続きは、向こうで・・・

勝利だギューちゃん

第1話

今、わしは小説を書いておる。


「ぼく、大きくなったら、小説家になるんだ」

「ふーん。どんな小説?」

「うーんとね、とてもわくわくして、面白いの」

「ほんと?じゃあ、わたし、買うね」


小さいころ、よく遊んだ女の子と約束をした。

彼女の名前は、佐野亜紀。


よく近くの公園の高台で遊んだ。

大きな栗の木の下で、話をした。

楽しかった。


でも、その子はすぐに、引っ越しをした。


遠い所へ・・・


わしは、働きながら雑誌社に投稿をした。

漫画なら、持ち込みという手もあるが、小説を持ち込めるところは、まずない。

わざわざ、読んでいられないのだろう。


となると、賞を取るしかない。


わしは、何度も何度も投稿した。

自分の為でもあるが、遠くへ行ったあの子へ届くために。


「僕は元気だよ。君は元気か?幸せか?」

その願いを込めて・・・


気が付いたら、わしは小説家になっていた。

徐々に、依頼も舞い込むようになった。


少しは名も売れた。

神戸春哉。


知らない人は、少ない(と、思う)


でも、年齢は還暦近くになっていた。

幸せな家庭を持つことを、忘れていた。


だが、後悔はない。

あの子との約束を果たせたのだ。


しかし、なぜだろう?

なかなか売れずに、安アパートで、働きながら執筆していた。

そのころの方が、幸せだった気がする。


わしの青春だったかもしれん。


その願いを込めて、今回はわしの半生をもとに執筆することにした。


『続きは向こうで』

未来を信じていた、あの頃の自分へのメッセージだ。


しかし、わしももう歳だ。

いつお迎えが来るか、わからない。


完成できるかは、わからない。

だが、これを完成させるまでは、持ちこたえたい。


持ちこたえた・・・


気が付くとわしの意識は飛んでいた。

はるか、遠くへ・・・


「・・・くん」

「・・・」

「春哉くんっば・・・」


その声に、目が覚める。


「えっ、あきちゃん?」

「どうしたの?汗びっしょりだよ」

「ここは?」

「何言ってるの。いつもに高台じゃない。そして、大きな栗の木の下」


わし・・・いや、僕は夢を見ていたのか?


「どこまで、話したっけ?」

「春哉くんが、小説家になるって話」

「・・・そっか・・・」

溜息をつく。


「叶えたんだね。その夢」

「えっ?」

「長かったけど、努力したんだね。全部読んでるよ」

「どういう・・・」

「特に映画になった、『50のわしは、女子高生の君とデートする』面白かったよ」

「あれは・・・」


僕としては失敗作だと思う。

しかし、得てしてその方が、高い評価を得る・・・こともある。


「最初は、ふしだらと思ったけど、50歳の自分が高校時代に帰り、当時好きだった女の子に告白して、デートするんだよね」

「長い説明だね」

「自分で書いたんでしょ?最後は号泣したよ」

照れくさい。


「でも、君が書きたかった、わくわくするのは、読んだことないね」

それは、全部没になっています。


もちろん今も・・・


「じゃあ、私はもう行くね」

「どこへ?」

「帰る場所。君には、やるべきことがあるでしょ?」

「もう、会えないの?」

「私とはね・・・でも・・・」

「でも?」

「ううん、またね」


意識が戻ってきた。


わしは、寝ていたのか?


やばい。

1人暮らしなら、孤独死もしかねない。


メイドさんでも、雇おうかな・・・


ピンポーン


呼び鈴がなった。

編集者じゃな。


催促か?

締め切りには、まだあるぞ。


でも、年寄りには時折来てくれると助かる。


「開いてるぞ」

「失礼します」


すると、入ってきたのは、若い女性だった。

でも、誰かに似ている。

最近、会ったような。


「初めまして。今日から先生の担当、および、身の回りのお世話をさせていただきます。

佐野夏美と申します。よろしくお願いします」

「佐野って・・・」

「はい。先生の幼馴染だった、佐野亜紀の娘です、先生の事は、母から聞いていました」


そうだ・・・面影がある。


「お母さんは・・・」

「昨年、他界しました。母はシングルマザーで、女でひとりで育ててくれました。

唯一の楽しみは、先生の小説を読むことですた」


それからも、懐かしい話にふけってしまった。

年甲斐もなく、ときめいた。


でも、身の周りの世話までは・・・


「先生ももうお歳ですし、何があるかわかりません。それに、私は介護士と栄養士の資格もあります」

「助かるけど、それだけ?」

「見張りもあります。先生が抜けだ無いように」


そっか・・・

ばれてるか・・・


「何でしたら、メイドどもいいですよ。ご主人様」

「夏美さんは、おいくつ?」

「26歳です」


見た目よりも、歳取っているんだな。


「でも、そのお歳なら、メイドでなく、家政婦では・・・」

「何か、言いました?旦那様」

睨まれる。


「メイドでお願いします」

「なら、よろしい・・・です」


さすが、母子だ。

しかし、残りの人生は、これまでよりも、楽しくなりそうだ。

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続きは、向こうで・・・ 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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