第3章

第83話 零れる疑惑

 無骨なレンガに囲まれ聳え立つ城は朽ち果てた廃墟のようにも見える。

 素っ気ないコンクリートの階段に仄かに光るフットライトには羽虫が数匹屯して、手入れされていない外壁には多くの蔦が絡まっていた。

 最上階まで続く埃っぽい螺旋階段を昇り、昏く無機質な廊下の先にその部屋はある。

 装飾も施されてない無愛想な扉をノックもせず入れば、書物や文献が壁一面に埋め尽くされた乱雑な空間がそこにはあった。

 さらに奥に進むと、機械音とキーボードを叩く音がする。

 大きなパネルと幾つものディスプレイには、不可解に羅列される数式と、一定の動きを見せる波状が表示されていた。

 こちらに背を向けた長身の男は、左手に持ったタブレットと煩雑に並べられた端末を器用に操っていた。足元には汚れた大量の回線が床を覆い尽くしている。


 「見てゼロ。もうカスしか出ない。」


 振り向くことなく男は言う。


 「もうダメかな。コイツは。」


 男は腰を伸ばす。その横顔には鏡筒になった片眼鏡がはめられていた。

 仰々しい機械たちの奥先には、数十メートルあるアクリルの円筒が置かれてある。

 あちこちに繋げられた太いケーブルは大量にある端末まで伸びていた。

 ゼロにはその円筒の中を見ることができない。正しくは人間の肉眼では、という意味だ。

 男がかけている片眼鏡を通さないと見えない異質な対象が、その円筒には居るのだ。

 男の傍には歪な欠片が数個落ちていた。先ほど、カスといった残骸は、この明るい薄黄色が混じった欠片をさしているのだろう。


 「エレメントがないゴミに用はない。」


 そう言うと、男は端末を操作し、最後に大きくキーボードを弾いた。

 ターンッという音が響くと、円筒の中にプラズマが発生しバチバチと火花を散らす。

 眼鏡をかけていないゼロには見えない。が、確かにそこに居た希少な光精霊アルマラがこの世から消えてしまう瞬間だった。

 男が眼鏡を外し大きく伸びをすると、ポキポキっと関節が鳴った。


 「新しい原料を捕まえてこないとね。」

 「そんな簡単な話じゃないですよ。」

 「あぁ。だから絞り尽くそうと思ってね。」


 男は冷笑する。


 「・・・。」

 「聖霊ディスオーダを使役する方法は見つかったかい、ゼロ。」

 「・・・いえ。やはり、難しいです。」

 「そうか。ならば抽出するしかないね。新しい原料を捕まえてくるよう手配をしてくれ。」

 「その件で、報告があります。」

 「何だい?」

 「柱石五妖魔スキャプティレイトの1人、イカゲがやられました。」

 「イカゲ・・・。あぁ、影を支配する融合霊魔ヒュシュオか。確か・・・。」

 「使役する咎人はシトリー・キィミラーです。」

 「ふぅん。柱石五妖魔スキャプティレイトを倒すなんて、上級魔術師ハイウィザードとでもり合ったのかい?」

 「詳細は、不明です・・・。」


 男は視線だけをゼロに寄越した。


 「柱石五妖魔スキャプティレイトほどの実力を持った霊魔を造り出すのに、どれだけの時間と労力が必要かは、お前が1番知っているだろう、ゼロ。」

 「はい・・・。」

 「それを不明の2文字で報告するために、ここに来たのかい?」

 「・・・。」


 男は軽く指を動かした。

 ヒュッと空気が切れる音がした瞬間、ゼロの肩に鋭利な小刀が貫通する。


 「ぐぅっ・・・!!」

 「そんな報告は聞きたくないよ、ゼロ。がっかりさせないでくれ。」

 「・・・はい。」


 男は再び指を動かす。血で染まる肩から小刀が抜かれると、ゼロは小さな嗚咽をもらした。


 「新しい聖霊ディスオーダを持ってきてくれ。森でも雷でもいい。」

 「・・・はい。」

 「あと、咎人製造も急いでくれ。聖霊ディスオーダと違って、子どもはその辺に落ちてるんだから簡単だよね。」

 「・・・。」

 「君の知能には期待しているよ。」


 頭を下げたゼロは来た道を引き返す。唇を噛みしめると鉄の味が口腔内に広がった。


 




 「よぉ。」

 「ジン・・・先生。」


 片方の口角を上げて笑うジンは、片足を反対の膝に乗せてフルソラを見上げた。


 「謹慎、明けたんですね。」

 「まぁな。」


 場所は教務室だった。しかし、それぞれの教員に各個室が用意されているこの学園にとって、教務室は名ばかりの雑談所と化していた。実際、今部屋に居るのはジンとフルソラの2人だけだ。

 ジンの傍には、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップが置いてある。ジンが好むインスタントコーヒーは見るからに薄そうで、半分ほど減っていた。

