第24話 密談は陰謀の外套を剥ぐ
オレと由紀子さんは階段を上って屋上へ着いた。ここは高原だが、8月の日差しに照らされ気温は高い。
「早速ですが本題に入りましょう。兄さまの護衛に来られたのですね」
「それは言えないんだが……」
由紀子さんは微笑みながら頷く。
「分かっております。兄さまの為にいらしてくださってありがとうございます」
彼女はそう言って深く頭を下げる。
「私の計算では、三日以内に大規模なテロ事件が発生します。この病院で」
「自信満々ですね」
「勿論です。あのWFAにはカチンと来てますからね。私の周りで好き勝手はさせません」
「それ、紀里香に話したのか?」
「一週間前に。もうご存知でした。さすが紀里香姉さまです」
なるほど。
それで俺を寄こしたのか。
紀里香は勘が鋭い。漠然とだが危機を察知する。それにこの由紀子さんの天才的計算能力で導いた結果が重なったのだ。対処すべき重大事項だと判断したわけだ。
「それはそうと、パワードスーツとトリプルDが必要なのか? 通常なら警察のSAT( Special Assault Team 特殊急襲部隊)や地上軍を配置するべきだと思うが……」
「そう、そこなのです。計画が漏洩した場合は対策されます。そうなれば当然SATなどの特殊部隊が配置されます。つまり、その特殊部隊を排除するための装備で奇襲される可能性が、極めて高いと思われます」
「空爆と降下作戦ですか?」
「固定翼機による大規模な空爆はないと思います。しかし、ヘリかVTOL(垂直離着陸機)を使用したガンシップなら可能性が高い。同時にパワードスーツ部隊を降下させます。それにトリプルDを追加すれば?」
「数分で制圧可能だ」
「そう。攻撃開始から制圧、撤退まで約8分で可能です。スクランブルした戦闘機が到着するまで10分ですよ。パワードスーツとトリプルDの到着までは更に15分かかります」
「取り逃がしてしまう可能性が高い。たとえ補足できても目的は達成しているのか」
「そうなのです。それをひっくり返すには、此処にトリプルDを配置する事が必須条件です」
「なるほど、俺達は10分時間を稼げばいい」
「そうです。そしてバリオンではなくレプトンを配置するように提言しております」
「レプトンだって」
「ええ。博物館に放置されるよりはよっぽど有用だと思います」
「よく知ってたな」
「当然です。精神操縦式人型機動兵器……トリプルD最初の機体。操縦者の霊体を介して操り人形のように操縦することからDirect-Drive Doll……トリプルDと名付けられた。私が生まれる前に原型ができたこの機体は、精神力の消耗が激しい代わりに、絶対的な機動力と膂力に秀でています。稼働時間は短めですが、白兵戦においては無敵です。最適なパイロットは玲香さんですね」
「よくわかっているな。玲香は素で格闘の天才なんだ。しかも、トリプルDとの相性も非常に良い」
「はい。非常に心強いです。それはそうと……実はですね。失敗作と言われた時期主力機、ハドロンの設計関係の情報が、丸ごとハッキングされて盗まれてるんです」
「本当か?」
「本当です。情報の行先はAAL(アジアアフリカ連盟)だと思われます」
「WFAの母体がAALなのか?」
「いえ、そうではありませんが、AAL内に本拠を持っていることは確かです。恐らくイスラム圏の何処かです」
「なるほど。イスラム圏か。それはわかりにくいな」
「ですよね。そのAAL系の企業が、ここから20キロメートル離れた場所でダムの補修工事を請け負ったのですよ。その関係で、大型トラックやダンプ、重機などがどんどん入り込んでいます」
「それってまさか?」
「そのまさかです。さすがにトリプルDを丸ごと持って来る事は出来ないでしょうから、部品単位で搬入して組み立てていると考えて良いでしょう。恐らく今日中に組上がるのでは?」
「由紀子さんの言ってた三日以内の根拠がコレですか」
「そうです」
「盗まれたハドロンの設計図を基に造ったのか」
「そうだと思います。AAL系のトリプルDかもしれないのですが、それだと性能不足でバリオンには歯が立ちません。だからハドロンの可能性が高いのです」
「だから、バリオンではなくレプトンでの配置を指示した」
「そうです。大尉と玲香さんの操るレプトンなら、完全なハドロンでも圧倒出来るはずです」
確かに、玲香の格闘センスには脱帽するしかない。しかし、ここまでするWFAとは何を考えているのだろうか。秋山の殺害にここまで大がかりにする必要性があるのか、甚だ疑問に思う。
[注釈]
※WFA:世界信仰協会。7年前のハイジャック事件を引き起こし、系外惑星探査計画「オケアノス」を頓挫させた組織として有名になった。その後は小惑星破壊作戦に従事する宇宙軍やその将兵に対してテロ攻撃を繰り返している。
※レプトン:トリプルD最初の機体。それまで人型機動兵器はモビルフォースと呼ばれていた。霊体を介して操縦する為、運動性が格段に向上した。
※バリオン:第一章で活躍した
※ハドロン:新型機。バリオンの後継として設計された。バリオンの汎用性にレプトンの出力を付加する野心的な設計だったが、出力が安定せず失敗作とされている。少数が配備されているが未だ実験段階の機体。
※この時代、世界はPRA、AAL、EEUの3つの勢力に分かれている。
※PRA:環太平洋同盟、南北アメリカとオセアニア、日本、台湾、フィリピン、インドネシアなどの島嶼が含まれる。
※AAL:アジアアフリカ連盟。中国の拡大政策にアジア地域の大陸部は全て飲み込まれた。アフリカ地域も実効支配している。欧米と敵対関係にあったイスラム原理主義者との共闘によりイスラム地域も実質支配している。
※EEU:拡大欧州連合。通称ユーロ、現在のEUにロシアが加盟している。
※AALは極貧国が多く、テロ組織の温床となっているのだが、盟主の中国はそれを放置、もしくは支援している。中国と対立しているロシアはEUに加盟する事でこれに対抗した。
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