第54話 バトルクラスの実力

 「始めっ!」


 ノジェグルの掛け声により決闘デュエルは開始された。

 心配する2人に見つめられたセリカは、急に変わった景色に少なからず驚いていた。

 ヨジンに目を離さぬまま足を動かし感触を確かめる。

 固い岩肌の感触がする。突風が吹き、顔にかかる長い髪を払いのけた。


 「初めてだと驚くよな?」


 目の前には笑みに余裕をにじませたヨジンがいる。


 「ここで起きたことは現実の自分の体に影響する。それが分かった上で決着をつけようぜ!」


 視線を先にずらせば、審判者アルビトロのノジェグルが離れた場所でこちらを見ていた。

 その時、砂を踏みしめる音がした。


 「よそ見とは余裕だなっ! ALL Element!風精霊シルフッ!!」


 ヨジンは両手をセリカに向け、風精霊シルフの紋章を浮かび上がらせた。浅葱色の紋章が輝き放つ。


 「空斬ヴァンラーマ!」


 強風が2人の間を吹き抜ける。

 ビィーンという震える鋭い空気の刃が幾つも現れ、セリカに襲い掛かってきた。

 セリカは魔法の軌道を読み器用にその刃を避けていった。


 しかし


 「っ!」


 避けたはずの刃がセリカの足に真っ直ぐな切り傷を残すと、そこから血が数滴垂れていった。


 (完璧に避けたはず。いつ当たった・・・?)


 セリカの思考は次の攻撃により遮断される。


 「空弾エアーマッサッ!!」


 拳ほどの大きさをした空気の塊が幾つも宙を舞う。その塊は不規則にセリカに向かって次々と飛び出していった。

 さっきの攻撃より軌道が読みにくい乱雑の動きに翻弄されつつも、紙一重で攻撃を避けていく。だが、器用に体を捻った瞬間、空気の塊が腹部に直撃した。


 「ぐっ!!」


 思ったよりも重い衝撃にセリカは体勢を崩す。

 腹部が熱い。思わず片膝を地面につき、片手で体を支えた。

 せり上がってくる嘔吐反射を何とか収めようとする。


 「ゲホッ!ゴッホ・・・く・・・」

 

 (間違いない・・・途中で魔法が消えて、私の間合いで再び出現している・・・!)


 膝をついたセリカの姿に、ヨジンは満足そうに笑った。


 「あはははははははは。何て無様な姿だ!!!!!空斬ヴァンラーマッ!」」


 ヨジンの攻撃は緩むことはない。セリカはその刃に向け片腕を伸ばした。


 「はぁっ!」


 セリカの手から水の矢が現れ、向かってくる空気の刃と次々に衝突を起こしていく。

 水の矢をすり抜けた刃をさらに避けていくセリカだったが、ある違和感に視線を下ろした。胸部から腹部にかけ、制服が断ち切られていたからだ。


 「チッ!!浅かったか!!」

 「・・・・・。」


 優位に立っている。しかし手応えが無い。不満げな顔をするヨジンは、さらにセリカが空を仰いでいる姿に眉をひそめた。


 風の流れを読んでいたセリカが、何か納得したように制服を手で払う。


 「・・・そういうことか。」

 「・・・!!空弾エアーマッサッ!!」


 セリカは器用に攻撃を捌いていく。しかし先ほどとは動きを変え、ヨジンに向かった走り出した。


 (速いっ!!!)


 「はぁっ!!!」


 素早くヨジンの間合いに入ったセリカは至近距離で水鉄砲を作り、思いきり弾き飛ばした。

 急に突進してきたセリカと魔法に、ヨジンは大きく距離を取らざるをえない。

 その間にも、セリカは完璧にヨジンの魔法をかわしていった。


 (今の動き・・・もう仕組みに気付いたというのかっ!?)


 「理解した。」


 ヨジンは思わず口に手を当てる。思考が自然と口から漏れたのかと思ったからだ。それほどに、先ほどまでの余裕を失ってしまっているようだった。


 「周辺を吹いている風に自分の魔法を隠したのか。性質が似ている風と大気に惑わされたが、微妙にエレメントの気配が違う。そして、それをコントロールするお前を攻撃すれば軌道が単調になり、攻撃を避けることは容易くなる。」


 ヨジンはセリカの洞察力と機敏な動きに驚きを隠せなかった。


 (・・・ウソだろ!?たった2発喰らっただけでそこまで分かるのかよ!?大気に紛れた風の魔法を察知するなんて、そんな容易いことじゃないだろっ・・・!)


