100日前に死んでた彼女

ウゾガムゾル

100日前に死んでた彼女

「久しぶり」

「うん、久しぶり」

「ごめん。なかなか会えなくて。もっと頻繁に来たいんだけど、忙しいし、遠くてさ」

「ううん。大丈夫。たまに来てくれるだけで嬉しいよ」

「最近は……そうだ、ついに初の大仕事を成し遂げたんだよ」

「おお! よかったね」

「それで、あと少しで昇進できそうなところなんだ」

「すごい! 頑張って! でも、あんまり無理はしないでね?」

「……うん」

「へへっ」

「……しかし変わらないなぁ、この辺も」

「昔からずっと田舎だよね」

「森と田んぼ。青い空に白い雲。ナツは何となく、小学生のときかぶと虫追いかけてたタイプな気がするな」

「……あたり。男の子の集団に混じって、幅を利かせてたなぁ、懐かしい」

「それで何年かして、ナツが高校生のときに出会ったと。最初に話したのいつだっけな?」

「……覚えてないのぉ? 高2の夏、部活帰りに道を歩いてたら、君が私の目の前でカバンを落とした。それからなんやかんやで、付き合うことになるなんてね」

「こんなところ、って言ったら失礼か。でも、ここから学校通うの大変だったろ?」

「うんうん。自転車で駅まで30分。そこから電車で2時間。キツかったな~」

「それにしても、社会人の俺とよく付き合おうという気になったよな。まあ付き合ったはいいけど、その頃から俺は東京での仕事が忙しくなって、このへんにはたまにしか来れなくなっちゃてさ。一緒に来る? みたいなこと言ったけど、まぁ無理だったんだよな」

「お父さんたちは、少しだけ遠くの高校に通うのは許してくれたけど、大学は行かずにこの村に残れってうるさいから、残ることにした」

「不都合なことが多くて。東京にいる間も、何度もナツのことを思い出したよ。ストレスで酒が進みすぎてしまったりした」

「それは本当に申し訳ないと思うよ」

「やっぱり、人って酒飲むとホントに記憶が飛ぶんだなって」

「……」


「まぁ、そんな感じだよな」


「……しかし」


「なんで死んじゃったんだよ……」


「……」


「久々に会おうって行って家に入ったら、血流して、倒れてて……」


「一体誰が■■■■■■■■」


「これから、どうすれば」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」




「そんなくよくよしないでよ。また新しい人見つけて、幸せな人生を過ごしてね。まあ、この声も、届かないんだけどね」




「……『俺は俺で頑張れ』って、言ってくれてるのかな。……石、キレイにしといたからな」


「ありがとう」


「……じゃあ、そろそろ時間だし、行くよ」


「……来てくれて、ありがとう。またね」


 *


 ……やっぱりまだ君は、覚えてなかったんだね。

 

 今年の春、君が私を殺したってこと。

 

 久しぶりに君が会いに来たと思ったら、ちょっとしたことで喧嘩になって、それから君は、ビール瓶で何度も私を殴って殺した。

 

 でもしょうがないの。酔っぱらってたし、普段から疲れてたの知ってるから。君は悪くないし、私は幸せだったから。いっそ君に殺されるなら、それで。

 

 でも、願望を言うことが許されるのならば、一度は海外に行ってみたかったな。こんな田舎じゃ、土地は広いけど、心は狭苦しくって。あとは、美味しいもの食べたり、フェスに行ったり。出来れば君と一緒に。

 それから……お母さんになりたかった。


 *


 墓参りを終えた俺は、呆れかえるほどのどかな田園風景を眺めながら、家路につき始めた。

 ここは、百年前の日本。数年前、俺は使者として、時間を遡ってこの時代にやってきた。目的はもちろん、あの女を殺すことだ。

 この世界には、存在することによって、後の時代に非常に大きな悪影響を及ぼす人物がいる。たとえ本人に悪気がなくても、めぐりめぐって間接的に大災害を引き起こしたり、大きな紛争のもとになったりすることがある。バタフライエフェクト、といわれるものだ。

 政府は定期的にマザー・コンピューターでそれに該当する人物を計算し、過去にエージェントを派遣して殺させる。

 その一人は俺だ。そして100日前、俺はその命によって彼女を殺害した。それはうまくいった。

 

「何にせよ、……100日間、何も起こらなくてよかった」

 もう二度と来ることはない、トラクターの走る農道を歩きながら呟く。

 

 しかし、ただ殺すだけではだめだ。殺した後、100日間は意思が現世に残っており、この世界に影響を及ぼす可能性があるという。詳しいことは知らないが、幽霊のようなものらしい。だから何らかの悪さをしないか、100日が経過するまでは定期的に見守らないといけない。

 でも彼女は大丈夫だったようだ。この特殊な眼鏡で見た・聞いた姿や話を鑑みるに、俺に恨みすら持っていない。本当にありがたいことだ。殺しのプロである俺でさえ、人並みに申し訳なくなることもある。だがこれで彼女の100日も終わり、もう消えるさだめだ。

 

 気が付けばもう駅まで着いていた。ここで、胸ポケットから小さなメモを取り出す。

「さぁて次は……『佐川ユキ』、のところか」

 そして俺は、「四人目」が眠る次の場所へと、コーヒーでも飲みながらのんびり向かうことにした。

 

 そのとき、メッセージが届いた。それは妻からだった。

 その内容は、病院で検査したところ、妊娠していることが分かったという報告であった。

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100日前に死んでた彼女 ウゾガムゾル @icchy1128Novelman

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