第27話 届かぬ手
そこには、
先ほどの叫びはシリアの声だった。セリカのケガの様子に取り乱しているのだろう。
「その子を離しなさい!」
シュリの怒号が響く。
「そんなに怒るなよ。美人が台無しだぜ?」
「っ貴様っ――!!」
シュリを庇うように、前に出たアイバンも怒りを露わにした。
「まぁまぁ。さっきの
ファルナは、2人の呼吸がまだ乱れていることを目ざとく指摘した。
「セリカを離してっ!今すぐ回復しないとっ!」
「大丈夫だよ、おチビちゃん。こっちもせっかくの検体だ。殺しやしないさ。」
「私はおチビじゃありませんっ!」
「シリア、落ち着け!検体トハ、どういうことダ?」
「さて、そこまで話す時間があるかな~?」
「くっ!」
アイバンは、ファルナたちに向けて詠唱の準備を始める。
「おっと。そんなお荷物を抱えてオレたちに挑むのか?相手の力量をはかれないほど節穴じゃないだろ、
シュリは唇を噛んだ。
1人が守って、1人が戦うか・・・。
あの少年は何とかなるだろう。しかし、不気味な雰囲気を出すメガネの男は侮れない。そして、あの全身ローブの男からは危険な匂いしかしない。下手をすれば全滅だ。
シュリの逡巡に、重たい沈黙がその場を支配する。
「もういい?こっちも時間がないんだよ。」
「待ちなさい。ケガをした無抵抗の女の子を人質に取って、恥ずかしくないの!?」
「は?」
「やり方が卑怯なのよ。自分たちは手を出さず、霊魔と
「うるせーな、あの女!ゼロ、殺しちゃおうよ。」
「それに、あなたよ。その少年に何をしたの!?」
「え、オレ?」
「そうよ。あなた
「あぁ。あれは・・・モガモゴゴゴ――」
「ストーップ!ガロ、余計な事を言うなよ。
美人ちゃん、何の時間稼ぎかは知らないが、そんな質問に答えるほどヒマじゃないんだって。」
(ちっ!せめて情報をと思ったが――!)
シュリは小さく舌打ちをした。
「まぁ、確かにケガをしている女を捕まえて逃げるオレたちと、それを咎める正義の味方って感じか?」
「ファルナ?」
「分かりやすい構図だよな。どこからどう見ても、オレたちが
「それがどうしたっ!!」
アイバンが噛みつくように叫ぶ。
「いや、間違っちゃーいねーよ。そもそも、正義の味方なんぞになりたいなんて思ってないし。
でもさ、オマエたちが掲げる正義と、俺たちが望む結果っていうのは、本当に善と悪と言い切れるのか?」
「どういうことだ?」
「んー。まぁ、要は視点の問題だ。
例えばだ。ここにいるケガをした嬢ちゃん。コイツをオレたちが預かることで、世界が救われるかもしれない、と言ったらどうする?」
「は?」
「例えばだよ♪」
「そんな事、関係ないわ。ここの学園の生徒である以上、助けるに決まっているじゃない!」
「まぁ、そうだよな。でも、今オマエがコイツを助けたことで、明日世界が消えるってなったら、オマエは責任を取れるのか?」
急にトーンが低くなった乱暴な言葉に、シュリが一瞬怖気付く。そんなシュリの肩をアイバンが引き寄せた。
「取れねーだろ?」
眼光鋭いファルナの目の奥からは、深い闇が漂う。
「何が正しくて、正しくないのかなんて、結局人の主観なんだよ。オマエたちが悪だと思うことが、全世界の奴らにとって悪とは限らない。
オマエたちの正義の裏で、苦しみ死んでいく奴らもいるってことだ。」
ファルナはガロの頭にポンと手を置いた。
そして、今までの緊迫した空気とは真逆の笑顔でウィンクをして見せる。
「ほら、オレたちだってこれからある街を救わなきゃいけないんだぜ!モンスターに荒らされて困ってるっていう街をな!」
「オマエ、何の話をしてるんだよ!?」
「ゲームの中の話だって。ほら!ゲームの中じゃぁ、オレたちはヒーローだぜ!?」
「――っふざけやがって!」
「そんなことはもういいから、セリカを離して!死んじゃうっ!!」
ファルナの悦の入った会話を遮ったのは、シリアの叫び声だった。セリカの指がピクンと動く。
「確かにこれ以上はやばいな。でも解放はしない。そろそろ行くぞ、ゼロ。」
「逃がしません! ALL Element!
目に涙を溜めたシリアは、わき目もふらず手を地面に向け詠唱を唱えた。
「ダメよっ!」
シュリが咄嗟にシリアの魔法を止めようとしたが間に合わない。
パチンと指を鳴らした音がかすかに聞こえたが、シリアは構わず魔法を発現しようとした。
しかし、胸にある式神を用意した時、ある異変に気付く。
「え?」
オレンジ色の光が次第に弱まり、詠唱したはずの紋章が消えてしまったのだ。
「なん、で――?」
目の前の現象にポカンとしてしまったのは、エリスやテオたちも同じだった。
「シリアの唱えた紋章が――」
「消えちまった?」
その間に、ファルナたちの足元には風の魔法が発現されていた。セリカを連れた3人は、フワッと宙に浮く。そしてゆっくりと高度を上げていった。
「じゃぁな!なかなか、面白いもの見せてもらったぜ。」
「フンッ!
「くそっ!」
ガロに指さされたテオは、ギリリと歯を食いしばった。
「いやっ!ダメッ!ダメェェッ!!!セリカァッ!!!」
シリアは飛び立とうとするファルナたちを走り追いかけ、手を伸ばした。
しかし、その距離はどんどん遠くなっていった。
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