プライド保険による錬金術

ちびまるフォイ

神聖不可侵のプライド

「認めてください! 家の猫の前では赤ちゃん言葉になると、週刊誌の報道があるんですよ!!」


「ぐ、ぐぬぬ……!」


マイクを突きつけられて詰め寄られる。

事実は事実だがそれを認めることで失われる何かがある気がする。


「どうなんですか!?」


「……み、認める。ペットの前では赤ちゃん言葉で話していることを……」


「やはりそうでしたか! これはスクープだ!!」


その日の夕方にはこのことが世間に知られてしまった。

恥ずかしいというよりも、自分の威厳が失われたのがショックだった。


「これでは部下に示しがつかないな……」


部下を叱りつけるときも心のなかでは

"でもこの人家では猫に甘えてる"と思われるのかもしれない。


デスクに戻ると、1枚の紙が置かれていた。


「なんだ? 請求書か?」


紙をひっくり返すと"プライド保証金のお支払い"とあった。


>あなたは1000プライドを捨てました。それにより、100万円が振り込まれました

>これからもプライド保険をよろしくおねがいします


「ひゃ、百万円!?」


思わず立ち上がってしまった。

ネットで口座の残高を確認するとまぎれもなく100万円が振り込まれていた。


「いったいなんでこんな……あっ!」


思い当たるのは以前に飲みの咳で深酒して絡んだ相手が、

たまたま保険会社の人でその場のノリでなにか契約した……気がする。


ネットで調べてみると、どうやら捨てたプライドの規模に応じて金額が変わるようだ。


「試してみるか……」


わざと書類のタイトルに誤字をつけて部下に渡した。


「君、これ頼むよ」

「はい」


さあ間違いを指摘してプライドを捨てさせてくれ。


「終わりましたら連絡します」


「……あ、あれ?」


「なにか?」


「あーー……うん……えーーっと……あ、あーーここ誤字があったな、すまんすまん」


部下が指摘してくれないので、自分から小芝居まるだしでプライドを捨てるきっかけを作った。

デスクに戻って確認すると自分の間違いを認めたことによるプライドの破棄で、またお金が入っていた。


「これはいい収入源になるかもしれない!!」


プライドなんて無いならそれに越したことはない。

ましてお金に変えてもられるのなら率先して捨てるべきだ。


間違いを認め、教えてと頼み、常にへりくだって接するようにした。


プライドをたくさん捨てることでお金は増えていったのは嬉しい。

でも、だんだんと1回プライドを捨ててもらえるお金が減っていった。


「おかしいな。いくら捨てても稼げなくなってきた……なんでだ」


するとデスクに部下が書類を持ってやってきた。


「部長、これよろしくっす」


「いやそれ君の仕事じゃ……」


「よ ろ し く でーーす」


部下は強い口調で言うとそのまま去っていった。

しばし呆然としていたが、頭に浮かんでいた疑問が一瞬のうちに晴れた。


「もしかして、私のプライド低すぎ……!?」


積極的にへりくだった態度を続けた結果、部下はなめた態度を取るようになった。

プライドの単価が低くなったのもうなづける。

価値のないプライドを売ったところで意味はないからだ。


毎日土下座する人が土下座したところで、そこに謝罪の意思を感じられないようなものだ。


「……これからはプライドを安売りはやめよう。お互いに良くないな、うん」


プライドは小出しで売るよりも、高まったところで捨てた方がお金になる。

これまでのへりくだった態度を改めて、厳格なキャラクターへと生まれ変わった。


しだいに態度の変化は周りにも波及して威厳を取り戻していった。


「ぶ、部長……あのお時間いただいて大変心苦しい極みですが

 本日の午後からの会議に参加おわしめなさりますか?」


「うむ」


「さ、さようであらせられたてまつりますか!! 失礼いたしまつられました!!」


部下は脱兎のごとく逃げていった。


プライドを高くするために、ことば数はあえて少なく。

常に眉間にしわを寄せて不機嫌そうな顔をキープする。

手の中ではくるみをゴリゴリいわせていた。


私の威厳キャンペーンは上手くハマって、

不良高校の先生くらいなめられていたはずが今では神のような扱い。


なにか成果を残したわけでもないのに、威厳があるだけで立場も偉くなっていた。

ますますプライドを高められる環境が加速する。


飲みの席では誰もが私にお酌して気を使ってくれる。

何をいってもおだててくれるし、否定するなんてもってのほか。

今の高まったプライドを捨てればいくらになるかと思うと顔が緩んでしまう。


「さあて、そろそろ捨てどきかな」


国賓級の扱いにも慣れた頃、プライドをお金にするいい機会だと思った。

ふたたびあえて書類のタイトルを間違えたうえで部下に渡す。


「君、これを頼む」


「かしこまりたてまつりあらせられました!!!」


「……何か気づかないかね?」


わかりやすいように指で書類のタイトルをちょんちょんと示す。

部下はなにか気づいたように一瞬だけ"あっ"とした顔になるがすぐに取り戻し、


「大変申し訳ございません!!! この書類、愚かな僕がミスをしてしまいました!!!」


「え? いやこれは私が……」


「いいえ! 部長神が間違えることなどありません!!

 仮にあったとすれば間違えるような環境を作っていた僕らに非があります!!

 すぐに辞表をしたためたいと思います!! 申し訳ございません!!!」


「え、ええ……?」


自分の失敗のはずが、相手の失敗になってしまった。

高まったプライドを捨てるどころかますます高められてしまう。


高まりすぎたプライドは自分で捨てることを、今度は周りが許してくれない。

誰に聞いても顔を青くして逃げてしまう。


「おおい待ってくれ!! ミスを指摘してくれるだけでいいんだ!!」


逃げる部下たちに声をかけても誰も振り向かない。

高いプライドで底上げされた立場や役職が相手の口を塞ぐ。


「私が間違っていた! 誰がどう見ても私のミスだろう!」


「いいえ!! あなたのミスではありません!!

 すべて悪いのは僕たちです! 僕たちじゃなければこの地球が悪いんです!!」


高すぎるプライドは周りにとってある種の凶器。

プライドを捨てたらどうなるかが想像できないことが恐怖に思えるのだろう。


どうしてもっと早くに気づいて捨てることができなかったのか。

今となってはもう遅く、周りは自分に配慮して何も言えなくなってしまった。


「誰か! 私にプライドを捨てさせてくれーー!!」


持て余したプライドの処理に困ったとき、唯一捨てる方法を思いついた。

数日後、また週刊誌のスクープを見た記者が押し寄せてきた。


「答えてください! 報道は事実なんですか!!」


「くだらん。ノーコメントだ」


私はプライドを保つために、威厳のある顔と短い言葉で答えた。

記者は引き下がらずに再度付け加えた。



「連日、SMクラブに出入りしているのは何が目的なんですか!?

 最近やたらお金のはぶりがいいのと関係あるんですか!?」

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