最終話 [AD2512]その旅立ちは未来への翼

 オレはお腹が大きくなった女性を連れてきている。彼女の名は秋山アイリーン。

 そのアイリーンにじゃれついているのはオレの娘二人だ。天音あまねかなで。四歳と一歳半になる。


「おねえちゃん。おなかおっきいね。赤ちゃん生まれるの?」

「ええ。もうすぐ生まれるわ」

「あかちゃん。あかちゃん。かわいいあかちゃん」


 下の娘はまだしゃべり始めて間がないのだが、なかなか口が達者だ。

 二人でアイリーンの両腕につかまりぶら下がろうとする。


「こらこら。お姉さんはお腹に赤ちゃんがいるんだから大変なんだ。お前たちがぶら下がると迷惑なんだぞ」

「めいわくかな?」

「めいわくめいわく」

「パパが抱っこしてやる」


 すかさず飛び込んでくるのは上の娘の天音だった。

 天音を抱きかかえると奏がむくれる。


「パパ、わたしもだっこ。だっこ」

「わかった。こっちに来い」


 左腕で奏を抱える。幸い、ここは重力が弱いので子供二人抱えるのも容易い。


 今、オレ達が来ているのは、戦艦シキシマ内に設置されたイベント会場だ。今からここで、系外惑星探査計画〝オケアノス〟の記念式典が開催される。オレ達は関係者の家族という事で、この場に招待されているのだ。


「和兄ちゃんモテモテだね。もう羨ましいぞ~」


 そう言って声をかけてきたのは妹の美紗江みさえだ。こいつはまだ結婚していないので姓は三笠のままだ。


「本当にモテモテですわね。和馬さん」


 美紗江の後ろから出てきたのは秋山の妹、由紀子ゆきこさんだ。今は高校を卒業して、軍の大学へ通っている。実は、最新航法における理論方程式に関しては、この由紀子さんの力が大きかったと聞く。全くこの兄妹ときたら、二人でどれだけ人類に貢献しているのだろうか。


「ゆきこおねえちゃんのいくー」

「わたしも由紀子おねえちゃんがいい」


 娘が二人して由紀子さんに飛びつく。


「あら、私もモテモテですか。ありがとうございます。お姫様」

「おねえちゃんきれい」


 そう言って由紀子さんに甘えるのは奏だ。この娘は何故か、美少女に鋭く反応する。


「あれ~私の方は無視ですか? もう、一緒にお風呂、入ってあげないよぉ」

「天音、みさおばちゃんとお風呂はいるよ。いっしょがいい」


 風呂で体を洗ってもらえたのが嬉しかったのか、天音は美紗江に抱きついてしまった。


「羨ましいです」


 そう言って微笑んでいるのはアイリーンだ。


「君の所ももうすぐにぎやかになるさ」

「そうだと良いのですが、まだ不安でいっぱいなのです」

「今は無重力で無痛が主流だから、ものすごく楽になったって話だよ。私はまだ未経験だけど」


 美紗江が話しているのは分娩の話だ。確かに、以前と比較して随分と楽になっているらしい。もちろん、オレもその以前とやらをよく知っているわけではない。


「ありがとうございます。でも大丈夫です」

「ところで、秋山は意志を曲げなかったんだな」

「そうですね。昇進の話を蹴ってでもプロキシマ・ケンタウリに行くと」

「頑固だな」

「そうですね」


 宇宙軍としては、英雄となった秋山をオケアノスに参加させたくなかったのだ。

 全てが人類初。何が起こるか分からない。

 しかし、奴は進んで志願しやがった。しかも、新婚ほやほやなのに。


「三年も離れ離れになるんだ。辛くはないか?」

「それはそうです。辛い気持ちはありますけど、もう十分に愛してもらいました」


 お腹をさすりながらアイリーンが答える。アイリーンはさらに続ける。


「それに、彼はきっと帰ってくる。間違いなく帰ってきます」

「自身満々だな」

「ええ。彼が私に、この時計を持たせてくれたんです」


 そう言って左腕を見せてくれた。身に着けていたのは、男性用の機械式腕時計だった。


「あの人の大事なものが二つ、いえ三つです。あの人は、この大事なものの所へ必ず帰ってきます」

「三つというのは? 君とお腹の子と?」

「この時計です。でも最初のは間違っています」

「間違っている?」

「ええ。私ではありません。あの人が命を懸けて守り抜いたもの、そこに見えている青く美しい星、地球です」


 そうか、そうだった。秋山はこの地球を守りたいのだと常々言っていた。しかし、地球を入れるなら答えは違ってくるだろう。秋山の大事なものは四つになるはずだ。この事はあえて指摘しない。


 オレはアイリーンの言葉に頷きながら前を見る。壇上にはオケアノスに参加するクルーが勢ぞろいしていた。妻の紀里香、秋山、城島など知った顔が複数いる。


 彼らは三日後に出発する。


 人類初の偉業。未知の系外惑星探査へ向けて。



  了

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