第59話 ジェシドの魔法

 シリアの合図に信江さんがゆっくりと下降しはじめた。羽をおさめるいい場所を見つけたのだろう。

 地上に降りたセリカたちは、劫火渓谷デフェールキャニオンを越え、ここまで届けてくれた絹江さんにお礼を言った。


 「ありがとう、絹江さん。ゆっくり休んでくれ。」


 ジェシドが取り出したフラフープのアイテムで絹江さんを小さくすると、シリアは大事そうに絹江さんを胸元にしまい込んだ。


 「ここが・・・魔術中央図書館アバンダントセントラルライブラリーなのか?」


 訝しむのも無理はない。3人が立っている場所はただの森の中に違いなかったからだ。

 四方の視界に建物らしきものは一切見当たらない。ただ緑が広がっているだけだった。


 「遠くから見た時は、大きな山かと思いましたわ・・・。」

 「うん、僕も。でもこれは山でも森でもない・・・。」

 「なんて・・・なんて巨大な樹なんだ!」


 3人の目の前には、樹の幹が数十メートルに及ぶ巨樹が聳え立っていた。巨大な幹から全方に伸びる枝の行方は計り知れず、枝には瑞々しい葉がビッシリと並んでいる。

 辺りが薄暗いのは、上空にある空はおろか太陽の陽さえ届かないほど密集した緑のせいだろう。

 幾つもの樹が群生しているのではない。それはただ1本の樹木だったのだ。



 3人は太く長い幹に向かって歩きはじめた。葉と枝でいっぱいの視界に目指すべき場所が見当たらなかったからだ。


 3人の足音だけがやけに響く。その理由はこの場所の静けさにあった。

 葉を揺らす風の音も、枝に止まる鳥たちの羽ばたきも聞こえない。緑で埋め尽くされた薄暗い無の空間がそこにはあった。

 決して居心地の良い場所ではないだろう。しかし、恐怖や畏怖は感じない。不思議と懐かしささえ呼び覚ます匂いに覚えがあった。

 これはどこで感じた記憶だろうか・・・。脳が記憶を辿った先に一つの場所が思い浮かんだ時には、言葉が勝手にこぼれ落ちていた。


 「・・・書物庫。」


 無意識に口が動いたことに、セリカ自身が1番驚いた。


 「セリカ君?」

 「書物庫・・・ですか?」


 2人がセリカを見ながら首をかしげている。


 「あぁ、すまない。急に声を発してしまって・・・。」


 脈絡のない発言で2人を驚かせてしまったことに詫びたセリカだったが、意外にも返ってきたのは同意の反応だった。


 「あぁ、確かに・・・!書物庫や図書室の感じだ!」

 「なるほど!しっくりきますわ!」

 「じゃあ2人も・・・?」

 「うん。この雰囲気、どこかで感じたことあるなと思っていたんだ。でも、この広大に広がる緑と図書館が結びつかなくてムズムズしていたんだ。」

 「私もですわ。この薄暗い森を怖いと形容することもできますが、私はそうではありませんでした。どこか落ち着くというか、馴染みある空気だと思っていたのですの。」

 「本を好む人と、そうでない人でこの場所の感想はきっと違うんだろうね。・・・そうか、じゃあやっぱりここなんだよな・・・。」


 口ごもるジェシドはキョロキョロと周りを見た。


 「どうしたんだ、ジェシド?」


 「僕は勝手な想像で魔術中央図書館アバンダントセントラルライブラリーという大きな施設がこの場所にあると思っていたんだ。世界で1番大きな図書館というぐらいだから、それこそ巨大な施設がね。

 でも・・・そういった建造物はどこにも見当たらない。どこに図書館があるのか見当もつかないよ。」

 「同感ですわ。私もここが魔術中央図書館アバンダントセントラルライブラリーと言われても、未だにピンときませんわ。」


 歩きながら周りを確認していた3人だったが、誰一人として建造物らしきものを見つけていない。見逃したということはないだろう。


 「もう1つ、気になっていることがあるんだが・・・。」


 シリアとジェシドは、セリカが指さす方向を見る。


 「あの大きな幹なんだが、まったく近づいている様子が見られないのは私だけか・・・?」


 かれこれ30分は歩いている。しかし、最初の目的地とした太く大きな樹の幹は変わらない距離感で聳え立っていた。


 「そういえばそうですわ。距離が縮まった感じがしません。」

 「確かに・・・。いつまで歩けばあの幹へ辿り着けるんだろう?」

 「歩いても歩いても目的地に着かない上、例え幹に辿り着いたとしても、あそこが図書館という保証もないしな。」

 「そんなぁ。それを聞いたら途端に疲労が襲ってきましたわ・・・。」

 「じゃあ、シャノハ博士からもらった紹介状も一体誰に見せればいいんだろうか。紹介状というから管理人的な人がいるのかと思ったんだけど・・・。」


 ジェシドはカバンから1枚の封筒を取り出す。


 「中身に、誰に宛てた紹介状なのかは書いてはいないのか?」

 「僕が開封したら失礼になるかもしれないと思って、開けてはいないんだよ。」


 ふむ、と言いながらセリカはジェシドから封筒を受け取る。そして、躊躇なく開封した。


 「あっ!セリカ君・・・?!」

 「相変わらず怖いもの知らずですわね・・・。」


 ビリビリと音を立てて開封した封筒の中からは1枚の紙が出てきた。

 3人は一斉に覗き込む。


 「こ、これは・・・。」

 「・・・文字?それとも、絵ですかね?」

 「どちらが正しい向きなのかも分らんな。」


 紙には一筆書きで書かれたサインのようなものが描かれている。あらゆる方向から見ても、文字として判別することは難しそうだ。


 「これが紹介状?ただの落書きだぞ。」

 「私たちに渡す紙を間違えたのでしょうか・・・?」

 「う~~ん・・・シャノハ博士がそんな失敗をするかな・・・。」


 腕を組み、眉をひそめたセリカは脳内でシャノハを思い出した。

 だらしない恰好に無精ひげ、クエストを受託した時にみせたいい加減な態度・・・


 「渡すはずだった紹介状が違ったんだろう。」


 セリカの断言に庇う声は聞こえない。少なからず残り2人も、その可能性を否めないのだ。


 「参ったな。今から戻ることもできないし・・・。」

 「ふぅー。私、喉が渇きましたわ。」


 シリアは休憩の為、その場に腰を下ろそうとした。


 「あぁ、シリア君。そのまま座ったら服が汚れちゃうよ。ちょっと待ってて。」


 そう告げるとジェシドは両手を地面に向ける。


 「ALL Element 土精霊ノーム。」


 地面に土精霊ノームを呼ぶ紋章が描かれ、オレンジ色の光に輝き始める。

 その時、紹介状を持ったセリカがある異変に気付いた。


 「造形モダナ 椅子セディア


 ジェシドが出した紋章から土がどんどんと隆起しその姿を変えていく。そして土はあっという間に、小さな可愛らしい椅子としてその場に現れた。


 「わぁ、可愛い椅子ですわ!」

 「土で作った模造品だけど、僕の視覚と触覚をイメージして発現しているから座り心地も悪くないと思うよ。」


 シリアは早速椅子に座り、足を伸ばした。


 「直に座るより全然いいですわぁ。触り心地もいいですし。

 ジェシドさんの魔法、初めて拝見いたしました。土の造形を操るのですね!」


 「うん。見たことや触ったこことのある物なら模造することができるんだ。でも、僕は元々魔法力の器が小さくて、造形した物は耐久性や持続力に欠けるんだ。

 だから造形魔法を使うより、アイテムを作ったり研究したりする方が性に合っているかもね。ただ、造形魔法はイメージが大事だから、その点は研究にも役立っていると思う。」

 「じゃあ、動物も造形できるのですね!今度、絹江さんにお友達を作ってくださいな。」

 「もちろん、と言いたいとこだけど・・・。僕が作った動物の模造品は動かせないんだ。命を宿らせられない、ただの置物としか使えない・・・。ごめんね、僕もシリア君みたいに優秀だったらよかったんだけど。」

 「とんでもないですわ!ジェシドさんの魔法も十分にすごいです。イメージの反映は、私のこれからの課題でもあります。ぜひ参考にさせていただきますわ。ねぇ、セリカ!」


 同意を求め振り返ると、紹介状を見つめるセリカの横顔があった。


 「セリカ・・・?どうかされましたか?」

 「さっき、紹介状に書かれてある落書きが光った。」

 「えっ!?セリカ君、本当かい!?」

 「あぁ。ジェシドが椅子を作り出した時、ずっと光っていた。」

 「いつまで光っていたんだい?」

 「椅子が現れた時にスゥゥッと消えていったぞ。」


 ジェシドは腕を組み手に顎を乗せて紹介状を見つめる。今は何の反応もしていないようだ。


 「もしかしたら・・・言霊?」


 ジェシドが1つの仮説を口にする。


 「言霊・・・ですか?」


 「うん。試す価値はありそうだ。セリカ君、ここに紹介状を置いてくれないか?」


 セリカは言われたとおり、ジェシドが指さす場所へ紹介状を置いた。


 「紹介状の下に言霊と詠唱を唱えて、紋章を発現させてみよう。」


 両手を地面にかざし深呼吸をしたジェシドは、静かに息を吐き出した。


「ALL Element 土精霊ノーム


 紹介状の下に土精霊ノームを呼ぶ紋章が描かれ、オレンジ色の光に輝き始める。

 すると、紹介状の落書きが淡く光り始めた。


 「反応しましたわ!」


 しかし、光るだけで周りに変化は見られない。


 「くっ・・・!反応はしているのに・・・!ということは、足りないのか・・・?」


 ジェシドはシリアとセリカに向かって叫んだ。


 「2人もここで言霊と詠唱を唱え、精霊を使役させてみてくれっ!多分、僕だけの魔法力じゃ足りないんだ!」

 「あ・・・。」


 セリカの瞳が揺れる。その小さな動揺をシリアは見逃さなかった。


 「セリカはここで周りの変化を教えてください。ジェシドさん、私がお手伝いします!」


 シリアも紹介状に向け手をかざす。


 「ALL Element 土精霊ノームッ!!」


 さらにオレンジの光が強くなる。その力に呼応するように落書きの光もまた強く光り始めた。

 シリアはさらに魔法力を強くしていく。その力に驚いたジェシドは思わずシリアの方を見た。


 (すごい・・・!一瞬でここまで魔法力を増大させるなんて・・・!あの小さな体にどんな魔法力の器が備わっているんだ!?)


 その時、セリカの声が響く。


 「2人とも!向こうの幹が・・・光っている!」


 その言葉に、遥か向こうに聳え立つ幹に視線を移そうとしたジェシドは迫りくる白い光に思わず目を瞑った。

 キャッ!とシリアの小さな叫び声が聞こえる。2人も同じ状況下にあることを予想したジェシドは瞼の裏に映る強烈な光がおさまるまで、そのままの体勢を保った。


 ゆっくりと視界が暗くなっていく。しかし、ギュッと瞑った目を開ける前に感じたのは、風にそよぐ葉の音だった。そして体に触れる微風と暖かな日差し。

 ゆっくりと目を開けたジェシドの視界には大きく伸びる影が見える。影はどこまでも向こうに伸びていた。影の正体があの巨大な幹だと気づいた時、聞き慣れた声が届いた。


 「大丈夫か、ジェシド。」


 見上げればシリアとセリカが心配そうにジェシドを見つめていた。いつの間にか座り込んでいたらしい。

 ジェシドはすぐに立ち上がった。2人とも実戦バトルクラスとはいえ、男の自分が1番反応が遅れたことに羞恥心を覚えたからだ。

 そして、立ち上がった際に触れた感触にジェシドは首を振った。


 そこには白っぽい色の縦の裂け目が幾つも入った樹皮があった。

 所々に黒ずんだ節目にはカサカサとした樹皮がめくれている。それは荒々しさの中にどこか誇らしげで深い矜持を持った老輩の手に似ていた。


 「いつの間に幹がこんな近くに・・・。」

 「私たちも気が付いたらここに居た。でもさっきと場所とは微妙に空気が違うんだ。」

 「えぇ。図書館の雰囲気は残っていますが、ここは風も吹いてるし陽も差しています。だから先ほどの場所より暖かいのですね。」


 ジェシドは上を見上げる。枝や葉の隙間から木漏れ日がさしている中に、鳥の声も聞こえる。自然豊かな森の中だ。


 「ジェシドさんの仮説が当たりました。さすがですね。」

 「いや、シリア君の魔法力のおかげだ。僕だけの力じゃ、きっと無理だった。」


 セリカの俯く気配がする。


 「確かに事態は変化した。でも問題はまだ解決していない。」


 目標とした目的地には着いた。しかし未だに建造物などは見当たらないのだ。


 すると――


 「お前さんらかぃ、ワシを呼んだのは。」


 空から聞こえた声に3人は上を見上げた。

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