいた。
「向こうにハエが飛んでたからリタに任せてきたんだ。クラルトが来てるみたいだったから。」
「クラルト様ならゼロと
「そうなの?せっかく久しぶりに会えると思ったのに一足遅かったか。じゃあこれはクラトルの・・・」
レシは空を見上げてニィっと笑った。
「立派な残滓だね。」
空を見上げたファルナは思わず言葉を失う。頭上には巨大なドラゴンが悠々と羽を広げていたからだ。
「あ、あれは・・・」
「クラルトという存在が引き寄せたモンスターだね。見るのは初めてかい?」
ファルナはゴクリと唾を呑む。レシはそれを肯定の意味と解釈した。
「クラルトの放つ負のオーラは人間界に大きな影響を与えるのさ。彼の溢れ出る空気は濃くて重すぎる。その空気に感化された巨獣が集まりさらに瘴気をばらまく。クラルトは常に負の空気の中心にいる人物ということだね。」
「あんな巨獣、どうするつもりだよ・・・!」
「さぁね。想定外のことが起きているけど、学園はこのとおり壊滅状態だ。これであいつが暴れたら、この場所は跡形も無くなるだろうね。計画どお――」
不自然に途切れた会話にファルナは顔を上げた。そこには珍しく目を見開き驚くレシの姿があった。
「リタが――」
「は?」
「リタと霊魔が分離した・・・?」
言っていることが分からなかった。霊魔と人間を混ぜた
その時、ファルナの頭をかすめたのは長い髪をまとめる赤いリボンだった。しかし首を振る。例えセリカがイレギュラーな存在でも、
派手な音が響く。見れば足元の瓦礫が無惨に崩れていた。どうやらレシが怒りに任せ瓦礫を蹴ったのだろう。
「ゆ、許さない・・・僕から逃げるなんて・・・絶対に許さない・・・!!」
ワナワナと震えるレシは勢いよく広げた手を空へ向ける。そこにはドラゴンがゆっくりと空を旋回していた。
「許さないぞ、リタッッッッ!!!!」
手から放たれた魔法は、リタとの使役権限が解除されたことを証明するのに十分だった。
「やっぱり魔法が還ったか。だが、リタのエレメントを感じない。やっぱりリタはまだ生きているっ!」
「そんなことより、どうすんだよアイツは!」
魔法が直撃したドラゴンが苦しみもがいている。しかしレシは余裕の表情を浮かべた。
「まあ見てなよ。」
怒りのこもった眼差しが向けられるも、ドラゴンが2人に襲いかかる様子はない。ただ、激しく羽をバタつかせ鼻息はどんどんと荒くなっていっている。
「リタを失った僕の悲しみを分けてあげたんだ。共通の負の意識を持っている僕に襲いかかることは無い。さぁ、その憎しみを思い切りぶつけてくるんだ!」
まるでレシの言葉を理解しているかのように、ドラゴンは勢いよく羽を広げ飛び出していく。それを確認したレシはファルナに背を向けた。
「どこ行くんだよ?」
「
「リタって
「まさか。リタは必ず奪い返すさ。キツイお仕置きも必要だしね。それよりも、クラルトに
「あれば・・・?」
「それは
「分岐・・・?」
質問に答えることなく、レシはあっという間に姿を消してしまった。残されたファルナは、腕に抱くシトリーを抱きしめるほかなかった。
「喜んでいるところ悪いが、退避の準備を。」
いち早く気づいたのはセリカだった。リタの回復を喜ぶ3人に背を向け、その色濃い気配を全身で受け止めている。
その視線を追いかけたジンたちは、空より突進してくる巨大な存在に声を呑んだ。
即座に広範囲な氷壁を作り出したセリカは、ジンたちとドラゴンの間に僅かな時間を作り出した。
「今のうちにリタと安全な場所へ!」
「おまえはどうするんだ!?」
「戦う。」
「あんなでかいドラゴンを1人でか!?」
ドラゴンの強さはうかがいしれない。それでも
この場に
「2人はリタを頼む。ここは俺が残る。」
「ジン義兄さん・・・!義兄さんも、もうほとんど魔法力が・・・」
「それでも、自分の生徒を1人残して逃げるわけにはいかないさ。」
指をポキポキと鳴らし、ジンはセリカと同じ位置に立った。
「ジン!リタが待っているんだから絶対に帰ってこいよ!」
「セリカもですよ!」
リタを連れた2人はすぐにその場を離脱する。それを確認したセリカは、自分の手のひらをじっと凝視した。
「本当に俺の精霊が入るとはな。自由気ままなヤツだから、扱うのに苦労するぞ。」
「ええ、分かります。でも、結構やる気みたいですよ。」
「ははは。そこは俺とリンクしているみたいだな。だが――」
言葉を濁らせたジンは眉間にシワを寄せた。
「邪魔にならないようにするのが精一杯かもしれん。」
フルソラたちの前では強がってみせたが、すでに全力で戦う余力は残っていない。
「大丈夫です。ジン先生の意思は私たちが引き受けます。」
残る巨大な気配はあの一体だけ。学園の日常を壊した存在に決着を付けるべく、拳を強く握ったセリカは、迫りくるドラゴンを視界に捉え呼吸を整えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます