第61話 セリカの秘密

 「そうか。シリア君もセリカ君の魔法の事を知らないのか。」

 「・・・はい。タイミングを逃したというか、聞きそびれたというか・・・。」


 2人は巨樹の魔術中央図書館アバンダントセントラルライブラリーの下で、シャノハから頼まれた資料を探している途中だった。


 「2人はとても仲が良いからてっきり知っているかと思っていたよ。なぜセリカ君が言霊も詠唱も無しで魔法が使えるのかをね。彼女は魔法力も戦闘技術もそこらの生徒と比べて群を抜いている。だから――」


 ジェシドは思わず口をつぐんでしまった。シリアがとても悲しそうな顔をしていたからだ。


 「あ、ごめんっ!無神経なことを・・・。」


 シリアはフルフルと首を振った。


 「いえ、当然ですわ・・・。友達とはいっていますが、私はセリカのことを全然知らないのですから。」

 「知りたいと思わないの?」

 「知りたいです。セリカのことをもっと理解したいです。でも・・・」


 シリアはギュッと唇を噛んだ。


 「でも、言霊や詠唱の話をすると、セリカはとても悲しい顔をするのです。悔しそうな苦しい顔です。だから・・・。そんな顔をさせたくないから私からは聞けません。」

 「優しんだね、シリア君は。」

 「いえ。ただ、臆病なだけですわ。もし聞いたとして拒否られたら、と思うと動けない臆病者です。」

 「そんな――」


 シリアにかける言葉が見つからないことにジェシドは落胆した。自分にも経験があるからだ。知っても理解することができなくて、見ていないフリをして逃げてきた過去が。

 そんな自分の背中を押してくれたのはセリカだ。弱いところを指摘し立ち上がるきっかけをくれた。でも、そんな彼女に自分はどんな言葉をかけられるだろう。


 「でもね、ジェシドさん。」


 呼ばれた先には泣き笑いに近いシリアの顔がある。


 「セリカは私の式神をとても大事に扱ってくれるのです。同じ目線で話してくれるんです。私と式神は使役する者とされる者ですが、それ以上に大事な家族のようなものです。

 セリカは初めから私の式神を精霊としてではなく、1つの命として扱ってくれました。私はそれがとても嬉しかったのです。」

 「うん、分かるよ。信江さんにも敬意を払っていた。なかなかない感覚だと思ったよ。」

 「えぇ。セリカは精霊を何よりも大事にしていると思うのです。それを自分は使役できない・・・。きっととても悲しくて寂しいことだと思うのです。」

 「・・・。」

 「できれば、セリカの笑顔を見ながら精霊の話を一緒にしたいですわ。だから今は・・・ただ寄り添い待とうと思っています。」

 「うん・・・。大丈夫。きっとシリア君の気持ちはセリカ君にも伝わっているよ。」

 「えぇ!」


 シリアの顔に笑顔が浮かぶ。その様子にジェシドもホッとした。

 この大きな樹にセリカの笑顔を取り戻す文献があればいいのに。それを読み解いて力になれるのが自分であればいいのに・・・。

 ジェシドは頭を振る。そして目的の本を探す為、意識を集中させた。







 「ソフィア・・・様。」

 「好きに呼んだらよい。言ったろ、名前なぞ人の認識でしかない。シャノハなぞ、じじぃと呼ぶからのう。」

 

 残された2人は、巨樹の根に腰を下ろし優しい風を受け止めている。


 「じゃぁ、ソフィア。」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ。何じゃ。」

 「なぜ、私が言霊も詠唱も唱えられないと分かったんだ?いや、あなたは『必要としない』という表現を使った。」

 「ふぉっふぉっふぉ。人よりちょっと長生きで、人よりちょっと知識量が多いからかのう。なんせ、叡智の賢者じゃから。」

 「・・・答えになっていない。」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ。では、お前さんのような存在を見るのは初めてではないから、というのは答えになるかの。」

 「やはり知ってるのか!?」

 「ふむ。知っていると言えば知っているが、知らないと言えば知らんのう。

 叡智の賢者といえど、すべてが視えるわけではない。」


 セリカは意を決する。


 「小さい頃は言霊も詠唱もできたんだ。私は他の子と比べてエレメントの発現がとても早かったらしい。」

 「ほうほう。」

 「多分、それは母さんの影響が大きかったんだと思う。母さんは精霊と話をすることができて、魔法を使わなくても精霊の力を生活に取り入れることができる人だったんだ。そんな母さんの傍にいたから、私も自然と精霊を身近に感じることが多かった。」

 「ふむ。母は精霊の姿が見えておったと。」

 「見えていたと思う。よく何もないところを見ながら楽しく話をしていた。」

 「ふむ。魅いられ受け止めし者か。」

 「それ、父さんが言ってた・・・!」

 「世の中には精霊を使役するのではなく、支配する者がおる。それを魅いられ受け止めし者と呼ぶ者もいた。はて、他に何と呼ばれておったかのう。」

 「ソフィアは、それが何なのか知っているのか!?」

 「何じゃったかのう。どこかの文献で読んだ気がしたが、昔すぎて忘れたのう。きっとこの中にその文献があるんじゃろうが。」


 セリカは上を見上げた。

 本の仮の姿である葉が震えている。言霊も詠唱も言えない自分がこの中からその答えを探し出すには、途方もない時間と根気が必要だろう。


 「私は幼少時代の記憶がとても曖昧なんだ。当時のことを思い出そうとしても、夢の中の話なのか現実の話なのか見分けがつかないことが多いんだ。

 頭の中に濃い霧が充満しているみたいで、それが本当なのか違うのかも分からないことがある。だから自分のことを自信を持って人に伝えることができないんだ。」

 「ふぉっふぉっふぉ。それは難儀じゃのう。」


 ソフィアは長い髭を何度もさすっている。セリカは少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 こんな話をされても人は困るだろう。同情され、面倒がられるかもしれない。

 だけどソフィアは笑っている。そんな問題、何てことないように。それだけで胸に詰まっている大きなしこりが消えていくのを感じ、口元に笑みさえ浮かんだ。


 この話をしたのは2回目だ。そして1回目はおっしょうだった。


 「笑わない。受け止める。だから話せ。」


 いつものニヤリとした表情ではなかった。セリカの目線に合わせ瞳をじっと覗き込まれた。

 その真剣な目に、姿勢に、初めて大粒の涙を流しながら吐き出すことができたのだ。


 「当時、私にはとても仲の良い子がいたんだ。性別も顔も覚えていない。でもとっても、とっても大事な存在だったのは確かなんだ。」

 「ほう。名前すらもか。」

 「・・・。いや、名前は今でも覚えている。でも・・・。」

 「言ってはダメだと言われたのじゃな。」

 「なぜそれを・・・!?」

 「ふぉっふぉっふぉっふぉ。なるほど、なるほど。」


 ソフィアは杖をカツンと鳴らす。


 「何を知っているのか教えて欲しい。とても大事な子だったんだ。

 でも・・・それが本当か夢なのか・・・自分でも自信が持てないことが悔しいんだ!!自分がとても浮ついた人間に思えて苦しいんだっ!!」


 セリカには珍しい悲痛な声音だった。

 過去の記憶が曖昧なせいで、言霊や詠唱が言えないせいでたくさんの感情を押し殺してきたのだ。

 セリカの必死な形相に、しかしソフィアは眉一つ動かさなかった。


 「それは精霊のマナじゃよ。」

 「マナ・・・?」

 「真の名と書いてマナじゃ。精霊の大事なものなんじゃよ。」

 「真名マナ・・・。それはどういうものなんだ?」

 「この世界には大きく分けて4つの精霊がおる。火精霊サラマンダー水精霊ウンディーネ土精霊ノーム風精霊シルフ

 その精霊を使役し、魔法を使うのが我ら魔術師ウィザードじゃ。

 でもな、その4つはただの種類でしかない。精霊も人間と同じようにその種類を持った幾多の生命ということじゃ。」

 「生命・・・。」

 「人は魔法を使うために精霊を使役する。物として生業として扱っておる。

 精霊には人間のような知恵はない。だから自分の力を様々な形に体現できる人間は確かに必要じゃった。でも精霊にだって感情はある。」

 「もちろんだ、精霊は人の玩具ではない。」

 「そう思っている人は実は希少なんじゃよ。じゃないと魔術師ウィザードなんて職業がこの世に生まれてないからのう。

 共存はいつしか主従関係になった。それを疑問に思う精霊と思わない精霊が分かれることは必然だったんじゃよ。」

 「・・・。」

 「あまつさえ、自分の感情を植え付け感情を奪い、殺戮機械のように扱う咎人とがびとという存在も現れた。精霊王にとってそれは脅威であり、侮辱であった。」

 「精霊王・・・。知っている。その子が教えてくれた。親のような存在だと。」

 「精霊王は精霊を統べし存在、生み出す存在じゃ。その存在があってこの世界が成り立っておる。」


 セリカはコクンと頷いた。幼少期の記憶が少しだけ鮮明になる。


 「使役とは精霊の力を少しばかり人間に貸すだけじゃ。精霊の力は人間が思っているよりはるかに巨大で神聖なものじゃ。それを全力で扱うとなるとまず人間の身体は壊れてしまうじゃろうなあ。

 もちろん、精霊の力を存分に扱えるように人間も努力しているがな。それが魔法力の器であったり、上級魔術師ハイウィザードであったりじゃな。

 ただ真名マナを知るのと知らないとでは格が違いすぎる。真名マナとは精霊の使役ではなく支配なのじゃ。」

 「支配・・・」

 「支配なんて穏やかな言い方ではあるが、決してその精霊の力を奪うとか強制とかではないぞ。精霊自らがその人間に全てを委ね受け渡すことを言うのじゃ。

 精霊と一体になった魔法は、とてつもない威力を持つと言われておる。」

 「私はそんな力を使ったことはない。」

 「使う使わないは関係ない。問題は、真名マナを教えるか教えないかじゃ。

 真名マナとは精霊の力そのもの。簡単に教えていいものでは決してない。

 真名マナを伝えるということは、その人間を誰よりも信じ、自分を託す親愛の証拠だともいえるのじゃ。

 真名マナを知っている魔法とそうでない魔法には雲泥の差がある。」

 「あの子が・・・。」

 「記憶が曖昧と言ったな。それには何かしらのきっかけがあったはずじゃ。」


 セリカは胸の辺りをギュッと強く握りしめた。制服に幾つものシワが波打つ。


 「ここにある魔障痕を付けられた時からだ。」


 いつもなら触っても何も感じない傷が、今は疼いているような気がした。


 「手をどけろ。」


 ソフィアはセリカが握っていた場所に手をかざす。そして意識を集中しはじめた。 

 ソフィアの手から温かな空気を感じる。


 しかし――


 「うぐぅっ・・・・!!!!」


 思わずセリカは仰け反る。そして後方へ飛びのいた。それは痛みからくる自然反射のようなものだった。


 「ほう。拒否するか。」

 「痛っっ!!」


 魔障痕が疼いている。この数年は痛くも痒くもないただの傷だったのに。


 「ソフィア、何をした・・・。」

 「情報を得ようとした。しかし拒まれたのう。」


 ふぉっふぉっふぉっふぉ。と言いながら髭を触っている。


 「情報・・・?」

 「あぁ。誰に与えられた傷なのか、それが今どこにおるかとかの情報じゃ。」

 「そんなことまで分かるのか!!私はこの魔障痕を付けた霊魔を探し出し、殺すことが目的なんだっ!!」

 「落ち着け。 言ったろう、拒否られたと。

 どうやらワシの魔法であってもダメのようじゃのう。これはこれはまた難儀じゃのう。」

 「くっ・・・・!」


 セリカは制服の上から魔障痕を握りしめる。忌々しい傷は未だに疼きを止めない。

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