第27話 届かぬ手

 そこには、生徒会プリンシパルの2人、エリスに肩を借りたテオ、そして、シリアたち3人が集まっていた。ロイと菲耶フェイも自分の足で歩けるほど回復している。

 先ほどの叫びはシリアの声だった。セリカのケガの様子に取り乱しているのだろう。


 「その子を離しなさい!」


 シュリの怒号が響く。


 「そんなに怒るなよ。美人が台無しだぜ?」

 「っ貴様っ――!!」


 シュリを庇うように、前に出たアイバンも怒りを露わにした。


 「まぁまぁ。さっきの雷精霊トールの使役はスゴかったぜ?大したもんじゃねーか。でも、まだまだ諸刃の剣だな。」


 ファルナは、2人の呼吸がまだ乱れていることを目ざとく指摘した。


 「セリカを離してっ!今すぐ回復しないとっ!」

 「大丈夫だよ、おチビちゃん。こっちもせっかくの検体だ。殺しやしないさ。」

 「私はおチビじゃありませんっ!」

 「シリア、落ち着け!検体トハ、どういうことダ?」

 「さて、そこまで話す時間があるかな~?」

 「くっ!」


 アイバンは、ファルナたちに向けて詠唱の準備を始める。


 「おっと。そんなお荷物を抱えてオレたちに挑むのか?相手の力量をはかれないほど節穴じゃないだろ、生徒会プリンシパルってのは。」


 シュリは唇を噛んだ。実戦バトルクラスの生徒の保護は最優先だ。セリカを助けなければならない。しかし、こちら側にいる生徒も守らなければならない。

 1人が守って、1人が戦うか・・・。

 あの少年は何とかなるだろう。しかし、不気味な雰囲気を出すメガネの男は侮れない。そして、あの全身ローブの男からは危険な匂いしかしない。下手をすれば全滅だ。

 シュリの逡巡に、重たい沈黙がその場を支配する。


 「もういい?こっちも時間がないんだよ。」

 「待ちなさい。ケガをした無抵抗の女の子を人質に取って、恥ずかしくないの!?」

 「は?」

 「やり方が卑怯なのよ。自分たちは手を出さず、霊魔と傀儡かいらいを動かせて!何が目的なのっ!?」

 「うるせーな、あの女!ゼロ、殺しちゃおうよ。」

 「それに、あなたよ。その少年に何をしたの!?」

 「え、オレ?」

 「そうよ。あなた風精霊シルフ火精霊サラマンダーを使役したそうね。」

 「あぁ。あれは・・・モガモゴゴゴ――」

 「ストーップ!ガロ、余計な事を言うなよ。

 美人ちゃん、何の時間稼ぎかは知らないが、そんな質問に答えるほどヒマじゃないんだって。」


 (ちっ!せめて情報をと思ったが――!)


 シュリは小さく舌打ちをした。


 「まぁ、確かにケガをしている女を捕まえて逃げるオレたちと、それを咎める正義の味方って感じか?」

 「ファルナ?」

 「分かりやすい構図だよな。どこからどう見ても、オレたちがヴィランでオマエ達がヒーローだ。」

 「それがどうしたっ!!」


 アイバンが噛みつくように叫ぶ。


 「いや、間違っちゃーいねーよ。そもそも、正義の味方なんぞになりたいなんて思ってないし。

 でもさ、オマエたちが掲げる正義と、俺たちが望む結果っていうのは、本当に善と悪と言い切れるのか?」

 「どういうことだ?」

 「んー。まぁ、要は視点の問題だ。

 例えばだ。ここにいるケガをした嬢ちゃん。コイツをオレたちが預かることで、世界が救われるかもしれない、と言ったらどうする?」

 「は?」

 「例えばだよ♪」

 「そんな事、関係ないわ。ここの学園の生徒である以上、助けるに決まっているじゃない!」

 「まぁ、そうだよな。でも、今オマエがコイツを助けたことで、明日世界が消えるってなったら、オマエは責任を取れるのか?」


 急にトーンが低くなった乱暴な言葉に、シュリが一瞬怖気付く。そんなシュリの肩をアイバンが引き寄せた。


 「取れねーだろ?」


 眼光鋭いファルナの目の奥からは、深い闇が漂う。


 「何が正しくて、正しくないのかなんて、結局人の主観なんだよ。オマエたちが悪だと思うことが、全世界の奴らにとって悪とは限らない。

 オマエたちの正義の裏で、苦しみ死んでいく奴らもいるってことだ。」


 ファルナはガロの頭にポンと手を置いた。

 そして、今までの緊迫した空気とは真逆の笑顔でウィンクをして見せる。


 「ほら、オレたちだってこれからある街を救わなきゃいけないんだぜ!モンスターに荒らされて困ってるっていう街をな!」

 「オマエ、何の話をしてるんだよ!?」

 「ゲームの中の話だって。ほら!ゲームの中じゃぁ、オレたちはヒーローだぜ!?」

 「――っふざけやがって!」

 「そんなことはもういいから、セリカを離して!死んじゃうっ!!」


 ファルナの悦の入った会話を遮ったのは、シリアの叫び声だった。セリカの指がピクンと動く。


 「確かにこれ以上はやばいな。でも解放はしない。そろそろ行くぞ、ゼロ。」

 「逃がしません! ALL Element!土精霊ノームッ!」


 目に涙を溜めたシリアは、わき目もふらず手を地面に向け詠唱を唱えた。土精霊ノームの紋章が現れオレンジ色の光が辺りを照らす。


 「ダメよっ!」


 シュリが咄嗟にシリアの魔法を止めようとしたが間に合わない。

 パチンと指を鳴らした音がかすかに聞こえたが、シリアは構わず魔法を発現しようとした。

 しかし、胸にある式神を用意した時、ある異変に気付く。


 「え?」


 オレンジ色の光が次第に弱まり、詠唱したはずの紋章が消えてしまったのだ。


 「なん、で――?」


 目の前の現象にポカンとしてしまったのは、エリスやテオたちも同じだった。


 「シリアの唱えた紋章が――」

 「消えちまった?」


 その間に、ファルナたちの足元には風の魔法が発現されていた。セリカを連れた3人は、フワッと宙に浮く。そしてゆっくりと高度を上げていった。


 「じゃぁな!なかなか、面白いもの見せてもらったぜ。」

 「フンッ!火精霊サラマンダー使い、今度会ったら殺してやるからなっ!」

 「くそっ!」


 ガロに指さされたテオは、ギリリと歯を食いしばった。


 「いやっ!ダメッ!ダメェェッ!!!セリカァッ!!!」


 シリアは飛び立とうとするファルナたちを走り追いかけ、手を伸ばした。

  しかし、その距離はどんどん遠くなっていった。

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