婚約破棄する男の方にも色々と事情がありまして

レフトハンザ

第1話

「わたしはエリザとの婚約を解消する!」


 会場全体に高らかな声が響き渡る。

 そしてその瞬間、華やかだった会場の雰囲気が一変した。

 今年もまた、この卒業パーティーで婚約破棄という催し物が始まったらしい。


「わたくしに何か落ち度がありましたでしょうか?」


 そう言って婚約破棄を告げた男に疑問を投げかける令嬢。

 まあ、それも当然だろう。なにせ婚約破棄だからな。


「お、落ち度だと……そ、そんなもの、聞かなければ、わ・か・ら・な・い・のか?」


 令嬢の問いかけに少し狼狽する男。そのあまりの棒読みっぷりにひっくり返りそうになるまわりの観衆。

 婚約破棄された令嬢も心配そうな顔をしてるぞ。


「はい。わたくしには思い当たるところがありません」


「う、う、うるさい、うるさい。僕は、いや僕が、婚約破棄と言ったら、婚約破棄、なんだ!」


 今まで何度か婚約破棄の場面を見てきたが、こんなに気持ちのこもっていない婚約破棄を見たのは初めてだ。本当に婚約破棄したいのか疑うレベルだぞ。

 だが、婚約破棄を告げられた令嬢は天にも昇るような表情でうっとりとしている。婚約破棄されたのにも関わらず、こんな表情を浮かべるとは余程の変態に違いないと疑われかねないが、真相を知っている者からすればさもありなんだ。


「わかりました。わたくしは婚約解消を受け入れたいと思います」


 彼女はそう言って華麗なカーテシーを男に見せつけると、まるでこの後起きる出来事を予想しているかのように笑いながら振り返った。予想じゃなくて確定なんだが。


「エリザ!」


 令嬢が振り返ると、そこには爽やかな笑顔のイケメンが令嬢の名を呼んでいた。


「おお! まさかこんな日が本当に来るなんて……たった今、婚約を破棄されたばかりのあなたに、こんなことを言ってしまう馬鹿な私を許してください。私は……ずっとあなたをお慕いしておりました。どうか、この私と婚約していただけないでしょうか?」


 あまりの早い展開にまわりもあっけに取られている。なんてことはなく。まるで本日の主役登場と言わんばかりに拍手で男を迎えている。パチパチパチ……。


「ええ! 喜んで!」


 そうして2人は壇上に上がり、万来の拍手の中、お互いの手を握り合って将来を誓う。まわりには祝福をしようとする友人たちが、まるで前もって知らされていたかのように花束を持って立っている。まさに茶番だ……。


 


 

 【婚約破棄からのプロポーズ】


 いつからか、俺の通う王立学校の卒業式では、この風変りなプロポーズが大流行りとなっていた。

 伝えられた話によると、その昔、この国の王子が本当に卒業式で婚約破棄をやらかしたらしい。

 もっとも、婚約を破棄された令嬢もずいぶんな性格だったらしく、顔をいいがプライドの高い女で婚約破棄されても仕方がないほど性格が悪かったと聞く。しかし、世の中というものはよく出来ている。「性格よりもまずは顔!」と言い切る隣国の王子がその場で婚約破棄された令嬢にプロポーズしてしまい、結局2人はそのまま結婚した。どうせ長くは続かんだろうというまわりの期待をよそに、【顔さえ良ければ全て許せる】というスキルを持った2人は仲睦まじい夫婦となり、今ではベスト夫婦賞をもらうほどラブラブなのだ。

 その一件以来、卒業パーティーでの【婚約破棄されてからのプロポーズ】は縁起が良いとされ憧れる女生徒が後を絶たない。今では好きな男がいるにも関わらず、わざわざ他の男性に形式だけの婚約をしてもらい、破棄してもらってから好きな彼氏にプロポーズしてもらうというややこしい催し物が毎年のようにおこなわれるようになったのだ。


 


「あなた、わたしの婚約者になりなさい!」


 俺の目の前に現れたのは、王立学校でも評判の美少女である侯爵令嬢のセレンだ。

 たしかに目の前のセレンの顔は、神が創造したと言われても信じてしまうほどの美しさを誇っている。しかし、性格までは神も手が回らなかったようだ。


「嫌です」


「はあああ? このわたしの婚約者になれるというのに断るなんて信じられない!」



 婚約者か。俺たち2年生も来年は卒業だ。

 セレンも、婚約破棄された途端に好きな男にプロポーズされたいんだろう。そういう茶番に憧れるタイプではないと思っていたので意外だな。そういう夢見る女の子みたいな部分もあったとは。


 だが、断る。


 たしかに婚約破棄役の男にもメリットがないわけではない。

 破棄役はたいてい貴族の3男や4男が多く、家に帰っても領地を貰えるなんてことはない。それなら侯爵令嬢や伯爵令嬢に取り立ててもらって、何らかの地位を得た方が良いに決まっている。

 そういう俺も貧乏男爵家の3男で、家に戻っても継ぐ領地などはない。ここはセレンに恩を売っておいて何らかの見返りを期待するのもありだと正直思う。


 しかし、やはり断る。


「やっぱり断る」


「きいいいいい! このわたしが何度も頼んでいるのに……」


「婚約破棄役の男なら、俺でなくても他にいるだろう」


「ち、違う。あ、でも、そ、そうね……たしかに他にもいるわ。でも。この役はアルトでないと駄目なのよ!」


「だが断る」


「なんでよおおお!!」




 あれ以来、セレンは俺の顔を見ると「婚約なさい!」と何度も詰め寄ってくる。

 その度に「断る」と素っ気なく返す俺の前で肩から崩れ落ちるのがセレンの日課となっていた。



「こ、これ……」


 今日のセレンは珍しく「婚約しなさい!」とは言わず、黙って俺の前に弁当を出してきた。


「これは?」


「わ、わたしが作ってきたのよ。こうなったら意地でもわたしと婚約させてみせるわ。まずはアルトの胃をがっちり掴ませてもらうわよ」


 そう言って勝ち誇るセレンの前で、俺は弁当を開けてみた。くれる物はもらう。それが俺の主義だからな。


「これ、おまえが作ったんじゃないだろ?」


「はああ? わたしが作りましたけど?」


「嘘つけ。家庭科の時間にゆで卵を作ろうとしてドラゴンを孵化させたお前にハンバーグなんか作れるわけがないだろう? 大体おまえが作ったのなら、どうして蓋の上にメイドからの食べ方の注意書きが置いてある?」


「あ、あのばかああ! い、いいでしょ! わたしの領地で取れた食材なんだから、実質わたしが作ったようなもんじゃない?」


「そういう理屈なら、この弁当を作ったのはおまえの父親ということになるぞ?」


「えっ? そうだったの?」


「いや、違うから」



 こんな感じであっという間に一年が過ぎていった。

 セレンは最後の最後まで俺に婚約を迫ってきていたが、


「婚約しなさい」

「断る」

「婚約して」

「断る」

「婚約してくれない?」

「断る」

「婚……」

「断……」


 と結局最後まで俺が首をたてに振ることはなかった。


「いい加減に気づきなさいよおおお!!!」




 


「ついに卒業パーティーね」


 セレンはそう言って悲しそうな顔を見せる。

 夢見ていた【婚約破棄からのプロポーズ】は実現しなかったからな。


「ああ、俺以外の男に婚約破棄役を頼めばよかったのにな」


「何度も言わせないで。この役をアルト以外にやらせるつもりなんてなかったんだから……」


「別に俺でなくてもいいだろう? どうせ婚約解消する男なんだから」


 俺がそう言うとセレンは横を向いて「鈍感……」と呟いた。まあ、鈍感と言われても仕方がないことをやってきたからな。




「俺は……マリアとの婚約を破棄する!」


 卒業パーティーが始まると、さっそくどこかで【婚約破棄からのプロポーズ】が始まった。

 破棄された令嬢に婚約を申し込む男。まあ茶番には違いないが、2人が幸せならばまわりはその茶番に付き合ってやるのも悪くはない。と思えるほど俺も大人になった。


 横を見ると、セレンがその茶番を羨ましそうな顔で見つめている。

 その横顔は誰よりも美しいと改めて思う。そう。俺はセレンに惚れている。

 王立学校の入学式でひとめ惚れして以来、俺の心はセレン一筋だったのだ。

 だから、俺は婚約破棄役を断り続けた。

 大好きな女に婚約破棄など言えるわけもない。

 だから、婚約破棄役なら他の男を探せと言ったのだ。


「だって……」


 顔を真っ赤にしてセレンが呟く。


「正直に言うの……恥ずかしかったから……」


「だろうな。でも、おまえが悪いんじゃない。悪いのは俺だ。自分に自信が無かったばかりに、セレンの気持ちに気づかないふりをしていた。本当は分かっていたんだ。最初の弁当の卵焼きを食べたときに」


「えっ?」


「あの卵焼きだけ焦げていた。あれは、あれだけは、セレンが作ったのだろう? あの卵焼きは焦げていたけど、一番美味しかった」


 セレンの眼に涙が溢れる。


「うん、うん……」


「だから、婚約破棄役じゃなく、俺は、正式な婚約者としておまえの横に立ちたい」


 俺は用意していた薔薇の花束を持つと、セレンの前にひざまづいた。


「セレン。初めて会ったときから俺の心を占めていたのはおまえひとりだ。できるなら、このままずっと俺の心に居続けてほしい。本当のことを言えば、婚約したかったのは俺なんだ。おまえの他には何もいらない。俺は、何度生まれ変わっても同じことを言う自信がある」


 セレンの顔から涙がこぼれ落ちる。

 まわりの観衆はただ黙って俺たちを見つめている。


「セレン。俺と結婚してくれ」






 薔薇の花束を抱えて号泣していたセレンがようやく微笑みを見せてくれた。

 まわりからは「やっぱりプロポーズはああじゃないと」「感動したわ。私もあんなプロポーズをされてみたい」との声が聞こえてくる。

 もしかすると来年の卒業パーティーからは【婚約破棄からのプロポーズ】が減るかもしれないな。


「ねえアルト?」


「なんだ」


「薔薇の数、かぞえてもいいかしら?」


「もし間違って入ってたら問題だから勘弁してくれ」


「じゃあ……何本?」


「もちろん999本だ」


 その言葉を聞いてセレンが微笑む。紛れもなく天使の微笑みだ。


「じゃあ、来世では【婚約破棄からのプロポーズ】をやってほしいわ。やっぱりちょっと憧れるのよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄する男の方にも色々と事情がありまして レフトハンザ @ryomoon0418

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