 額に滲む汗を不快に感じ拭き取ろうと腕を上げた瞬間、目の前にいたセリカが一瞬で消えてしまう。


 「なっ!?ど、どこに・・・・!!?」


 背後に冷気が淀む。穿たれた水の矢に気付いたのは、背中に激しい衝撃が走ってからだった。


 「ぐぁ・・・っっ!!」


 魔法が直撃したヨジンは空中に投げ出されてしまう。セリカはその好機を見逃さない。

 地面に両手をつき身体を捻りながら宙返りをすると、思いきりヨジンを蹴り上げたのだ。威力が増した蹴りに、ヨジンは為す術なく高く宙を舞った。


 「がっ・・・!!!」


 (なんだ、コイツ・・・!魔法の威力と反射神経がズバ抜けてやがる!!これで本当に1年かっ!?)


 「ちっ・・・!」


 その時、誰がうったか分からない舌打ちが強風と一緒にその音を消していく。


 セリカの強烈な2連撃が決まり決着デュエルは呆気なく終わった・・・と思いきや、空に投げ出されたヨジンはその姿をピタリと空中に留めたのだ。

 項垂れた頭を上げると、口と鼻からゆっくりと血が流れ落ちていった。


 「もう完全にブチキレた。切り刻んでやる。」


 血走った目でセリカを視界に捉えると、空中でその身を起き上がらせる。完全に宙に浮いている状態だ。

 しかし、その姿にセリカは眉一つ動かさなかった。


 「驚かないんだな。初めて見た奴はだいたい目を丸くするが・・・。」


 多少のパフォーマンスを含んでいただけに、セリカの態度はさらにヨジンの怒りを増長させることになる。


 「まぁな。それに、宙に浮いている人間を見るのは初めてではないからな。」


 最近森で見たばっかりだ。ただ、ヨジンの魔法はガロのように風のエレメントを足元に形成しているわけではない。


 「つまらんな。だが、余計にその面を歪ませてやりたくなったっ!!ALL Element!!風精霊シルフッ!!」


 ヨジンは両手を大きく天へ伸ばし、再び風の紋章を呼び出した。そして大きく叫ぶ。


 「風鎧刃ヴェンアルマーッ!!」


 ヨジンの周りに強風が巻き起こる。そしてその風に包まれたヨジンは、鋭い風の刃を体に纏った風貌へと姿を変えていった。

 それでもセリカに驚く様子は見られない。ヨジンは怒りをぶつけるように、その身ごとセリカへ突っ込んでいった。


 ヒュッと空が切れる。

 攻撃を見切ろうと身構えたセリカだったが、その考えが甘いことを本能が先に反応した。


 (躱せな――)


 「うぐぅっ・・・・!!!」


 バシャッと水が弾ける音と、セリカの魔法に混じった紅がその場に飛び散った。


 躱せると思った。だが、思った以上に凄まじい速さの斬撃に、咄嗟に水の盾を作ったが間に合わなかった。

 セリカの制服の右袖は切り刻まれ、肩から露出した白い腕から大量の血が流れ出ていた。


 「咄嗟に壁を作ったか・・・。いい判断だ。躱すだけだったら右腕がすっ飛んでいっていただろう!

 それよりも・・・、紋章も言霊も出さないってのは本当みたいだな・・・。」


 セリカはヨジンを睨んだまま傷を押さえた。痛みに思わず目を瞑る。

  

 「いいっ!いいぞっ!!!!その顔が見たかったんだ!!でも全然足りない!!オレの屈辱を倍以上にして返してやるよぉっ!!!」


 そう言うと、両手に作った斬撃を同時に投げ、再び回転を加えながらその身を突進させる。

 空中を自由に飛び回るヨジンは、全方向から攻撃を繰り出し逃げる暇さえ与えなかった。


 「ふっ!!」


 セリカは分厚い水の膜で自らを包み込んだ。しかしそれはその場しのぎの防御壁にすぎない。

 膜は凄まじい風の斬撃に切り刻まれ層を薄くしていく。そしてすぐに壁としての役割をすぐに終えてしまった。

 セリカは再び自分に水の膜を纏わせ、さらに中から大量の水球をヨジンに向かって放った。

 野球ボールほどの硬さの水球はスパッスパッと水平に切られ、液状の状態で地面を濡らしていく。

 まるで電動ドリルのような動きで風の斬撃を繰り返すヨジンの攻撃は、水の膜が消えるまで続けられた。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」


 まるでそこだけ土砂降りの雨が降ったかのように水浸しになった岩の上に、鮮血がポタリポタリと模様を作り出す。

 あらゆる部分が切断された制服から、白い肌が露になったセリカは辛うじて立っていた。

 乱れた呼吸と潤んだ上目遣いをするセリカは、ヨジンを扇情的な気持ちにさせる。


 「へぇ・・・。オマエのような生意気な女をオレ好みに調教するのも悪くないな。卒業まで、いや、オレの気が済むまで可愛がるのも悪くない。」


 その興奮を今すぐにでも突っ込みたい衝動に駆られたヨジンが、唇をベロッと舐める。


 「そろそろ終わらせてやるよっ!!風鎧刃ヴェンアルマーッ!!」


 さっきよりも高速に渦巻く風の刃を身に纏わせたヨジンの攻撃は、再びセリカに襲いかかってきた。

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