第1章 2部

第13話 来襲

 ひんやりとした空気の中に乾いた葉っぱを踏む音が響く。カシャカシャと鳴る地面と風に靡いて擦れ合う草木の囀りが、まるで森がコンサートホールであるかのように幻想的に調和している。

 ブワリと風が吹けば、上から降る葉っぱや花びらが踊るように自由に飛んでいった。それはまるで、音楽に合わせて踊る踊り子のようだ。

 自由な踊り子には、寄り道をして着地する子もいれば、そこだけを目指して一直線に着地する子もいる。風という舞台と自然が用意する演出を受け止め、それぞれに自由な時間を終えるのだ──。


 そんな舞台が実際にあるかどうかは別として、菲耶フェイが付けた目印を頼りに6人は出口を目指していた。

 目印を確認しながら歩く菲耶を先頭に、一行は道なき道を進んでいた。


 「霊魔の出現ってやっぱり、結界が消えてしまったからなんかなー?」


 ロイを背負って歩いているにも関わらず、特に疲れた様子も無いテオは誰もが思う疑問を口にした。

 結界を確認する為に上を向けば、鬱蒼とした木立が結界どころか空さえも見えないように視界を遮っていた。

 そもそも今の結界には、物理的な実体があるわけではないので確認しようにもできないのだ。

 テオが口にした疑問は宙に浮いて風に飛ばされたかのように消えていった。無視しているわけではなく、誰もが正解を持っていないのだ。


 とりあえずここを脱出しないと答えを導き出すことはできない。逸る気持ちは自然と歩くペースを早くする。

 しかし先頭の菲耶が急に立ち止まり、後ろにいたテオも慌てて足を止めた。


 「おっと、急に止まるなよ菲耶!」


 とテオが言った瞬間、全員が空気の変化を感知すした。


 「羽の旋風ウィングウインドッ!!!」


 その空気をいち早く察知した菲耶だった。手から放たれた魔法は、つむじ風となって旋風を巻き起こす。

 ギィィンと鋭い音がした直後、つむじ風はその形を崩しながら空へと舞い上がった。

 大気が低く唸るような音と衝撃による暴風は、テオたちを容赦なく襲う。


 「キャアッ!!」


 シリアとエリスは風の衝撃で立っておられず、そのまま身を寄せ合うように体勢を低くして暴風が収まるのを待った。

 後ろを振り返る余裕のないテオは、背負ったロイの背中に手を回し庇うように中腰になる。と同時に腕で顔を覆い視界を確保しようとしたが、葉っぱと砂が大量に舞い上がり目を開けることができない。

 身動きがとれない十数秒後、吹き上げる風は止みパラパラと緩やかに舞い落ちる葉っぱが暴風の終わりを告げた。


「菲耶ィッッ!!!!!」


 背中に居るロイの無事を確認したテオは、エリスの悲痛な声に前方を見る。

 菲耶の後ろ姿は数分前と変わりなく見える。が、よく見ると菲耶の制服とタイツは刃物で切り裂かれたようにあちこちが破れ、さらにそこから流れる鮮血が体から伝い落ちていた。

 跪くように倒れ掛かった菲耶を受け止めたのはセリカだ。ガクンと揺れた身体からさらに血が噴き出ている。


 「チッ!前方に風精霊シルフ使いが居たのか。」


 高い位置から聞こえる声を辿り上を見上げると、宙に浮いた少年がこちらを見下ろしていた。


 「浮いてるっ?」


 目の前の現象を単純に口にしたセリカに反応したのは、支えられていた菲耶だった。


 「ハァ、ハァ──いや、違う。風を密集させて足場を構築している。アイツも風のエレメントだ。」


 痛みに表情を歪める菲耶の言葉に、セリカは少年の足元を凝視した。確かに薄く小さな渦状の物が確認できる。


 「菲耶、大丈夫っ!!?待ってて、すぐに回復するから!」


 菲耶に駆け寄ったエリスはすぐさま回復呪文を唱え始めた。


 「ALL Element!水精霊ウンディーネ!」


 菲耶の体にかざした手のひらに水精霊ウンディーネを呼ぶ紋章が浮かび上がる。


 「精霊のヒール!」


 菲耶を支えていたセリカはエリスが唱える回復呪文を瞬きせず見つめた。

 薄い蒼色の光と優しい空気が菲耶を包み込み、滴る血は流れを止め、荒かった呼吸は正常が戻っていく。


 「謝謝、エリス。」


 と言うと菲耶は静かに目を閉じた。


 「菲耶!?」

 「大丈夫、気を失っただけだ。相手の攻撃に自分の攻撃をぶつけて回避してくれたんだ。瞬発的に大きな力を使ったから気が緩んだんだろう。」

 「菲耶が身を挺してかばってくれなかったら、全員切り刻まれているところだったってことか!?」

 「エリス、菲耶を頼む。」

 「ロイも!」


 エリスに2人を託し上を見上げる。風でフードがはためき、少年の表情をうかがい知ることはできない。


 「急に何しやがる!お前、誰だよっ!」


 噛みつくような勢いでテオは叫んだ。

 少年はテオの叫びに反応せず、手のひらをこちらに向けてきた。


 「ALL Element 風精霊シルフ

 「っておい!!?」


 少年の手のひらに風精霊シルフを呼ぶ紋章が浮かび上がった。


 「大気切断スライス


 少年の手から発現された魔法は薄く鋭い斬撃となりテオたちに襲いかかってきた。

 

