第12話 生徒会

 「結界には異常は無いってことか・・・。」

 「どうやらそのようですね。」


 ライオスから一通りの説明を聞いたジンは口髭を触りながら森を見つめる。

 視点が定まっていないところを見ると聞いた内容を頭の中で整理しているのだろう。


 課題が始まって数時間が経過し、陽は真上に近い位置にある。


 「生徒の状況は?」

 「6、7割ぐらいは脱出し、点呼は終わっている。」


 ジンはパソコンの画面をライオスに見えるように移動した。しかし、4分割された画像のうち3つはノイズが入りハッキリと確認できず、さらに1画面は真っ黒になっていた。


 「森の不可解な干渉か、磁場の問題か。これじゃあ役に立たねーな。」


 時間の経過と共に焦りと苛立ちが増してくる。指揮官という立場上、持ち場を離れることのできないジンの顔は険しさを増していた。

 その焦燥感は数歩離れた位置に居るライオスにまで伝わってくる。


 そんな時2人に近づく影に気付いたライオスは目を見張った。

 既に存在に気付いていたジンの顔はいつものしたり顔に戻っている。


 「応援をよこせとは言ったが。まさかお前らが来るとはな。」

「あなたたちは──。」


 そこには体格のいい男子生徒とショートボブの女子生徒が立っていた。

 2人は普通の生徒のそれとは違い、制服の上からインディゴブルーのマントを羽織っている。更にそのマントにはデイジーの花の刺繍が白糸で施されていた。


 「現場はここか!」「お待たせしました。」


 2つの声が重なり言葉が聞き取りにくい。


 「じゃ、早速森に入っていくぜ!」「現場の状況を説明してください。」

「・・・・・・・・。」


 声は機械のように同じタイミングで響く。互いの声にイライラしはじめた2人は、お互いの額がくっつくほどの距離でいがみ合いを始めた。


 「俺が話してるだろうが!」「あんたは黙ってなさい!」

 「ちゃちゃっと霊魔を見つければいいんだろ!?早く森に入って片付けようぜ!」

 「まずは状況を把握しないと的確な行動ができないでしょう!?」


 2人のいがみ合いは収まるどころか、どんどんエスカレートしているようにも見える。

 ライオスはその様子にではなく選出された人物に驚いていた。


 「生徒会プリンシパルのメンバーが直々にとは──。」

 「上も注視してるってことだな、今回の霊魔の件を。」


 2人の会話から大筋の情報は共有していると踏んだジンは大きく咳払いをした。しかし、騒がしく言い合いをしている2人が気付く様子はない。互いの声で聞こえないようだ。


 「アイバン!シュリ!!」


 ジンの凄みのある低い声が辺りに響いた。アイバンとシュリはおろか、周りにいる教師や生徒たちもその声に委縮してしまったようだ。 

 その様子に構うことなくジンは2人に指示をする。とにかく今は時間が惜しいのだ。


 「とりあえず森に居る実戦バトルクラスの生徒の保護を優先だ。脱出指示は出しているが気付いていない生徒もいる。見つけ次第、森から離脱するように伝えてくれ。

 情報が乏しい今、戦いはできるだけ回避しろ。身の危険を感じたらすぐに撤退するように。分かったか?」

 「戦わねーの!?」「了解しました!」

 「・・・・・・・・。」

 「──発するタイミングは同じなんですけどね。」


 しかし相反し重なる2人の声に、ライオスは思わず笑ってしまう。

 ジンは深いため息をついた。


 「ミイラ取りがミイラになったら元も子もねーだろ。お前たちがケガなんてしたら、ミトラも悲しがるぞ。」


 出てきた名前にピクンと反応した2人の眼に、闘志とはまた違う光が灯った。


 「頼んだぞ、2人とも。」


 肩幅に足を開いた2人は、マントの左肩付近に刺繍されているデイジーの花を力強く握るように拳を作る。


 「「生徒会プリンシパルの名において!」」


 2人の声はきれいに重なった。




 「大丈夫ですかね。」


 早速、森の入り口を真逆に進む2人の背を見送りながらライオスは呟いた。

 「左だ!」「右だ!」という2人の叫び声は既に小さくなりつつあった。


 机に広げたマップに2人のエレメントの色が追加されていることを確認したジンは手を頭の後ろで組み、イスにもたれかかった。


 (あと8つ──。)


 地図には追加された2つのエレメントの数を除き、残り8つのマーキングが残っている。あと8人の生徒が森に残っているということだ。

 その数を多く見るか少なく見るか、霊魔の正体が分からない以上は見当をつけようがない。


 「生徒会プリンシパルは、生徒の中でもより上位の実力を持った優秀者しか入れないからな。

 さらに並外れた魔法力の大きさは勿論、エレメントを使いこなすセンスと資質を問われる。

 学園を卒業し活躍している魔術師ウィザードのほとんどが、生徒会プリンシパルに属していたことも頷けるな。」

「確かに実力は折り紙付きですね。」


 ジンがこのサージュベル学園に就任した当初から生徒会プリンシパルの存在は際立っていた。

 学校の問題や課題を迅速に改善する自治的な組織は、生徒なら誰もが憧れる魅力的な集団に見えるだろう。

 しかし、稀に教師よりも強い行使力があるこの組織に何度か疑問を抱いたこともある。

 さらに表立った活動の裏に見える不透明な動向と、上層部との秘匿な関わりは謎のベールに包まれていた。


「静かだと思わないか?」

「え?」


 言葉の意味を物理的な現象として捉えたライオスは、しかしすぐに周りを見渡すことをやめ、ジンの真意の意味を汲んだ。それはライオス自身も感じていたことだったからだ。


 「あぁ、確かにそうですね。昔、結界が消滅したときは機関執行法を隠匿で発令してまで学園を守ろうとしたのに。

 結界の機能が保たれているとはいえ、事態はあの時と酷似しています。

 侵入経路が不明な今、複数の霊魔が学園内に出現するかもしれない。そのような事になれば大騒ぎですよ。」


 口髭を触りながらジンは学園がある方向へ顔だけ向けた。

 学園の一大事であるはずの今、上層部が静かすぎるのだ。その違和感は時間が経過するにつれ色濃くなっていく。

 霊魔討伐への斥候隊が編成されることを期待した応援要請は、ジンの予想よりも随分と小規模な結果になった。


 (生徒会プリンシパルのメンバー2名で片がつくと思っているのか、それとも──。)

 答えの見えないイラ立ちに右手が自然と胸ポケットを弄っていた。


 「禁煙したのでしょ。胸ポケットにタバコは入っていませんよ。」


 その様子をめざとく見つけたライオスに指摘され、行き場を失った右手に顎を乗せた。

 無意識だった行動にジンは思わず舌打ちをした。


 「守ってらっしゃるのですね。」


 フン!と鼻息を荒くし、イスの上で足を組み直したジンは片足の膝を揺する。

 自分の心情を垣間見られたことに何となく決まりが悪いのだろう。あからさまに話を変えてきた。


 「そういえば、あの2人に何を渡していたんだ?」


 アイバンンとシュリが森に入る前、ライオスが2人に小瓶を渡し頼んでいたことを思い出したのだろう。そこについて掘り下げる気のなかったライオスは素直に質問に答えた。


 「友人からの頼まれごとですよ。」


 勝ち誇った口元と白衣がライオスの脳裏によぎる。

 検体を頼んだ時、いつもの微笑の裏に少しの屈辱を紛れ込ませていたことに誰が気付けるだろう。

 生徒の無事と検体の採取を願いながら小さくため息をこぼした。

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