 どこか手持ち無沙汰のジンに、年をとったな、とフルソラは思う。


 「それは・・・お疲れさまでした。」

 「敬語なんて間柄じゃないだろう。いつもみたいに話せよ。・・・いや、おれの方が敬語を使わなければいけないか。いつの間にか教授だもんな。」


 柔らかい眼差しで見つめられたフルソラは、耳に熱が帯びるのを感じた。

 

 「っ・・・ジン、先生だって、望めばいつでもなれるでしょう。逆にあなたほどの実力がありながら、肩書きもない教員に甘んじているのがおかしいと思います。」

 「ははっ!言うようになったじゃねーか。昔はメソメソした泣き虫だったくせに。」

 「昔の話です!今は・・・もう、大人ですから。」


 声が少しずつ小さくなりながらチラリと上目遣いで見れば、窓の外を眺める寂し気な横顔があった。

 あの瞳の先には、ただ1人しか映っていないことを随分前から知っている。


 「そういえば、最近同じようなことを指摘されたっけな・・・。」

 「・・・本当に、大人しく謹慎されていたんですか?」


 フルソラの質問に、ジンはフッと鼻だけで笑ってみせた。


 「じゃあ、やっぱり・・・。」


 沈黙するジンにフルソラは確信する。

 Twilight Forest《静かなる森》の課題で起きた不可解な傀儡かいらいの動きは、複製コピーエレメントを固着する作業中にて、悪質な操作をされたことによるものだと立証報告が上がってきていた。

 さらに、創造クリエイトクラスの特許技術であるエレメントキューブの製造方法が不正に外部に流失している可能性について、秘密裏に調査が行われていると知っているのは、大勢居る教員の中でもほんの数人だろう。