 テオとセリカは一直線に襲ってくる斬撃を左右に飛び躱した。

 斬撃は草木を巻き込みながら地面にぶつかり消えていく。魔法に巻き込まれた草木はまるで電脳ノコギリで切断されたように刻まれ、抉られた地面の深さは斬撃の凄まじさを物語っていた。


 「おいおい、マジかよ・・・」


 攻撃が当たった自分を想像してぞっとする。ここまで明確な殺意に出会ったことがない。


 「テオ!」


 セリカの声にハッとすれば、少年は次の攻撃を放っていた。咄嗟に距離を取り攻撃を躱したが、これでは反撃もできない。


 「ダーーーーーッ!!!ちょこまかと逃げるなよっ!!」


 苛立った少年は被っていたフードを勢いに任せて取った。

 対峙していた2人は改めて少年の姿を見る。声の印象から年下だと思っていたが、実際はさらに幼さが残る顔をしている。

 長く伸びた前髪を鬱陶しそうによければ、そこから見える眼は昏く濁っていた。


 「ガキじゃねーか!!お前、どういうつもりだっ!」


 攻撃の手が緩んだ隙にテオは再び少年に向かって叫んだ。


 「覚えてねーよ。」

 「あ!?!」

 「連れて帰らねーと俺が怒られるじゃん。」


 辻褄の合わない会話に疑問だけが残る。

 少年は2人を視界には入れているが焦点が合っていないのだ。


 「誰を探せばいいか分からないんだよ。教えてくれよ。早く帰ってゲームしてーよっ!!」

 「知らねーよ!人を探してるのに、どうして俺たちを攻撃するんだよっ!!」


 少年は首を振り眼にかかった前髪を振り払った。血走った目を見開き、初めて2人と視線を合わせる。


 「早く帰ってゲームしてーから、とりあえず誰か捕まえることにした。間違ってたら殺せばいい。」

 「なっ!?」

 「そこでぶっ倒れている男と女でいいや。もしかしたらビンゴかもしれないじゃん?」


 ニヤっと笑う少年は再び手をかざし今度はエリスに向かって魔法を放とうとした。エリスの後ろには倒れているロイと菲耶がいるのだ。


 「させるかっ!!」


 テオは近くにある木をめがて地面を思い切り蹴り上げた。さらに樹を足場にして少年に向かって拳を振り上げる。


 「烈火陣れっかじんっ!!」


 魔法を発現しようとする少年の動きを止めるため、炎を纏ったグローブを空振り覚悟で振り下ろした。

 その間にエリスとシリアは、ケガをしている2人を連れ攻撃範囲の外へ身を隠した。

 再び少年が見下ろした時には、攻撃に備えるテオとセリカの姿しかなかった。


 「はぁぁっ!!??何してくれてんだよ、お前っ!!!もう、頭きたっ!!」


 少年は大きく尖った声を出すと、勢いよく両手をセリカとテオに向けた。


 「ALL Elementッ!!!風精霊シルフゥッ!!!!!」


 少年の感情を映したかのように荒々しく浮き上がる紋章がセリカとテオの目の前に現れた。

 現れた紋章に違和感を覚えたテオだったが、普段自分たちが出す紋章よりも大きく禍々しい魔法に驚きを隠すことができなかった。


 「で・・・でかいっ!」


 本能的直感が、これはまずいと脳内で警鐘を鳴らす。

 テオは攻撃が及ばない範囲へ逃げるため思い切り走った。


 「刻風サイクロンッ!!!!」


 渦状の風が20メートル程の高さで現れた。規則的に流れ回る風は土や石、草木を巻き込みさらに太く巨大で凶暴な風の柱として形成されていく。その範囲は広く、巻き上がる粉塵は砂嵐を作り視界の見通しを悪くしていった。

 さらに暴風を伴いながら向かってくる風柱は小さなプラズマを幾つも発生させ猛スピードでテオたちに迫ってくる。

 ゴォォォッと唸る大気が揺れ、テオは思うように走ることができなかった。


(クソッ!!追いつかれるっ!!)


 背後に感じる暴風と砂嵐がこれ以上逃げ切れない事を諭してくるようだ。


(もうダメかっ!巻き込まれるっ──!!)

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