第10話 [AD2503]シャルル・ド・ゴール国際宇宙空港
「
いきなり日本語で呼ばれた。ここはフランスのシャルル・ド・ゴール国際宇宙空港だ。俺たちは、EEU(拡大ヨーロッパ連合)主催のツアーに参加するためここに来ている。集合場所にたどり着いたものの、当然周りは外人さんばかりだし、日本語の表示なんてどこにもない訳で、少し迷っていたところだ。
「辰兄ちゃん。あっちだよ」
妹の由紀子は俺の手を引き走り始める。声の主を見つけたようだ。俺は転びそうになりながら必死で妹について行った。
「アキツシマ見学ツアーへようこそ。私は案内役のアンドロイドで名前をフランソワと申します。よろしくお願いします」
金属製のボディにガイドの制服を着こんでいる女性型のアンドロイドが右手を差し出してくる。俺は迷わず彼女の右手を握った。
「日本から来ました、
「
俺の言葉を遮って由紀子が自己紹介をする。
由紀子はフランソワの手を握って握ってニヤニヤしていた。
「あのー。フランソワって、もしかして魔法少女セリカちゃんのお母さんですか?」
一瞬、動きが止まったアンドロイドは、目を点滅させながら妹の質問に答えた。
「はい。私はセリカちゃんのお母さんと同じ名前ですよ」
「えへへ。私たち、もう仲良しだね」
「ええ」
アニメの設定を知っているだけで仲良しになるのか疑問に思うのだが、フランソワは頷きながら、目を点滅させた。妹に合わせているらしい。
個人的には古の神アニメに登場する
フランソワと名乗った金属製のアンドロイド。
民間用のアンドロイドは、柔らかい素材のものが流行っていると聞いた。金属製は軍用らしいんだけど、このフランソワは軍用で戦闘用なのだろうか。いや、戦闘用のアンドロイドが俺たちの案内をしたりするわけがない。
「私は綾瀬重工パリ支店に所属しております。この度、アキツシマに所要がございまして、ついでと言っては失礼なのですが、あなた方お二人のご案内を引き受けたのです。海外は初めてなのでしょう?」
「はい。もう全然わかんなくて戸惑いっぱなしでした」
「私はそうでもなかったよ。あちこちに英語の表示があるから全然迷わない。迷ってるのは辰兄ちゃんだけだよ」
「もう安心ですよ。辰彦君」
アンドロイドのフランソワは目をチカチカと点滅させた。何故かそれが笑っているように見えた。
俺たちはフランソワに案内され、シャトルへの搭乗手続きを済ませトランクを預けた。これから簡易宇宙服へと着替えなくてはいけない。
右も左も分からないフランスの国際宇宙空港。
俺がこんな場所へ来ている理由は、妹の保護者代わりだ。15歳の中学三年生が保護者として認められたのは不思議かもしれないが、そこはコネを使った。俺の親父の親友の娘さんが結構偉い人なんだ。
人類初の系外惑星探査艦アキツシマ。その出発に先立ち世界の小学生を40人ほど艦内に招待する企画があるから、妹の由紀子に応募しないかという話があった。妹の意向は無視して、俺は即OKした。宇宙関係の事が大好きな俺は、妹だけでも行って欲しいと思ったのだが、俺もついていけないかと紀里香さんに相談した。すると、何とかするから応募しなさいとの返事を貰った。ただし、選考条件の作文を提出する必要があるとの事だった。紀里香さんが選考委員長だから、それさえ出せば何とかなるらしい。どんな作文を書くのかと言うと、子供向けの読み物「プロキシマ・ケンタウリbへの挑戦」、「生命の可能性~アイボール・アース」、「光速を超えて~次元跳躍航法への道」これら三作品どれか一つの感想文、もしくは宇宙開発に関する自己主張を二千字程度にまとめて提出する事だった。ただし、月面までの交通費は自己負担。そこから月の裏側にいるアキツシマまでは無料だった。俺は必死に親を説得して交通費を交渉し、感想文三本と宇宙開発に関する自己主張、合計一万字の作文を妹の名前で書いた。そして堂々となりすまし応募したのだ。
