第52話 審判者

 「ジェシドさん、大丈夫ですか!?これを!」


 シリアはハンカチを差し出した。ジェシドの唇から滲む血を拭うためだ。


 「ありがとう、借りるよ。・・・それよりセリカ君、どうして決闘デュエルを受けたんだ!?殴って相手の気が済むのならそれでよかったのに!」

 「そうやっていつも逃げていたのか?」

 「え・・・?」

 「アイツのジェシドへ対する傲慢な態度は聊か度が過ぎている。」

 「それは・・・それは、僕が修練ラッククラスだから・・・。」

 「クラスなんて関係ない。実戦バトルクラスだろうが修練ラッククラスだろうが、同じ学園の生徒だ。」

 「それは、そうだけど・・・。でも僕が、落ちこぼれだから・・・。」


 口にハンカチを当てたジェシドの声は次第に小さくなっていく。


 「私は修練ラッククラスを落ちこぼれだとは思わない。もし落ちたと表現するなら這い上がればいい。その這い上がった分の力や経験は、実戦バトルクラスや創造クリエイトクラスでは得られない貴重な自分への糧となる。」

 「・・・。」

 「勿論アイツの態度は正常ではない。しかしそれは修練ラッククラスだからといって逃げてきたお前にも原因があるんだ、ジェシド。お前が一番自分を信じていないからだ。」

 「・・・!!」

 「さっきだって体を張って私を止めてくれたのは、私とシリアを想っての行動だろう。私とお前はまだ出会って間もないが、私はジェシドを落ちこぼれだと1度も思ったことはない。そしてきっと・・・これからもだ。」


 セリカはジェシドに手を差し伸べた。座り込んでいるジェシドの手を引くために。


 「セリカ君・・・。」


 セリカの自信に満ちた笑みに、差し出された手に力が湧くのはなぜだろう。

 自然とジェシドはセリカの手を握りしめていた。そしてそのままフワッと浮くように立ち上がる。


 「アイツはジェシドとシリアの帽子を傷つけた。私はそれが許せない。決着をつける場所があるのは好都合だ。」


 セリカの視線は、既に姿のないヨジンの背を見つめているようだった。


 「・・・精一杯応援致しますわ、セリカ!!」


 顔の前で拳を作ったシリアはセリカを鼓舞する。


 「シリア君・・・。」

 「大丈夫ですわ、ジェシドさん。セリカ、とっても強いんですから!!」


 セリカの強さを誇るように笑ったシリアの目元にはうっすらと涙の跡がある。

 ジェシドはその2人の姿にグッと拳を握った。


 「僕も・・・!僕も応援する!」


 ジェシドの表情から迷いが消える。セリカはその表情に満足した。

 見た目だけではない。何かを変えようとするジェシドの姿に。




  決闘デュエル当日。


 寒々しい乾燥した風に薪の燻る匂いが混じる。薄暗い曇天は空すべてを覆いつくしていた。

 学園の中にある演習室は簡素な造りをしていた。

 十数段程のスタンドに全周を囲まれた中規模なアリーナ施設には四方と天井に特殊なメタル機械が張り巡らされている。

 スタンドの3段目に腰をかけたシリアは珍しそうに周辺を見回した。向こう側のスタンドには、足を組んだサリが座っている。


 「初めて演習室に入りましたわ・・・。なんて無機質な空間でしょう。」

 「ここは特殊な機械で構築されているからね。理由もすぐに分かるよ。・・・それより、セリカ君は大丈夫かな?」


 真っ直ぐと前を向いたジェシドは前日のことを思い返していた。





 

 マーケットからの帰り道、セリカは2人に聞いた。


 「それで、決闘デュエルとは何だ?」

 「え!そこから!?」

 「はぁ~。もう慣れっこですわ・・・。」


 ジェシドが驚いている間に、既にセリカの質問の答えを用意していたシリアが口を開く。


 「決闘デュエルとは、この学園内で唯一生徒同士がエレメントで戦う事を許された場ですわ。学園内でエレメントを使用しての戦闘は禁止されていますの。あちこちで自由に戦闘が始まったら危険ですからね。」

 「なるほど、確かに・・・。」


 セリカがウンウンと頷く。


 「学園側は審判者アルビトロを1人用意するだけで決闘デュエルに対して制約することはありません。生徒同士でルールを決め手続きをすれば執り行うことができます。」

 「決闘デュエルの用途は、今回みたいな決着を着ける場だったり師弟関係を結んだ生徒同士の実力試しや、新しい魔法を試す場だったりと結構あるんだよ。」

 「エリスが自習で使っているのもこの方法ですわ。決闘デュエルと言っても練習場としての役割も担っているんです。」

 「審判者アルビトロはお互いに危険が及ばないように判断を下す役割をするんだ。戦いに夢中になった生徒を止める為だね。

 生徒は審判者アルビトロの指示には絶対従わなくてはならない。そして勝敗を決めるのも審判者アルビトロだ。」

 「勝敗の基準は?」

 「審判者アルビトロの判断によって強制的に中止することもあるけど、戦闘不能もしくは片方が降参を示した時だろうね。」

 「そうか。」


 陽はすっかりと傾いている。街路灯に明かりが灯り、小さな羽虫が忙しなく群がりはじめていた。

 学園に戻った3人は分岐する道で立ち止まった。


 「色々教えてくれて礼を言う。では明日、演習室で会おう。」


 しかし、帰ろうとするセリカに声を掛けたのはジェシドだった。


 「待って、セリカ君。君に話しておきたいことがある。」




 


 「ジェシドさん、セリカたちが来ましたわ。」


 ジェシドはハッとする。2人が見下ろすアリーナには3人の人影がゆっくりと歩いて入ってきた。

 決闘デュエルを行う2人に加えて、もう1人の姿を目視したジェシドは驚愕した。


 「審判者アルビトロが・・・ノジェグル先生・・・?」


 セリカたちと一緒に入ってきたノジェグルの姿に、ジェシドは体が固くなっていくのを感じた。

 その姿を見透かしているのだろう。スタンド席に座るジェシドに視線を寄越したノジェグルは小さく頬を上げた。


 「あの方はノジェグル先生・・・。確か図書室の一件も・・・ってジェシドさん?大丈夫ですか!?」


 ジェシドの顔色が悪くなっていることに気付いたシリアは飲み物を渡した。


 「・・・あぁ、大丈夫。ありがとう。でもまさか主任という立場のノジェグル先生が審判者アルビトロを務めるなんて聞いたことがない・・・。」

 「確かにこんな生徒同士のいざこざに首を突っ込むタイプではありませんよね・・・。」


  受け取った飲み物をグイっと口に含み、荒っぽく袖で口を拭く。


 「それでもセリカ君が戦うんだ。僕がここで弱気になるわけにはいかない!」


 深呼吸をする。そしてスタンドから立ち上がり、アリーナに向かって大声を上げた。


 「セリカ君、頑張れっ!!」


 ヨジンとノジェグルがギョッとした顔で声を張り上げたジェシドを見上げる。そこにはいつもオドオドしていたジェシドの姿はなかった。


 「セリカ、負けないでっ!」


 ジェシドに負けじとシリアも大声でセリカに声援を送る。

 セリカは嬉しそうに2人に手を振った。


 「ゴホン。」


 ノジェグルがわざとらしく咳払いをする。

 

 決闘デュエルの始まりだ。

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