 その調査に暗躍しているのが、表向きでは謹慎中となったジンだとフルソラは予想していた。ジンの無言の肯定は、それが的中したことになる。


 「一体誰が・・・。」


 フルソラの呟きに、ジンは口を閉ざしたまま風に揺れる校庭の花に目をやった。




 ――西日が差す廊下には、ゆっくりと動く影が映し出されていた。

 その影がピタリと止まった扉の先では、乱雑に散らかった部屋の真ん中で、1人の教師が独り言を繰り返しながら慌ただしく作業をしていた。


 「無能の霊魔め・・・簡単にくたばりやがってっ!あれだけの情報を与えてやったのに・・・!!」


 机の上にある書類やメモなどを次々とゴミ袋に入れていく。


 「あの霊魔のことを調べられれば、私の身が・・・。早く痕跡をすべて消さねばっ・・・!キューブの精製方法は金になる・・・あれだけでもデータをっ・・・」


 タブレットに手を伸ばした時だった。扉が開く大きな音にビクリと体を震わせたのはノジェグルだ。


 「な・・・っ・・・!」

 「どうも、ノジェグル先生。お疲れ様です。」


 扉には、ニヤリと笑う男が立っている。


 「ジ、ジン先生・・・。急に扉を開けるなんて失礼ですよっ!」

 「ノックはしましたよ。音に気付かないほど、何かに夢中だったんですか?」


 キッとジンを睨みつける。元々この男とは反りが合わないのだ。それより、一刻も早くこの部屋から出て行ってほしいと思った。


 「それより謹慎中のあなたが何の用でしょう?見ての通り、ちょっと忙しくて・・・。」

 「大掃除ですか?随分と乱雑になっているようですけど。」

 「忙しくて片付けまで手が回らなくてね・・・だから、こうやって整理整頓をしようかと・・・」

 「ふーん。確かに大事なデータは残しておかないといけませんもんね。」


 ジンは遠慮のない動きで机の上を漁り始める。


 「っちょ、ちょっと!勝手に・・・!」

 「ほら、これとか他の人に見られたらいけませんから、大事に保管しておかないといけませんよね。」


 ジンは手に取った紙をヒラヒラとして見せた。それは、複製コピーエレメントを固着する作業中に『負のプログラム』をインサートする方法が書かれたマニュアルだった。


 「そっ、それは・・・!」


 ジンの持つ紙を奪い返そうと必死に手を伸ばす。その隙に、ジンは素早くノジェグルの持つタブレットを掠めた。


 「あっ、おいっ、何をするっ!」


 パスコードが開いたタブレットの中身を、ジンは無駄のない動きで見ていく。


 「おいっ!!何だ、さっきからっ!!いい加減にしないと――」

 「いい加減にしないと、どうする気だ・・・?」


 急に低くなった声に、険しく目尻を吊り上げたジンの眼は、焦るノジェグルの顔を捉えた。

 タブレットには、創造クリエイトクラスで開発されたエレメントキューブの精製方法が載ったページが表示されていたのだ。


 「これは学園の特許技術で、紙はもちろん媒体に保存することを禁止されている内容だ。これは立派な規定違反だぞ。」

 「くっ・・・!!」


 たじろぐノジェグルは必死にタブレットを取り返そうとする。しかし、ジンはその手を思いきり振り払った。


 「TwilightForest《静かなる森》での課題に細工したのは、貴様の独断か?」

 「・・・っ!」

 「それとも、誰かの指示によるものか!?答えろ、ノジェグル。」

 「さ、さっきから、エラそうに・・・!!一介の教師が、主任である私に何という口の利き方だっ!」

 「その立場を利用して小者のような動きをしやがって。」

 「なっ!!なんだと、貴様――!!」


 ノジェグルは怒りで顔を真っ赤にした。


 「何を証拠にっ!!例えあったとしても、私をお前が裁けるものかっ!」


 ジンは呆れたように短いため息をついた。


 「・・ったく、だから組織はめんどくせー。」

 「何をぶつぶつと――!」


 その時、再び大きな音を立てて扉が開かれた。

 ビクリと身体を震わせたノジェグルは怒りのままに扉を見やる。が、その先に居た人物に息を呑んだ。


 「ミトラ・リドワール・・・!」


 制服の上から羽織るインディゴのマントを翻したミトラは、感情の無い眼でノジェグルを見つめる。

 乱雑した部屋と、ジンの持つタブレットを一瞥した後、短く息を吐いた。


 「ならば、サージュベル学園 生徒会執行部代表 ミトラ・リドワールが責任をもってこの件を糾弾することにしよう。」

 「なっ、なぜ、生徒会執行部が・・・!」

 「なぜ?生徒への脅威や不安を取り除くのが、私たち執行部の仕事だからですよ。」


 低く威圧感のある声が部屋に響く。


 「ノジェグル・イーツアルザ。あなたには、学園の運用指針を著しく損なった背信行為が確認されている。よって、生徒会執行部代表の名をもって、魔術師ウィザードの資格及び階級の剥奪をここに命ず。」

 「な、何だって・・・?!!」

 「連れて行ってくれ。」


 ミトラの後方にいた2人の生徒がノジェグルの動きを素早く制した。


 「ま、待てっ・・・!な、何の証拠があってっ――!!」


 騒ぐノジェグルに声を掛けたのはジンだった。


 「劫火峡谷デフェールキャニオン付近にある村が壊滅した。その村に落ちていたあるアイテムから、お前さんのエレメントが検知されたそうだ。」


 ノジェグルの動きがピタリと止まる。


 「ア、アイテム・・・?」

 「あぁ。牛の仮面だそうだ。心当たりがあるんじゃないのか?」

 「・・・っ!」

 「とっとと認めた方がいいぜ。じゃあな。」


 ジンが手を払う。それを合図に2人の生徒がノジェグルを羽交い絞めにしたまま部屋から出て行った。既に抵抗を止めたノジェグルの顔は顔面蒼白だった。


 静寂が訪れた部屋で、再びため息をついたのはミトラだった。


 「・・・エレメントの検知は初耳ですが。」

 「ははっ。証拠を掴んでいると思わせておけば自白も早いだろ?階級を持たない一般教師からの、せめてもの後方支援よ。」


 そう言うと、ジンは机に腰かける。


 「間者として動いている人物を特定する決定的な証拠がなかなかおさえられなかったが・・・あるクエストから帰ってきた生徒からの情報提供により、ノジェグルを引っ張ることができた。」

 「修練ラッククラス・・・いえ、創造クリエイトクラスの、ジェシド・ウォーグですね。」

 「あぁ。相手から必要な情報を聴取する手腕はなかなかのものだったぜ。」


 その時を思い出すように、ジンは目を細める。決して軽い傷ではなかったが、目を覚ましたジェシドは、ある霊魔からの情報をすべてジンに伝えたのだ。


 「小者らしく用心深く動いていたらしいからな。ハッタリ1つで手間が省けるなら安いもんだ。それに、奴も会長自らが乗り込んでくるとは思わなかっただろう。」


 ジンはミトラの様子を窺い見た。


 「・・・これで、向こうのことが少しでも分かるんじゃないのか?」

 「お心遣い、感謝します。」


 ジンの視線など物ともせず、ミトラはジンに向かってお辞儀をした。


 「やめろ、やめろ!お前に頭を下げさせたら元老院に何させられるか・・・。」

 「だったら、上級魔術師ハイウィザードに再び復帰すればよろしいのでは?

 経験、実力ともに申し分ないですし、このような有事の際、大変頼りにさせてもらえるのですが・・・。必要なら推薦状も書きますよ。」


 ミトラはニコリと笑う。しかし、ジンは呆れたように鼻で笑った。


 「はは。こんなジジィをまだ働かせるのかよ?それに、今回の采配を振ったのはお前さんだろ?」

 「さて、何のことでしょう。」


 ミトラの朗らかな笑みは微動だにしない。

 ジンは心の中で舌打ちをした。


 言いたいことや聞きたいことは山ほどあるが、腹の内を明かさないこの男には暖簾に腕押しだ。ハナから無駄なことを嫌う性格が、興味と労力を天秤に掛けたところで結果は目に見えている。

 そもそもジンは、今後組織に属する気はさらさら無いのだ。

 ここまでを瞬時に結論付け、徐に立ち上がった。


 「仕事は完了でいいか?」

 「はい。ご苦労様でした。」


 変わらず笑みを浮かべるミトラを一瞥してジンは部屋から出て行った。

 遠ざかる足音にミトラは息を吐く。それは、私室にある山積みの仕事を憂うため息に他ならなかった。

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