選考の結果、もちろん当選した。妹の由紀子はというと、「私の貴重な夏休みをどうしてくれるの。私は行きたいとか一言も言ってないんだからね」とむくれている。しかし、お土産は何を買おうかとか写真一杯撮るから新しい携帯端末を買ってくれとか、本心はまんざらでもない様子だった。
そして2503年8月1日。
俺と妹はフランスのシャルル・ド・ゴール国際宇宙空港に来ているのだ。
アンドロイドのフランソワに案内され、更衣室へと入る。そこで簡易宇宙服に着替えた。大気圏脱出時と大気圏突入時には、万一の事故対策として簡易宇宙服の着用が義務付けられている。この簡易宇宙服の酸素は緊急用で15分程度しかないんだけど、基本的にはシャトルの座席から供給されるので問題はないらしい。
俺たちはフランソワと別れ、シャトルの搭乗ゲートへと向かう。
感無量。
今から宇宙へ行くのだ。
胸が熱くなっている。
心臓の鼓動が激しい。
興奮してどうにかなりそうだ。
「辰兄ちゃん暑い」
そりゃそうだろう。こんな真夏に簡易宇宙服を着ているのだから暑い。ヘルメットの風防を開いているだけだ。俺も暑い。
クラージュに乗り込み送気管を接続すれば服の中の空気が循環する為、適温に保たれるのだと言う。
俺たちは三両編成の大型バスに乗った。これで、一般の旅客機とは離れた位置にある宇宙船の発着場へと向かう。このバスには、招待された小学生が40名と同伴の保護者が40名。ユーロ関係者やPRA(Pacific Rim Alliance:環太平洋同盟……日本を含む東南アジア北米南米オセアニア諸国で作る同盟国家)関係者等、合計で100名が乗っている。
俺達はバスから降り専用のエスカレーターでクラージュの出入口へ向かう。簡易宇宙服を着た客室乗務員に案内され席に着く。彼らスタッフの手で一人一人の宇宙服に送気管が取り付けられヘルメットの風防も閉じられた。簡易通信のチャンネルは二つ、オープンとクローズだ。オープンだとオープンにしている全員に聞こえる。通常はオープンにしているのは客室乗務員だけだ。クローズは本人と保護者のペアだけで使う。初期設定はクローズになっている。何か困ったことがあればオープンに切り替え客室乗務員を呼んで欲しいとのことだ。他にも非常用があるが通常は使わない。この切り替え方はヘルメット内のAIが日本語で教えてくれた。
「やっと涼しくなった。だいぶ汗かいちゃった」
「そうだな。自分の汗が匂うな」
「なんだか恥ずかしいよ」
「他の人には匂わないんだから気にするなよ」
「そうかもだけど、自分のって結構匂う」
「そのうち乾いて気にならなくなるから我慢しとけ」
「うん。分かった」
いつもより素直な妹である。
正面のパネルに映像が流れ始める。クラージュ船体の説明が始まった。
プラズマロケットと外燃機関であるレーザー推進の併用型。離陸時はプラズマロケットを使用し、高度1000メートルからレーザー推進に切り替わる。レーザー推進とは地上からのレーザービームを機体の凹面鏡で反射し、焦点部分に発生する高熱で大気を爆発的に膨張させ推進力とする方式だ。大気圏外では推進剤のガスを使う。ライトクラフトとも言うこの方式は、プラズマロケットを単独で使用する場合と比較して搭載する推進剤の量が少なくて済み、その分輸送量が多くできる。
このクラージュの船体は客室が6区画あり、各室の定員は20名だ。他に食堂や売店、救護室や仮眠室、シャワールーム等があり、設備は充実している。
そろそろ発進時刻と言うところで船長が挨拶をした。フランス語だったがヘルメットのAIが日本語に翻訳してくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます