第64話 非情な死
「お前さんの連れの作業が終わったようじゃが、男の方はしばらく動けんじゃろう。」
「ジェシドに何かあったのか?」
緊迫したセリカの表情にクーランが急いでソフィアの影に身を隠す。
セリカはハッとした。
「具現化の作業で魔法力の器が枯渇したんじゃ。なに、しばらく休めば回復するじゃろう。」
「そういうことか。よかった、何事もなくて・・・。」
セリカは息を吐き出すと、怯えているクーランの視線を合わせるように座り、優しく語りかけた。
「驚かせてすまなかった。大丈夫、怖いことはないから。
私はセリカ。セリカ・アーツベルクという。あなたの名を教えてくれないか?」
クーランに手を差し出す。既に名前を知っているが、彼女自身から教えてほしかったのだ。
おずおずとソフィアの影から現れたクーランは、差し出された手とセリカの顔を交互に凝視した。さっきまで膝の上で寝ていた子とは思えない警戒心だ。
セリカは辛抱強く待つ。そして近くにあったスケッチブックを手渡した。クーランはそれをこわごわと受け取った。
セリカとソフィアが見つめる中、クーランは鉛筆を握りしめた。白い画用紙にゆっくりと文字が伸びる。そして再びスケッチブックをセリカに手渡した。
白い画用紙には大きく「くーらん」と書かれていた。
「そうか、クーランか。ステキな名前だな。よろしくな、クーラン。」
しばらくセリカを見つめたクーランの目線が逸らされる。その視線にセリカは素早く反応した。
「スケッチブックだね。ハイ。」
スケッチブックを差し出されたクーランは目を丸くする。
「何か書きたいなら鉛筆もいるよね。」
傍に転がっていた鉛筆を差し出されたクーランは、ソフィアの服の袖を強く引っ張った。
「どうして言いたい事が分かるのか、自分で聞いてみるといい。」
困ったような表情をしたクーランだったが、手渡されたスケッチブックと鉛筆で何かを書き始める。そして再びセリカに手渡した。
「どうしてわかるの?・・・か。」
セリカは両足を投げ出すように座り直した。
「私とクーランは似ているからかな。私もクーランと同じような経験をしたんだ。」
クーランが首をかしげたので、セリカは魔障痕の一部が見えるように制服を捲ってみせた。そこにある傷を見たクーランは、口に手を当てて驚きの表情を見せる。
「クーランと同じ魔障痕。だからあなたの痛みも怖さも分かる。だからあなたの伝えたいこともすぐに分かるんだと思う。」
クーランの驚きの表情のままだ。
大人でも気味が悪いと思う魔障痕を見せてよかったのだろうか。ありのままを伝え、怖かった体験を思い出さないだろうか・・・。セリカは制服を戻しながら不安を拭った。
それでも・・・子どもだからといってウソをつきたくない。ありのままの自分を見せることでクーランの安心が得られるなら何でもみせよう。そう思っての行動だった。
するとクーランがおずおずと近づく。そして制服の上から魔障痕を優しく触りセリカを見上げた。
「痛くないかって?・・・ううん、もう痛くない。でも、私とクーランのここはずっと痛いよね。」
今度はセリカがクーランの胸元をさする。クーランが再び驚きの表情を見せた。
「体に受けた傷はいつか癒える。でも、心に負った傷はすぐには癒えない。それは魔障痕だって同じだ。」
クーランは厚手のマフラーに触れる。その下にある魔障痕を思い出しているのだろう。
「私はこの魔障痕を受けた時からうまく魔法が使えなくなってしまった。今のクーランと同じように。大事な友達も見えなくなってしまった。それが悔しくて・・・。だから、この傷を消す為に強くなろうと決めたんだ。」
話を聞いていたクーランが画用紙に何かを書き始める。そしてセリカに見せるように手渡した。
『きえるの?』
セリカを見つめる大きな目は真剣そのものだ。
「うん。必ず消すよ。」
セリカもまた真剣な眼差しで見つめ返す。風に揺れる葉音が2人の間をすべっていった。
その時、クーランがゆっくりと動き出す。そのまま小さな両手でセリカの手をギュッと握りしめた。
「クーラン・・・」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。気に入られたのう。よかったな、クーラン。姉ができたわい。」
「姉!?ってことは、クーランが妹・・・ってことか?」
見下ろせば、同時に見上げたクーランがニッコリと笑った。その笑顔にセリカの心臓がドクンと跳ね上がった。
(か、かわいい・・・)
まんざらでもないセリカの表情に満足したソフィアが杖をカツンと鳴らす。
「さて、そろそろ夕餉の準備をしようかのう。向こうの2人も休ませねばならん。」
音を立てず歩き出すソフィアにセリカも続く。
片手にはクーランの小さな温もりがある。その温もりを逃さぬように柔らかく小さな手を握り返した。
「ひでぇ。ここもか・・・。」
目の前には目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。
焦げた木材、燻った空気、そこらじゅうに血しぶきの跡が残る村を見たのはこれで2つ目だ。
充満する煤の匂いに今まで嗅いだことの無い異臭が混じっている。この匂いが死体の焼ける匂いなのかどうなのか・・・それを判断する経験をテオもオルジも持ってはいなかった。
「どうなってるんだ・・・
異臭を嗅がないように、肘で鼻を押さえたテオの声はくぐもっている。
「オルジ、学園には連絡がついたか?」
通信端末を持つオルジは眉間にシワを寄せた。
「うん・・・でも答えは一緒だ。調査隊の編成に時間がかかるからすぐには来れない。だって。」
「クソッ!!何をモタモタしているんだ、学園はっ!」
2人は霊魔の足取りをたどるため、
霊魔討伐に向かうための情報を少しでも多く学園に伝えることが必要だと思ったからだ。
しかし、次の村に着いた2人は愕然とした。
そこには焼け焦げる畑や家、生々しい血の跡が残る全壊した建物、身体の一部であったであろう千切られた人間の四肢が落ちていたのだ。
あまりの惨状に2人は言葉を失った。そしてせり上がってくる嘔吐感を必死に抑えた。
オルジはすぐに学園に連絡をした。クエスト時の緊急事態用に渡された端末だ。
「はい、こちらはサージュベル学園です。」
無機質な女性の声が端末越しに聞こえる。
「
「・・・照会しました。どういった緊急事態でしょうか。」
「
「壊滅状態とはどのような様子ですか?」
「全壊した建物と、焼け焦げた跡が多数あります。なかには・・・人間の一部と見られるものも見られます。」
「・・・分かりました。内容を報告、精査した後ご連絡します。しばらくお待ちください。」
「しばらくって・・・!村1つ襲われているんですよ!?すぐに
「それを決めるために時間をくださいと言っているんです。それでは――」
プッという音とトーン音が響く。オルジは体の力が抜けていくのを感じた。
「学園はすぐに来てくれるって?」
辺りの散策から帰ってきたテオに事情を話すと、案の定怒号が響き渡った。
「すぐに来てくれないのかっ!?何でだよっ!!?」
「これからどう動くか決定したらまた連絡をくれるらしい。」
「どう動くかなんて決まってるだろ!すぐに応援が来ないと、被害が広がるかもしれないだろうっ!?」
「もっともだ。正体が霊魔か咎人かもわかっていない。早急に対応しないといけないはずなのに・・・!」
その時オルジが持つ端末が震え出した。
「オレが出るっ!」
震える端末を乱暴に奪ったテオは受信ボタンを押す。
「はい!こちら
「サージュベル学園です。先ほどの件による決定策が決まりましたのでご連絡しました。」
声音に焦りは見られない。意図的か恣意的か、端末越しでは伝わらない温度差にテオは苛立ちを隠せなかった。
「すぐに応援が来てくれるんだろっ!?早く来てくれ!」
「いえ、すぐに応援を向かわせることは難しいということです。」
「はっ?何だってっ!?どういうことだよっ!」
「言葉通りです。すぐにそちらの村に応援を向かわせることはできません。」
「なんでだよっ!?人が死んでるんだぞ!こうしている間にも被害が広がるかもしれないじゃないか!」
「生存者は居ますか?」
「は?」
「村を襲った正体を見ている生存者は居ますか?」
テオとオルジが村に入ってまずしたことは生存者を見つけることだった。その努力はむなしく終わり現在に至っている。
「・・・多分・・・居ない・・・。」
「そうですか。なら急ぐ必要はないと思われます。」
あまりにも非情な反応に、テオは思わず端末を投げ出しそうになった。
「ふざけるな!そういう問題じゃねーだろ!!」
「応援を向かわせないとは言っておりません。時間がかかると言っているのです。」
抑揚のない声が一層テオを苛立たせる。
「じゃあいつになるんだっ?!!」
「検討中です。ここでは申し上げられません。」
端末を持つ手が震える。これが学園の判断なのか。テオは端末をオルジに放り投げた。
テオの様子でやり取りを予想していたオルジが会話を引き継ぐ。会話を終わらしたオルジは静かに端末を切った。
「僕たちはこのまま帰還してもいいって。ここまでで得た情報を渡してくれだってさ。」
「・・・。」
「どうする、テオ?」
「決まってるだろ。」
テオの視線の先には
「調査を続行する。村を襲った正体をつきとめる。」
「・・・そういうと思ったよ。」
2人は再び歩き出した。気温はますます上がり2人の額には汗が噴き出している。
そうして次に訪れた村も、既に襲われた後だったのだ。
「応援は期待できない。手分けして生存者を探そう。」
「おう!」
二手に分かれ村を捜索した。夥しい血の跡と凄惨な現場はテオの歩みを幾度も滞らせる。
その時、左方向からオルジの声が響き渡った。
「テオッ!!来いっ!!こっちだっ!!」
生存者だ!すぐにテオは駆け出し、声のした方向へ向かった。
そこには壊れた瓦礫に下半身が挟まれ身動きの取れない男性と、必死にそれを退かそうとするオルジの姿があった。
「テオッ!この人まだ生きてる!手を貸してっ!!」
テオはすぐに加勢する。思った以上に重い瓦礫を渾身の力で押し上げた。
暑さも手伝い2人の足元には汗の雫がポタポタと流れ落ちていく。
「――もぉ・・・・っちょい!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ガシャンッッ!!!!と大きな音を立てて倒れ落ちた瓦礫の下には、すでに事切れそうな男性が口をパクパクとさせている。
下半身はすでに潰れていて、血の海になっていた。あまりにも悲惨な状態に思わず目を背けたくなったが必死に堪えた。今はその時ではない。
オルジが男性の口元に近づく。そして荷物から
「もう効果は期待できないけど・・・。」
男性はすでに飲み込む力さえ失っているようだった。しかし口から滑り込む液体は、かすかに男性の眼に光を与える。
「何が起きたんですか?」
ハッキリと大きな声でオルジが問いかける。
「・・・もの、と・・・・・す」
「・・・もの?」
「け・・・・もの・・・・と・・・・つ」
テオも男性の言葉に意識を集中させた。
「獣・・・・?」
わずかに男性の首が縦に動く。
「す・・・・つ」
「す、つ・・・?・・・スーツ?」
再び男性の首が動く。
「獣とスーツ?」
あまりにも不釣り合いな単語の組み合わせに2人は混乱する。
しかし
男性の目から光が失われる。ガクンと首が落ち、そのまま動かなくなってしまった。
死の瞬間に触れた2人は不思議と恐怖を感じなかった。半開きになった眼を静かに閉じる。
「貴重な情報をありがとうざいました。」
2人は手を合わした。尊き命から得た情報を決して無駄にはできない。
「他に生存者が居ないか見て回ろう。」
「うん。」
2人は再び村を捜索した。しかし生存者を見つけることはできなかった。
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