これから僕は逃げ出して

夢見人

第1話

 ある田舎道の真ん中で中学生ほどの背丈の女の子と大学生ほどの男が対面していた。


 女の子のストレートの髪には泥が付いている。女の子が口を開く。

 「答えられないの?」

 男は何も言わない。その手にはナイフが握られていた。

 女の子はため息をつく。耳をふさぎたくなるような静寂だ。

 男はナイフを振り上げたが、力をなくしたようにナイフを取り落とす。ナイフには血がついていた。

 「わからない」

 男が呟く。

 「わからないんだ。生きている意味も生きていて嬉しいと思えるときも僕にはわからない」

 幼子のような口調に反して、低い声。

 女の子は男に一歩近づく。男はおびえたように後ろに後ずさった。

 「一緒に逃げない?」

 突然の申し出だった。

 「私にもわからないの。だからあなたが警察に捕まるまでの間、一緒に探しましょう」

 有無を言わせない力強さが女の子から感じられた。

 男は理解できなかった。目の前の女の子が化け物のように見えた。

 より化け物に近いのは男のはずなのに。

 女の子は来た道を戻り始めた。そして飛び出してきた家の中に入る。

 男はそのあとをついて行った。逃げた方がいいのだろう。しかし男にはもう考える気力がなかった。

 今はただ女の子についていくしかなかった。

 家の中は暗かった。男は家の中の寝室に目をやった。

 そこには男が先ほど殺した男女の死骸が並んでいた。男はそれを見てかまどの中のパンのようだと思った。

 女の子が台所からマッチと油を持って歩いてくる。

 女の子は油を家中にまき散らし始める。

 一通り油をまくと女の子は外に出た。

 「いつまで家の中にいるつもり?それとも私の両親と一緒に黒こげになりたいの?」

 男が慌てて家から飛び出る。

 女の子は少しためらって。最後に家を見据えてマッチに火をつけて玄関に放り投げた。

 マッチの火が油に引火した。

 瞬く間に火の手が家中を駆け巡った。

 男と女の子が火で照らされる。

 男は夢でも見ているかのような気分だった。





 ああ。パンが焼けている。

 僕はふとそんなことを思った。

 隣に立っている少女は鞄を背負っていた。

 僕の視線に気づいたのか、少女は照れるように言った。

 「中にはお金が入っているの。私の両親は銀行を信用してなかったみたい」

 少女は微笑んだ。

 「行きましょう。ここがいくら田舎でも朝になったらばれるわ」

 火がいまだ轟轟と燃え盛る家を背に向け少女は言った。

 「行くってどこに」

 僕は問う。内心笑ってしまった。僕はこの子の質問に答えられなかったのに自分の質問は答えてもらえるのか。

 果たして。

 「私たちが知らないところよ」

 回答としては不十分だった。

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