第1話 [AD2503]アイボール・アース



 座学。

 こういうものは全く持って眠い。


 どこかの大学の有名な教授、とやらが講義しているビデオ映像を見せられている。テーマは『アイボール・アース』だ。


『このプロキシマ・ケンタウリbは地球に一番近い系外惑星です。主星のプロキシマ・ケンタウリとの距離は0・05AU(※1AUは概ね地球と太陽の距離)であり、太陽と水星の距離0・39AUと比較しても非常に近いのです。よって、潮汐力により、常に同じ面を主星に向けていると思われます。地球と月のような関係ですね。主星とこれだけ近いと灼熱の惑星であるかとお思いでしょうが、違います。主星、プロキシマ・ケンタウリは太陽と比べて非常に小さい恒星です。光度は太陽の0・0015パーセントと非常に暗い。プロキシマ・ケンタウリbが受ける放射流束は地球の65パーセントです。これは主に赤外線です。可視光線としては太陽の2パーセント程度。常に昼となっているエリアでも地球の黄昏れ程度の明るさとなります……』


 2016年に発見されたという、地球に最も近い太陽系外惑星に関する基本的な講義だ。この惑星は常に、主星に同じ方向を向けている。もし、惑星表面に水が存在しているならば、主星、つまりその惑星の太陽だが、そちらを向いている地域では液体として存在し、その他の地域は固体、つまり氷ではないかと言われている。その外観はまるで目玉のようであり、このような惑星はアイボール・アースと呼ばれる……。まあ、宇宙好きなオレにとっては基礎的な情報だ。偉い教授の講義は続く。


『このプロキシマ・ケンタウリbはハビタブルゾーン内に存在していると考えられます。ハビタブルゾーンとは惑星表面の水が液体として存在しうる範囲の事です。生命居住可能領域とも言います。太陽系で言えば概ね金星軌道から火星軌道の範囲となります。もちろん、太陽系内においても、地下であるとか地表の氷床下に海洋が存在している例が知られておりますが、ここでは地上に限定して論じております。話をプロキシマ・ケンタウリbに戻しましょう』


 今は26世紀だが、25世紀中ごろには土星の衛星エンケラドゥス表面の氷床下に広がる海洋で生命が発見された。このおかげで、いわゆるハビタブルゾーンよりも外に位置する天体において、生命が存在しうる事が証明された訳だ。もちろん、氷床下の海洋や地下の湖沼よりも、地上に存在する海洋の方が生命の発生にとって都合がいいのは当然か。


『プロキシマ・ケンタウリbは、地上の平均温度は摂氏マイナス39度です。惑星表面に水が液体で存在している可能性があります。水が存在すれば昼間の部分は液体、夜の部分は個体、氷となります。その外観はまるで目玉の様に見える。そのため、アイボール・アースと呼ばれています。赤色矮星における特殊な例なのですが、幸運なことに我々の地球と一番近い系外惑星がアイボール・アースである可能性が高いのです。もうお気づきでしょう。このプロキシマ・ケンタウリbには生命が存在している可能性があるのです。地球と比べ条件が良いとは言えない。しかし、太陽系にある他の惑星や衛星と比較しても生命の存在する可能性がある。そう断言できます。皆さまの探査により、この謎の惑星の真の姿を明らかにして頂けるよう祈念します。そして何らかの生命が発見されることを期待いたします』


 ミーティングルームの照明が点灯し周囲が明るくなる。正面のモニターには『20分休憩』と表示された。


 ここは、系外惑星探査艦『アキツシマ』の艦内だ。


 オレの周りにいる連中の殆どが眠りこけていたようだ。初老の教官はその様子を見て苦笑いをしていた。

 まあ、仕方がないだろう。ここで講義を聞かされている連中は、宇宙の海兵隊と言われている機動攻撃軍に所属している荒くれ者だ。


 オレもその一人。

 数年前から準備が進められていたプロキシマ・ケンタウリへの有人探査計画は『オケアノス』と命名された。

 このミッションに参加すべく多くの軍人、宇宙飛行士、科学者、技術者、その他の有志が応募した。その総数は数万人だったという。


 オレも機動攻撃軍の端くれ。当然、宇宙飛行士の資格を持っている。もちろん応募したわけだが、書類選考であっさりとハネられた。


 日常の素行が悪かったのだろう。

 まあ仕方ない。


 素行に問題ありで落とされる。

 当然だ。


 オレが試験官でも落とす。


 だが、そのオレがここに呼ばれている。

 周りにいる連中もそうだ。


 そして、計画全般の教育を受けている。


 何故だ。

 何故呼ばれたのか。


 理由は分からない。


 まさか、『オケアノス』計画の護衛が必要なのだろうか。人類の輝かしい未来へと向けたこのミッションに対し、何か軍事的な妨害でもあるのだろうか。そんな勢力が存在しているとは考えられない。


 しがないオレの頭脳で思考しても答が出るわけがない。しばし考えていると艦内放送開始のチャイムが鳴った。


『三笠少尉、発艦デッキまでお越しください。繰り返します。機動攻撃軍バリオン小隊の三笠和馬みかさかずま少尉。発艦デッキまでお越しください』


 艦内放送で呼ばれた。

 何か緊急事態でも発生したのだろうか。


 ミーティングルームを出て廊下を進む。すぐ右手にある発艦デッキ行きのエレベーターに乗った。エレベーターを降りてデッキの脇にある待機ルームのドアをノックする。


「三笠少尉入ります」


 ドアを開いて敬礼し、中へ入る。


「忙しいところごめんね」


 出迎えてくれたのは同期の斉藤紀里香さいとうきりか中尉だ。既に宇宙服を着こんでいる。グレーと朱のツートンカラーは女性士官用だ。既に赤いヘルメットを被っている。


 艦長から艦内通信が入る。アキツシマ艦長の滝沢雄一たきざわゆういち、軍に所属していない初老の宇宙飛行士だ。オケアノスは国際プロジェクトであるため、軍人ではない人物が艦長に任命された。


「三笠君、スマンな。早速だが哨戒任務にあたってくれ」

「急ですね」

「うむ。詳細は斉藤中尉から聞いてくれ」


 艦長は渋い顔をしている。

 通信が切れた。


「三笠君、急ぐわよ。詳細は発進してから伝えるわ」

「了解」


 オレは宇宙服を着込んでから待機ルームを出る。そして整備士の誘導に従い自機の操縦席へと向かう。バリオン隊用の宇宙服はグレーと黒のツートンカラーでヘルメットも黒色だ。


 オレが搭乗するのはトリプルDと呼ばれる人型機動ロボット兵器バリオン。


 機動攻撃軍では汎用の機体だ。哨戒なら戦闘機で行くべきなのだろうが、急にオレが呼ばれた。


 オレが必要?

 殴り合いが得意なオレが呼ばれる。


 そう、これは何かの戦闘行為が予想されているって事だ。

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