第57話 準備と葛藤

 豊かな緑に覆われた道を抜けると、乾いた岩壁や微風に舞う砂ぼこりが目立つようになってきた。岩肌には赤褐色の土が混じり、乾燥した空気が5人の間をすり抜けていく――。


 「テオ君たちは、まずどこを調査しようとしているんだい?」

 「まずはやっぱり霊魔の目撃情報が多かった村かな。どんな姿をして、どんな様子だったか聞いてみようと思っているんだ。」

 「今回は目撃情報が多いですから、霊魔に繋がるお話がたくさん聞けそうですわね。」

 「そうだな。話を聞いて出現場所を絞っていけれたらいいなとは思ってる。それに劫火峡谷デフェールキャニオンにもぜひ行ってみたいよなぁ。

 何たって火精霊サラマンダー霊域サクラだからな!」

 「鈍感なテオが霊域サクラに行ったとして、何か感じれるとは思いませんけどね。」

 「なんだと、チビッ子~!オレの溢れ出る才能が開花しても見せてやんねーからな!!」

 「結構ですわ。あと、チビッ子って言わないでくださいまし!」

 「まぁ、まぁ・・・」


 前方に歩く3人は楽しく歓談しながら歩いている。

 そんな3人とは対照的に、数メートルの距離を取りながら歩くオルジの足取りは重そうだ。

 早くも遅くもないセリカは自然とオルジとの距離が近くなった。


 「・・・僕に気を遣わないでいいから先に行きなよ。」


 オルジがボソっと呟く。セリカは振り向いたが、真下を向いて歩くオルジの目どころか顔さえも確認できなかった。


 「別に気を遣っているわけではない。気を遣う理由もないからな。」

 「・・・。」

 「それより、初めて話しかけてくれたな。私は――」

 「知ってる。セリカ、でしょ。」


 ぶっきらぼうに話すオルジは、ずれたメガネの位置を戻す。下を向いたまま歩くからだろう。


 「最近、テオとシリアの口からあんたの名前がしょっちゅう出てくるから・・・。仲良くしているみたいだね。」

 「確かによく一緒にいるな。2人とも学園のことを色々と教えてくれるんだ。とても助かっているよ。」

 「・・・ふぅーん。」


 セリカの話に大して興味のないオルジは再び黙った。


 「私もオルジのことは聞いているぞ。テオのグローブを作ったんだろう?テオがとても大事にしてて作った人のことを自慢していた。あれはオルジのことだったんだな。」

 「・・・そんな大した道具じゃないよ。」

 「そんな事はない。私は魔術具を持っていないからその辺の知識はあまり無いが、テオの真っ直ぐな気持ちがあのグローブに伝わり威力を倍増しているように感じる。」

 「・・・。」

 「相性がいいっていうのは、ああいうことをいうんだろうなと思ったよ。」

 「・・・。」

 「・・・。」

 「・・・そりゃあ。」

 「ん?」

 「そりゃそうだよ。テオは頭より先に体が動くから瞬発的な力を最大限に引き出すように改良してあるんだ。あとテオの手のサイズをミリ単位で測って作った完全オーダーメイドだから、意識しなくても繰り出す拳は常に最大火力だ。他にも、って、何見てるんだよ。」


 セリカの視線に、オルジは話過ぎたと目つきを鋭くした。


 「いや、やっと目が合ったなって。」


 ニッと笑うセリカに、オルジは慌てて下を向いた。


 「人を想った道具を作れるんだ。自信を持って顔を上げればいいじゃないか。」

 「ふん、ただの落ちこぼれさ。実際、高等部からは実戦バトルクラスに入れなかったんだから。」

 「確か、テオが入学式の日に話してくれたな。誰もが実戦バトルクラスに憧れているが、技量が伴わないと落ちてしまうのだと。」

 「力が足りなくて創造クリエイトクラスに転科になったのが僕のことさ。」


 オルジはぶっきらぼうに嘲笑った。


 「対等でいたかった。今までずっと隣を歩いてきたのに・・・。一緒に背中を合わせて戦いたかったのに・・・。」


 グッと握った拳が震えている。


 「オルジは学園を辞めたいのか?」


 あまりにも直球な質問に、思わずオルジは顔を上げる。そこには純粋に興味を示すセリカの眼差しがあった。


 「例え2倍のポイントを稼いでも僕が戻るのは創造クリエイトクラスだ。実戦バトルクラスに入れるわけじゃない。

 僕にはテオやシリアみたいに戦う力がない。負い目を感じながらアイツらの隣にいるのが・・・情けないんだ。」

 「道具で支えることも立派な役目だ。それに、テオとシリアはそんなことを気にしないだろう。」

 「そんなこと分かってる!誰よりも付き合いが長い僕が1番分かっているさっ!」


 オルジの大声に前を歩いていた3人が驚いて振り返った。


 「なら――」

 「あんたみたいに、魔法が強くて戦闘センスがある人間に僕の気持ちが分かるはずない・・・。」


 オルジは歩くスピードを速めた。セリカの前を通り過ぎると、前にいる3人さえ追い越して歩いて行ってしまった。


 「セリカ・・・?」


 シリアが駆け寄る。


 「どうされました・・・?」

 「・・・そういうつもりはなかったんだが、怒らせてしまったようだ。」


 そこにため息が聞こえてきた。一緒に駆け寄ってきたテオだ。


「いや、セリカのせいじゃねーよ、きっと。最近ずっとあぁなんだ、アイツ・・・。ったく、何が気に入らないんだよ・・・。」


 腰に手を当てながら、テオは先を歩くオルジの背中を見つめる。

 テオは鼻から大きく息を吸い込むと、口から細長くゆっくりと息を吐きだした。


 「進もうぜ。もう少ししたら大きな平野に出るみたいだから。」


 気を取り直し4人は進む。そして歩みを進める度に、周りの自然環境が少しずつ変わってきていることに誰もが気づいていた。

 肌に触れる空気が少しずつ暖かくなり、ぶわりと吹き上げる風はすでに冷たさは感じない。

 先に歩いていたオルジの姿が見えた。どうやらテオの言っていた広い平野に出たみたいだ。


 「この平野は分岐して村にも劫火峡谷デフェールキャニオンにも行ける場所だ。僕たちが一緒に行けるのはここまでだ。」


 地図から顔を上げたジェシドが確認をする。


 「テオ君たちはここから北東に進んだ先に例の村があるようだ。劫火峡谷デフェールキャニオンに入るのはいいけど、無理しないようにね。」

 「おお!ありがとうな!火蜥蜴ひとかげの粉もあるし、何かしら掴んで帰ってくるぜ。

 それより、そっちはどうやって劫火峡谷デフェールキャニオンを越えるつもりなんだ?空路って言ってたけど・・・。」

 「そうだった。結局どうやってACLに辿り着くつもりなんだ、ジェシド。」

 「なんだよ、セリカも知らないのかよ。そんなんで大丈夫か~?」

 「ふむ。ジェシドが大丈夫って言っていたから任せていた。一体どんな方法を使うんだ?」

 「うん、じゃあやってみよう。シリア君、式神の準備をしてもらっていいかな?」

 「あ、はい!!分かりましたわ。」


 そう言うとシリアは胸元から1枚の紙を取り出した。この前に見せてくれた折り鶴の式神だ。


 「なんだ、これ・・・?もしかして折り鶴か?これでどうやって劫火峡谷デフェールキャニオンを越えるんだよ?」

 「折り鶴じゃありませんわ、鶴です!」

 「いや、これはただの折り鶴だろ!?」

 「もう、うるさいですわ!!」

 「まぁまぁ・・・。じゃあ先にこの式神に火蜥蜴ひとかげの粉を振っていくね。」


 小瓶から一つまみ取り出すと、式神にまんべんなく粉を振っていく。その様子を4人はジッと見つめた。

 しばらくすると、式神に淡く薄い赤色のオーラがゆっくりと纏わり始める。しかし数秒後、そのオーラはゆっくりと消えていった。


 「赤い靄が消えた・・・。」


 その後、変化のない様子に不安を覚えジェシドを見るが、彼はカバンから何かを取り出し、着々と準備を進めている。


 「大丈夫。しっかりと粉の効果は付いているよ。さて、じゃあシリア君、ここに式神をお願いするよ。」


 コクンと頷いたシリアはジェシドに言われる通りに式神を地面に置くと、両手をかざし言霊と詠唱を口にした。


 「ALL Element! 土精霊ノームッ!」


 土精霊ノームを呼ぶ紋章がオレンジ色の光に輝き始める。

 シリアは声高らかに魔法を発現させた。


 「縁鶴セレーノグルッ!!」


 眩いオレンジの光からゆっくり現れたのは、しなやかな翼と長く細い脚を有し、純白に身を包まれた美しい鶴・・・ではなく、入院見舞いなどでよく見る千羽鶴の1羽、すなわち折り鶴がそのまま大きくなった式神だった。


 「鶴ぅ?」

 「折り鶴だね・・・。」

 「・・・。」

 「立派な折り鶴だ!」


 一様の感想にシリアは頬をプルプルと震わせた。


 「本物の鶴を見たことがないんだから仕方ありませんわっ!!」


 涙目で訴えるシリアはまるで小動物のようだ。そんな姿を誰が責められようか。


 「かわいい・・・とか思ってんじゃねーよ、テオ。」


 オルジが小さな声で呟いた。図星の言葉にテオがビクリとする。

 反射神経でオルジを捕まえようとするが、オルジは既にテオの間合いから逃げていた。


 「おま、・・お前、何言って・・・っ!!」

 「ホント、昔から分かりやすいよね、テオは。」

 「ち、ちが・・・!」

 「ははは!アホ面・・・!!」


 顔を真っ赤にするテオに、オルジが屈託のない笑顔を見せている。今まで不機嫌な顔しか見ていないセリカにとって、それは初めて見たオルジの笑顔だった。


 「あんな風に笑うんだな、オルジは。」

 「幼馴染ですからね、あの2人は。いつもああやってじゃれ合っていますわ。」

 「良かったよ。あの2人とはこれから別行動だから心配していたけど、杞憂だったみたいだね。」


 ジェシドもテオとオルジが心配だったのだろう。


 「あんなケンカ、しょっちゅうですわ。本当にお騒がせな2人ですこと!」


 口ではそういいながらも、シリアにも安堵の表情が見てとれた。


 「しかしジェシド。式神は用意できたが、この大きさに3人は乗れないぞ。どうするんだ?」


 シリアが出した式神は手のひらサイズから小型の自転車ほどの大きさになったぐらいだ。


 「うん。僕が開発したこれを使うんだ。」


 そう言ってジェシドが取り出したのは、直径50センチほどの輪だった。


「小さなフラフープ?・・・あら、柔らかいですわ。」


 輪をツンツンと触ってみると、伸縮性のあるゴム素材のような感触をしている。


 「持ち運びに対応できるように、ここの繋ぎ目で大きさを調整できるようになっているんだよ。」


 輪を伸ばしたり縮めたりしながらジェシドはアイテムを手に取った。


 「これは輪の容積を対象物に置換できるアイテムなんだ。直径は0センチから80センチ。高さは最高2メートルまで設定できるようにしてある。直径と高さの数字を決めた円柱の容積分、対象物の大きさを大きくしたり小さくしたりすることができるってことだ。円柱の体積の求め方は、半径×半径×円周率×高さで求められる。求めた数字の容積分を注いで物体の質量を変えることができるんだ!」


 「・・・。」

 「・・・。」

 「??」

 「・・・・すごい発明ですね。」


 唯一、オルジだけが反応する。


 「おぃっ、オルジ!!今の分かったのかっ!??」

 「まぁ、原理は・・・。でも構造は全くだよ。とりあえず物を大きくしたり小さくしたりできるアイテムだってことだよ。」

 「へぇ~~。」


 思わず3人の声が揃う。


 「オルジ君の言うとおりだ。とりあえず難しい話は置いておいて、この輪の中にシリア君が出してくれた式神を置いてボタンを押すと――」


 式神を輪の中心に置いたジェシドがスイッチを押す。

 すると輪がどんどん小さくなり、逆に中心に置いた式神がどんどんと大きくなっていった。


 「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


さっきまで見下ろしていた式神が目の前でどんどんと大きくなっていく。その様子に4人は声を上げた。


 「輪の容積分を対象物に置換するから輪は小さくなる。これでどこでも物体の大きさを変えることができるんだ。」


 あっという間に式神が大型の自動車ほどの大きさとなってその場に現れた。


 「信江さんが・・・、大きくなりましたわっ!!」

 「信江さん・・・!」


 (信江・・・?!)

 (信江・・・。)


 「ほう。シリア君、この式神は信江さんというのかい?」


 (!!?)


 「えぇ、信江さんは絹江さんとお友達なのですわ!」

 「本当か!?」


 セリカは大きくなった信江さんの頸に優しく触れる。


 「初めまして信江さん。絹江さんにはお世話になった。会ったらよろしく伝えてくれ。」

 「へぇ~~ステキだね、シリア君の魔法は!」

 「ありがとうございます!」


 (順応早くないかっ!?)


 信江さんを囲んだ3人が楽し気に話している中、テオとオルジはその輪に入ることはできなかった。


 「え・・・?ついていけてないのはオレだけか・・・?」

 「・・・大丈夫。テオの反応が普通だよ。」

 「だよな・・・。セリカもジェシドも受け容れるの早すぎねーか。」

 「相変わらず渋い名前だね、シリアの魔法。」

 「見た目と名前のギャップがありすぎるんだよなぁ、いつも。」

 「それでも・・・」

 「ん?」

 「魔術具を使用しているといえども、あのレベルの魔法発現を淀みなく維持できるって並大抵のことじゃないよ。魔法力の器がさらに大きくなっている証拠だ。」

 「まぁ、確かにな・・・。シリアの魔法力の大きさはオレを軽く凌ぐからな。」

 「・・・さすが実戦バトルクラスだね。」

 「オルジ・・・?」

 オルジの顔に影が差した時、シリアの声が2人に届く。


 「テオ、オルジ!!こちらに来てくださいなっ!」

 「あっ!おい、オル――」


 テオが呼び止める前にオルジはさっさと歩いて行ってしまった。

 火蜥蜴ひとかげの粉を互いに掛け合う3人の元に、テオも急いで後を追った。


 「――よし、これで準備は整った。」


 火蜥蜴ひとかげの粉を振った効果により3人の周りには淡い赤色の靄が少し残っている。しかし、その靄はゆっくりと消えようとしていた。


 「おう。ジェシド、シリアとセリカを頼むな!」

 「うん、テオ君とオルジ君も気を付けて。」

 「シリア、気を付けてね。」

 「えぇ、オルジも道中ケンカばかりしてはいけませんよ。」

 「2人とも、健闘を祈る。」

 「おお、セリカもな!」


 3人は信江さんの背にそれぞれ乗っていく。セリカは再び信江さんの頸を撫でた。


 「信江さん、しばらく背を借りる、よろしく頼んだ。」


 くりんとしたアーモンド形の目と長いまつ毛が震えると、信江さんが大きく翼を広げた。例え本物のようなしなやかな翼ではないとしても、大きくなった信江さんの翼は十分に美しく迫力があった。


 ぶわりと風が舞う。地面から少しずつ足が離れ、更に信江さんは翼をはばたかせた。

 砂ぼこりが入らないように片目を瞑ったテオは、どんどんと浮上していく信江さんの姿を目で追いかけた。


 「いってきますわぁ~!テオ、オルジも頑張ってぇ~!!」

 

 信江さんの上で大きく手を振るシリアに片手をあげて見送る。

 大きく羽ばたいていく信江さんの姿が小さくなるまでテオはその場を動かなかった。


 「寂しいとか思ってんじゃねーよ。」


 もう小声で話す必要はない。オルジの言葉がハッキリと耳に届くと、テオは勢いよくオルジに向かって走り出した。

 オルジは逃げる。その方向は、ジェシドが指さした村の方向だ。笑いながら走る2人の影がくっきりと伸びていた。

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